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灰かぶり媛の奇縁譚  作者: 藤瀬京祥
伍章

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第拾漆話 ご褒美

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 一見無事に終わったように思われた(れい)本家一家との顔合わせだったが、琳瑶(りんよう)にはある悩みが出来た。

 それは母親が増えたことである。


 正直、父親が増えるのは問題ない……というか、関心がない。

 いや、薔薇(そうび)が再婚して継父が出来るというのは問題大ありだが、養父なら問題はない。

 程度はともかく、実父の失脚が明らかとなった以上は別に後見人が必要であり、それが叔父ならば血縁がある。

 薔薇の実兄という立場なので、薔薇を取られる心配がないからである。

 だから(れい)東雲(とううん)の養女となることに抵抗はなかった。

 だがそれには(れい)楊慶(ようけい)という養母が漏れなく付いてきて、薔薇と 「母」 の座を争うことになったのである。


 もちろん琳瑶にとって母は薔薇一人であり、他にはいらない。

 だが東雲の養女になれば楊慶が養母として漏れなくついてくるのである。

 そして息子三人の母である楊慶にとって娘を持つことは長年の憧れ。

 その願いが叶ったのだから薔薇一人に琳瑶を独占させておくはずがなく、屋敷の采配で日々忙しいはずなのに、なにかにつけて琳瑶が薔薇と過ごしている西の離れにやってくるようになったのである。


 当然のように薔薇と楊慶が顔を合わせれば激しい言い合いが始まり、その日も琳瑶は朝から二人の母の言い争いをぼんやりと見ていた。

 そこに母屋から侍女が、少し慌てた様子で駆け込んでくる。


「失礼いたします」

「なにごとです?」


 薔薇と楊慶の言い争いは黎家の日常である。

 琳瑶が来る遙か前から、それこそ二人が子どもの頃からの日常で、今更黎家の使用人たちがそれを見たところで慌てることもうろたえることもない。

 通常業務として掛けられた声に、衣装を見て母屋の使用人であることに気がついた楊慶が応える。


「王宮より双月(そうげつ)様のお遣いがこちらを」


 そう言って恭しく差し出される書状。

 受け取った楊慶が広げて目を通すと、少し面白くなさそうな表情をして薔薇に手渡す。

 受け取った薔薇もまた目を通す。


「……楊慶、なにか聞いていますか?」

「いえ、なにも。

 ですがあの子たちがこう言っているのだから言うとおりにするしかないでしょう」

「わかりました」


 つい先程までの激しい言い争いはどこへやら。

 嵐が去ったあとの静けさなのか、あるいは新たな嵐の前兆なのか。

 二人は静かに淡々と言葉を交わすと、ほぼ同時に琳瑶を見る。


「あの?」

「これから内々にお客様があるそうです」


 困惑気味な琳瑶がどちらにともなく尋ねると薔薇が答える。


「お客様?

 お母様に?

 それとも楊慶様に?」


 どちらのお客様でも、琳瑶も一緒におもてなしをしたほうがいいのかと思ったら……


「あなたにです、琳瑶」

「わたし?」


 心当たりのない琳瑶だが、なぜか薔薇も楊慶もそれ以上は教えてくれない。

 とりあえず支度をしなければ……ということで、楊慶は母屋でお迎えの準備をするために侍女を連れて戻っていった。


 そして琳瑶は薔薇に衣装部屋に連れ込まれ、着せられたのは、先日の顔合わせのため用意されていた候補作の一着である。

 つまり豪華できらぎらしい衣装である。

 先日の顔合わせて着た衣装ではなく、いわゆる没から薔薇が一着を選び、それに合いそうな帯やらを小物を侍女たちが次々に持ってくる。

 琳瑶はただ着せ替え人形のようにおとなしく身綺麗に飾り立てられるしかなかった。


 ようやくのことで支度が出来た時にはすでに客は到着していたらしく、薔薇や侍女たちに伴われて母屋へ出向く。

 だが客と対面出来るのは琳瑶だけ。

 それが客人からの要望だという。

 黎家がその要望に意見出来ないというのは客人の身分が高いから。

 我が道を行く薔薇ですら唇を噛みしめながら、代わりに立ち会う彩月(さいげつ)に連れられてゆく琳瑶の背中を見送るしかなかったのである。


(お客様ってたぶん……だよね)


 黎家ですら忖度する相手と聞き、琳瑶も客人の素性に見当を付ける。

 でもだからと言って一対一で会わせるわけにもいかないからと彩月が付けられたのだが、これも、である。

 その彩月の先導で案内された部屋は、黎本屋敷でも一番に上等な……つまり身分の高い人をお迎えするために応接間。

 そこで琳瑶を待っていたのは予想していた人物である。


翠琅(すいろう)様」

「おや、ずいぶんおめかししてきたね」


 最後に会った日と変わらない調子で、声で、親しげに話し掛けてくる翠琅もまた、後宮で見た宦官の官服とは全く違う衣装を着ていた。

 もちろん女性用の衣装並みにきらぎらしいものではない。

 彩月や、先日会った双月のような、見るからにいいところのボンボンを思わせる程度ではあるが、おそらくこれはお忍びだからだろう。

 ちなみに双月がここにいないのは、王宮で翠琅の不在を誤魔化す細工をしているからである。

 そんな兄たちの代わりにお目付を任された彩月は、胸の前で両手を組んで頭を下げる。


「お待たせいたしました、碧霞(へきか)太子」

「堅苦しいのはいいよ、彩月」

「ですが、そういうわけには……」


 すわったまま茶器を片手に応える翠琅だが、かしこまった彩月はチラリと琳瑶を見る。

 その意味に気づいて翠琅も 「ああ、そっか」 と独り言のように呟く。


「そうだったね」


 そう言いながらゆっくりと立ち上がると、彩月が改まって紹介する。


「琳瑶、こちらは今上の第三太子碧霞様だ」

「えっと……太子様?」


 琳瑶も、翠琅が皇族の血縁であることは予想していた。

 だから黎家も、琳瑶の客であるにもかかわらず母屋で一番の客間を用意して出迎えた。

 だがてっきり出自の都合で(おおやけ)には出来ない、いわゆる御落胤だと思っていた。

 後宮で宦官勤めをしていたのもそのためだと思っていたのだが、太子の位を持っているということは、そもそも宦官ではない。

 これはいったいどういうことなのか? ……と小さな頭で必死に考える。


(そういえば、その、つ、付いてる、とか言ってたっけ?

 えっと、だから宦官ではない。

 うん、確かそんなことを言っていたと思う。

 でも第三太子様って、確か(はん)皇后様の……)


 驚いた顔を張り付かせたまま、顔色を青くしたり赤くしたりと忙しい琳瑶を見て翠琅こと碧霞は小さく笑う。

 そして空いた椅子を促す。


「とりあえずおすわり。

 彩月も」

「はい」


 おとなしく応える彩月だが、碧霞がすわるのを待って、自身も掛ける。

 だが琳瑶は思考に忙しく碧霞の声も聞こえていない。

 何度か彩月が声を掛けたけれどこれも聞こえていなかったため、立ち上がった彩月は無理矢理琳瑶を卓のそばに立たせると、その背後から椅子を強引に差し入れる。

 結果膝を折られる形で琳瑶も着席すると、彩月は、何事もなかったように先程の席に改めて着席する。


「……彩月、少し強引すぎやしないかい?」

「いつまでも惚けているので」


 やむを得ず……と自身の行動を正当化する彩月に、ようやく我に返った琳瑶も抗議する。


「彩月様、だって太子様ですよ、太子様」

「わたしのことをなんだと思っていたんだい?」


 碧霞を指さす琳瑶の手を、彩月が慌てて払いのける。

 それを見ていた当の碧霞は怒ることなく尋ねる。


「皇帝陛下の御落胤です」


 琳瑶が率直に返すと、今度は彩月が顔を引き攣らせる。

 だがやはり、当の碧霞は怒ることなくゆっくりと返す。


「そういえば、一時期そういった物語が女性のあいだで流行っていたね。

 後宮でもずいぶん話題になっていたようだけど」

「申し訳ございません。

 おそらく叔母上も読まれたのだと……」


 皇太子だった誠豊(せいほう)の代わりに政務を請け負っていた碧霞は日々忙しくしていたが、定期的に後宮に赴き、ご機嫌伺いのために母親である范皇后の部屋を訪れていた。

 その時に皇后付きの侍女たちが話していたのだろう。

 あるいは実際に本を目にしたのか。


 そして流行り物に敏感な薔薇も一通り目を通し、娘の琳瑶にその書物を与えたのかもしれない……と話す彩月に、碧霞は力のない笑みを浮かべながら 「あり得そうな話だね」 と。


「でもまぁ、そう考えていたのなら確かに驚くだろうね。

 これは申し訳ないことをした。

 わたしは(とう)碧霞(へきか)

 范皇后を母に持つ、今上の第三太子だ」


 彩月の補足で琳瑶の反応に納得した碧霞は改めて自己紹介をする。

 ようやくのことで少し落ち着きを取り戻した琳瑶は、おずおずと尋ねる。


「その、太子様ってお忙しいんですよね?」

「うん、忙しいね」

「じゃあどうして来たんですか?」

「どうしてって……」


 さすがに碧霞もその質問は予想していなかったのか、少し困ったように言葉を切る。

 けれど数秒を考えると、改めて答える。


「お互いに約束をしていただろう?

 だから来たんだよ」

「約束、ですか。

 そういえば……」


 琳瑶が天井を仰ぐように思案すると、碧霞は彩月を見る。

 すると彩月は大きく頷いて立ち上がると、懐から布に包んだものを取り出す。

 そしてそれを碧霞に恭しく差し出す。

 受け取った碧霞が包みを解くと、琳瑶が大切にしていた薔薇の髪飾りが出てくる。


「あ!」


 思わず声を上げる琳瑶に、碧霞はニコリと笑う。


「まずはこれを返そう」

「……ありがとうございます」


 お礼を言う琳瑶に含みを感じる碧霞と彩月。

 だがどちらもなにも言わないうちに琳瑶が言葉を継ぐ。


「というか、彩月様が持っていたのなら、もっと早く返してくれたらよかったのに」

「え? わたし?」


 思わぬところで琳瑶に逆恨みされた彩月だが、あの夜の話を知っているのは、琳瑶と碧霞の他には恵彫(けいちょう)だけ。

 話が見えず少しばかりうろたえる彩月を庇うように碧霞が口を開く。


「双月や彩月が気を利かせてくれて、わたしから返したほうがいいだろうということになったんだよ」


(絶対嘘。

 だって彩月様、なにも知らないみたいだし)


 そんなことを思いつつ髪飾りを懐にしまう。

 琳瑶の顔を見れば、碧霞にも彩月にも嘘がばれていることは一目瞭然だったが、あえて気づかない振りをして話を続ける。


「それからもう一つ」


 そういった碧霞はお付きの武官に視線を送る。

 大男の恵彫である。

 こちらは後宮で見た時とあまり変わらない装束に、腰には刀を帯びている。

 だが両手には小さな包みを持っており、それを、やはり恭しく碧霞に差し出す。

 受け取った碧霞が卓の上で包みを解くと、中からは小瓶が出てきた。


「綺麗」


 あまり見掛けない透明な硝子瓶である。

 琳瑶の両手に丁度いいくらいの大きさで、中には色とりどりの小さな玉が入っている。

 一見飴に見えるが、不透明で不規則な突起が特徴的である。

 初めて見る琳瑶が興味津々に眺めていると、それを彩月が琳瑶の前に置く。

 だが口を開くのは碧霞である。


「金平糖という砂糖菓子だよ。

 丁度茶もあるし、一つ食べてごらん」


 しばらく瓶を眺めていた琳瑶は気合いを入れて蓋を開ける……が固くて開けられず、苦笑いの彩月が代わりに開けてやると、中から一粒だけ、広げて待つ琳瑶の手の平に落としてやる。

 琳瑶はそれをぱくっと口に入れると舌の上で転がす。


「……甘い!」

「うん、砂糖菓子だからね。

 珍しいでしょ?

 ご褒美に丁度いいと思ってもらってきたんだ」


 嬉しげに笑う琳瑶を見て碧霞も満足そうである。


「もう一つ……ください」


 そう言って琳瑶は、瓶を預かる彩月に広げた手をおずおずと差し出す。


「それ、瓶ごとあげるから、ゆっくり食べなさい」


 ご褒美なんだからケチったりしないよ……と言って碧霞が頷くと、彩月は蓋を閉めてしまう。

 そして瓶ごと琳瑶の手の平に乗せてやると、受け取った琳瑶は両手に大事そうに握りしめる。


「あとでお母様と一緒に食べます」

「あなたは本当に母君が好きなんだねぇ」

「はい、大好きです!」


 躊躇なく答える素直な琳瑶を見て、碧霞は 「そう」 と返す。

 そして続ける。


「父君はそんなに好きじゃないみたいだけど、一応伝えておくね。

 (たい)昌子(しょうし)の処分を……」

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