第拾伍話 新しいお父様
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
琳瑶はこの日、朝から支度に忙しかった。
薔薇からは前日の夕食時に、明日は東雲一家との対面があることは聞かされていた。
皇太子誠豊と蘇妃の、道ならぬ恋の後始末に上を下にの大騒動だった宮城も少し落ち着きを取り戻しつつあるものの、まだまだ事後処理は続いているという。
特に黎家にとっては、丹貴妃やその実家である丹家。
それに丹家と昵懇にしている皇太子妃の実家など、邪魔な者たちを追い落とす絶好の機会でもある。
もちろん迂闊なことや油断をすれば、逆に黎家が、范皇后や碧霞太子とともに追い落とされることもある。
そんな状態に忙殺されている黎家の男性陣だが、ずっと宮城に泊まり込むわけにもいかない。
そのため代わる代わる着替えや入浴をするため屋敷に戻っていたのだが、挨拶をするために一家で帰邸することになったというのである。
「え? わざわざっ?」
「わざわざではありません。
新しく家族となるのですから当然です」
「それはそう……ですが……」
少し大袈裟ではないか? ……と琳瑶は思ったのだが、薔薇は平然とした顔で食事を続けていた。
ただ今回の挨拶は同じ屋敷で暮らす東雲一家とだけ。
別に屋敷を構える次兄の翔雲一家は、東雲一家が宮城を空けるため、代わりに宮城に詰めるのだという。
翔雲には妻と暉清、虹秀という二人の息子がいるのだが、彼らと琳瑶が会うのは次の正月になるという。
そうして翌朝は早くから支度をすることになったのだが、薔薇が用意した琳瑶の衣装は、まるで正月やなにかイベントがある時にでも着るような豪華な物。
琳瑶が 「お母様、派手すぎませんか?」 と気後れするほど派手な衣装だったが、薔薇は 「これでも我慢したのです」 と、本当はもっと派手にしたかったと悔しがる。
それこそ琳瑶の周りには没になった衣装がずらりと並んでいる。
部屋に入った時、琳瑶はそれらを見て驚いていたが、あとで侍女たちに訊いてみれば、薔薇がこの日のために用意した衣装の候補作。
きっとこの中から正月の衣装も選ぶのだろうと思った琳瑶だが……
「新年のご挨拶用はいま仕立てておりますからね」
だから楽しみに待っているようにと薔薇に言われてしまった。
そんな衣装に合わせる帯も当然だが、用意されていた髪飾りも見るからに高価な物ばかり。
あまりにもきらぎらしい物ばかりで恐縮していた琳瑶だったが、着付けをする侍女たちに 「お似合いですよ」 とか 「お母様によく似ていらっしゃる」 などと口々に褒めそやされ、おかげで少しずつ気持ちを落ち着けることが出来た。
そして身支度が整うと、いざ東雲一家とご対面! ……というところで、薔薇がとんでもないことを言い出したのである。
対面は黎家の母屋で行なわれることになっており、時間は昼食の少し前。
挨拶のあとは東雲一家と薔薇・琳瑶母子で昼食を摂る予定になっている。
だが侍女が二人を案内したのは昼食を摂る部屋ではなく、挨拶をするため別に用意した部屋で、すでに東雲一家とおぼしき家族が待っていた。
「薔薇様と琳瑶様がいらっしゃいました」
先導する侍女の姿を見て、部屋の入り口に控えていた使用人が室内に声を掛ける。
薔薇に手を引かれるまま琳瑶が続いて部屋に入ると、そこには男五人の中に女が一人。
それぞれに椅子にすわっていたようだが、使用人の前触れを聞いて立ち上がっていた。
(一人、多い?)
東雲夫婦と息子三人の五人家族ときいていたから人数が合わない……と思ったのだが、よくよく見ると多い一人は河砥尚である。
だが妹の佳澄の姿はもちろん他の異母弟妹の姿は見えず、彼の両親も見当たらない。
代わりに砥尚の他にもう一人、見覚えのある顔を見つける。
(あの人、前にお遣いでお屋敷に来た人)
琳瑶がそう思ったのは、後宮に連れて行かれる前、一番最後に会った黎家の遣いの男である。
あの時に琳瑶が覚えた違和感は、今になって思えば話し方。
使用人にしては堂々としており、まるで琳瑶と対等、あるいは琳瑶より目上のような態度と物言いをしていたのである。
おそらく話しているうちに 「遣い」 という立場を忘れてしまい、いつものように話してしまったのだろう。
この男が黎家の末っ子三男、黎彩月だと琳瑶が知るのはすぐあとのこと。
だがその前に薔薇がとんでもない発言をしたのである。
琳瑶の手を引いて部屋に入った薔薇は、そのまま一番年長とおぼしき男の前まで連れて行くと、隣に立っていた女を押しのけるようにしてあいだに割り込む。
そしてとびきりの笑顔で琳瑶に男を紹介したのである。
「琳瑶や、新しいお父様ですよ」
おそらくここで男に挨拶をするのが正解だったのだろう。
だが想定外のことに琳瑶は思考が停止。
表情を張り付かせて立ち尽くす。
薔薇以外は琳瑶に異変にすぐ気づいたようだが、年長の男は沈黙を守ったまま。
代わりに彩月が口を開く。
「なにか様子がおかしいような気がするんですが……」
遠慮がちな言葉に、彼の隣に立つそっくりな顔をした二人の青年は 「そうだな」 とか 「それがどうした」 などと素っ気ない様子。
代わりに砥尚が 「そうですね、どうなさったのしょうか」 と琳瑶を案じる。
少しして琳瑶も思考は戻ったものの、信じられない事態にすぐには言葉が出ない。
しばらく驚きの表情を張り付かせて口をぱくぱくしていたが、ようやくのことで薔薇に尋ねる。
「新しいお父様……?」
「ええ、そうですよ」
続けて挨拶を促そうとする薔薇の言葉を遮って琳瑶は尋ねる。
「お母様、再婚するんですかっ?
もう一緒に暮らせないんですかっ?」
「琳瑶、なにを……?」
浮かべていたにこやかな表情を一変させ薔薇もうろたえる。
「わたし、お父様のところに戻らないと駄目なんですかっ?
そんなの嫌です!
お母様と一緒にいたい!
ずっと一緒にいたい!」
「吾子や、いったいなにを……」
涙をポロポロと流しながら叫ぶ琳瑶を見て、薔薇はうろたえるばかり。
年長の男はそんな母子のやり取りを見て呆れていたが、ふと視線を横にそらせて気づく。
直後、先程横へ追いやられた女が薔薇を突き飛ばして年長の男の隣を取り返す。
そして声をあげる。
「薔薇!
ちゃんと説明をしていなかったのですか!」
薔薇より少し歳上くらいの、こちらもなかなかの美人である。
互いに容赦なく突き飛ばし合っていたから、あまり仲がよくないのかもしれない。
「なにをです?
ああ、今はそなたにかまっている時ではない!
吾子がこんなに泣いてしまって、いったいどうしたというのです?」
「そなたが原因ではありませんか、薔薇」
「今はそなたの相手をしている暇はないと言っているのです」
大泣きの琳瑶を前に、不毛な罵り合いを始める女二人。
しばらくその様子を見ていた男性陣だが、一番若い彩月が年長の男に声を掛ける。
「父上、なんとかしていただけませんか?」
「そうだな」
応えた男は、まずは罵り合う二人を見て声を掛ける。
「薔薇、楊慶、少し静かにしていなさい」
「東雲?」
「お兄様、でも琳瑶が……」
「二人とも、黙っていなさい」
一度目より少し強く言った男は、泣いている琳瑶を椅子にすわらせる。
そしてその前に立ってゆっくりと話し掛ける。
「まずは、わたしは黎東雲。
この屋敷の主人で薔薇の兄だ」
「東雲おじ様?」
しゃくり上げながら東雲を見上げる琳瑶の言葉に、東雲は大きく頷く。
「そうだ」
「えっと、お母様のお兄様?」
「そうだ」
「でも……じゃあ、お母様とは結婚出来ません」
「そうだ」
東雲の静かな返事を聞きながら、琳瑶は小さな頭の中で必死に考える。
だが答えが出ないため薔薇に助けを求めることにした。
「……お母様、どういうことですか?」




