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灰かぶり媛の奇縁譚  作者: 藤瀬京祥
伍章

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第拾肆話 黒幕 ー黎陽照

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 広い広い黎家(れいか)の本屋敷。

 その中でも一番広い母屋から、一本の渡り殿で繋がれた北の離れ。

 ここには当主(れい)東雲(とううん)の下の弟、(れい)芳雲(ほううん)が家族で住んでいる。

 母屋の次に広い建物だが、一家六人で住むには狭いと、最近は亡くなった側室を母に持つ長男の(こう)砥尚(ししょう)の部屋が義母と二人の妹に乗っ取られたらしい。


「まぁわたしはそこらの床にでも寝られますから」


 穏やかで控えめな砥尚だが、おそらく乗っ取った三人にそう言われたのだろう。

 今回の騒動で何日も宮城に泊まり込み、屋敷を空けていたのもタイミングが悪かった。

 久々に屋敷に戻ってみれば彼の部屋はなく、やむなく本当に床で寝ているところを東雲の三人の息子に見つかった時も 「大丈夫ですよ」 と力なく笑っていた。

 だが穏やかに笑って許さないのが本家の三人の息子たちである。


 砥尚の従兄弟に当たる(れい)蒼月(そうげつ)(れい)橙月(とうげつ)、そしてその二人を兄に持つ(れい)彩月(さいげつ)の三人は、黎家本屋敷の中で一番規模の小さな東の離れに住んでいる。

 浴室はあるが厨房はなく、そのため食事は両親と一緒に母屋で摂る。

 成人している男子三人の生活なので、使用人も一番少ない離れである。


「あのクソども」

「そのうち叩き出してくれる」

「二人とも、本当にわたしは大丈夫ですから」


 うり二つの双月は、整った顔にほとんど表情を浮かべずそんな悪態を吐く。

 付き合いの長い砥尚は、これは絶対になにかやると思って二人を宥めようとするけれど、弟の彩月が 「無駄でしょう」 と苦笑を浮かべる。


「とりあえず砥尚の荷物を運ばせよう」

「運ばせるって……」

東の離れ(ひがし)に来ればいい。

 使っていない部屋は幾つもあるし、どこでも好きに使えばいいでしょう」


 そう言って二人の兄を見るが、ほぼ同時にそっぽを向いた二人はそのまま背を向けて歩き出す。


「兄上?」

「北の離れに用を思い出した」

「お前は誰かに砥尚の部屋を用意させなさい」

「兄上たちはどちらへ?」

「時間には戻る」

「すぐ済む」

「わかりました」


 彩月が意外なくらいあっさりと二人の兄を見送るから砥尚は心配になる。


「よろしいのですか?」

「兄上の許可は出たし、父上たちはなにも仰らないでしょう」

「いえ、わたしのことではなく二人のことです」

「行き先はわかってますから」

「……ご隠居様の?」

「ただの挨拶です。

 砥尚が心配する必要はありませんよ」


 そう言った彩月は踵を返し 「さぁ参りましょう」 と砥尚を促す。

 そんな二人の会話を背中で聞き、案じるような砥尚の視線を背中に感じながらもそっくりな顔をした蒼月と橙月は並んで歩く。

 向かうのは北の離れの中でもさらに北側にある、隔離された一画である。


 西の離れや東の離れと違い、北の離れは一本の渡り殿でしか母屋とは繋がっていない。

 そして北の離れのその一画もまた、一本の渡り殿でしか北の離れ本体とは繋がっていない。

 庭院(にわ)庭院(にわ)を繋ぐ洞門(どうもん)も少し塗り込められ、一本しかない渡り殿には常に見張りが立っている。

 北の離れに住む芳雲一家でさえその一画には自由に立ち入ることが出来ない状態になっていた。


 見張りの前を無言で通過した二人は足を止めることなくどんどん進み、呼び止める使用人の声にも耳を貸さずどんどん進んでゆく。

 そしてこの一画に隔離された老人の居室を訪れる。


「お久しゅうございます、お祖父様」

「ご機嫌いかがですか?」


 もっともらしい口上を述べる二人だが、相変わらず無表情に近く、ひどく冷ややかな声である。

 椅子にすわって酒を飲んでいた老人は、同じ衣装に同じ髪型、同じ表情を浮かべる二人をギロリと見る。

 そして口を歪めるように応える。


双月(そうげつ)か。

 相変わらず小生意気な」

「お祖父様こそ、昼間っから酒とは……」

「よいご身分ですね。

 ああ、隠居されてますからね」

「黙らっしゃい!」


 声を荒らげた老人は持っていた小さな杯をどちらにともなく投げつけるが、二人はわずかに体を引いて難なく躱す。

 それがさらに老人の気に触ったらしく発作的に酒瓶に手を伸ばすが、さすがに思い留まる。

 これが双月と呼ばれる双子の兄弟、蒼月と橙月の祖父であり、東雲たち四兄弟の父親である黎家先代当主(れい)陽照(ようしょう)である。


 かなりの高齢で、すっかり白くなった髪は少し薄くなっている。

 外出さえままならず、限られた庭院(にわ)を散策するのがせいぜいの暮らしで、いつもそうなのか。

 あるいは今日はたまたまだったのか、寝間着の上に一枚羽織り物を被っているだけの格好である。


「なにをしに来たっ?」

「久々に屋敷に戻りましたので、ご挨拶をと思いまして」

「あなたが余計なことをしてくれたおかげで手間が増えましたが、琳瑶(りんよう)は無事に叔母上の許にお届け出来ました。

 そのこともお伝えしておこうと思いまして」

「東雲め、余計なことを!」


 声を荒らげた陽照は、握った拳で卓を殴りつける。


「あなたも(たい)大人(たいじん)も、本当に余計なことばかりしてくださる」

「あんな小物とわたしを一緒にするな!」

「その小物に大事な娘をくれてやったのはどこのどなたでしたっけ?」


 かつての酒の席での失敗を孫に指摘され、陽照は 「くっ」 と言葉を飲む。

 十五年近い昔のことである。

 酒宴で酔った陽照は、ここぞとばかりに近づいてきた若かりし頃の(たい)昌子(しょうし)に、請われるまま娘を嫁にやる約束をしたのである。

 しかも近くにいた芳雲が余計な気を利かせ、よりによってその約束を書面に残したのである。

 これでは酒に酔っていたから記憶にないなどと言った誤魔化しはきかず、また昌子もその書面を盾に薔薇(そうび)との結婚を迫り、結果として薔薇は泰家に嫁ぐことになったのである。


 元々東雲も翔雲(しょううん)も末妹の薔薇を可愛がっていたが、これを止められなかったこともあって、離縁して戻ってきた薔薇の勝手気ままな生活を許しているところもある。

 琳瑶を取り戻そうとしたことに手を貸したのも同じ理由だろう。


 今回その琳瑶の入宮を画策したのが陽照だったわけだが、今上が即位してから、側室はもちろんその侍女も女官も下女も十五歳以上に改められたことを知らなかったのが大きな誤算である。

 そしてその誤算をうまく利用したつもりだったのが琳瑶の父昌子であり、継母の艶麗(えんれい)である。

 但しそれは東雲や翔雲の想定内であり、おかげで兄弟がなにかしらせずとも琳瑶の入宮を阻止することが出来た。


 すでに今上には皇太子があり、年長の太子たちも多くいる。

 そんなところに琳瑶を入宮させたところで、太子を産んでもいずれは臣籍に下るのが関の山。

 それならば黎家と肩を並べる名家にでも嫁がせたほうが、黎家にとっても琳瑶にとってもいい。

 そのためにも琳瑶を薔薇の手許に取り戻したかったのである。


「だいたいその失敗もですが、今回も」

「お祖父様もいい加減お気づきなさい、芳雲叔父上に利用されていることに」

「芳雲に?」


 妙なことを言うな? ……という顔を向ける祖父に、二人の孫は叔父の企みを明かす。

 そもそも今上と従兄弟の関係にある薔薇が、泰昌子に嫁がず入宮していれば貴妃(きひ)に。

 そして太子を産んで皇太子に即つけることが出来れば皇后になっていただろう。

 芳雲はその邪魔をしたのである。


 理由は簡単である。

 芳雲は薔薇と仲がよくなく、彼女が立后しても二人の兄だけが脚光を浴びるから。

 黎家の一員としてなにかしらの役職には就けるかもしれないが、彼は働きたくなかった。

 だが兄たちだけがいい思いをするのも面白くない。

 だから泰昌子が酒に酔った陽照に薔薇を妻にと請うのを見て、あとで酒のせいにして言い逃れ出来ないようにと書面に残させたのである。


 そして今回は自分の娘を皇太子に嫁がせるため、邪魔になる琳瑶を今上の後宮に入れてしまおうとしたのである。

 だがこれも自身が矢面に立たないように父陽照をうまくおだて、その人脈を借りてお膳立てをするという用意周到さ。


 佳澄(かちょう)佳流(かりゅう)、芳雲には二人の娘がいる。

 姉の佳澄はすでに十六歳。

 妹の佳流はまだ十三歳だが、年が明ければ十四歳。

 事前の教育や入宮の支度に一年は決して長くはない。

 しかも琳瑶を今上の後宮に入れておけば、訪れる理由はなんとでもなる。

 それこそ今回(はん)皇后が薔薇を招いた茶会に琳瑶を同行させ、自身の息子である碧霞(へきか)太子と(めあわ)せようとしたように、誠豊(せいほう)皇太子と自分の娘を娶せようとしたのである。


 佳澄か佳流が皇太子妃になれば、いずれは貴妃から皇后になるかもしれず、そうなれば東雲も皇后の父である芳雲を無下には扱えず、屋敷から放り出すことは出来なくなるだろう。

 そうして芳雲は一生楽をして生きていくつもりだったらしい。


「まさか、芳雲がそんなことを……」

「お祖父様もお可哀想に」

「本当に、今の今までご存じなかったとは」

「本当に芳雲がそんなことを?」


 先程卓に打ち付けた陽照の拳がブルブルと震えているのは驚きのためだろうか。

 それとも芳雲に対する怒りのためだろうか。


「叔父上のミスは、これを佳澄と佳流に喋ったことです」

「お喋りですからね、あの二人は」


 それこそ誰も訊いてもいないのにベラベラと……と、同じ顔をした双子は身振り付きで呆れてみせる。


「とんでもないボンクラだと思われていますが立派に黎家の血筋ですよ、叔父上も」

「詰めの甘さは三男ゆえ……と言ったら彩月に怒られるか」

「あれがボンクラだったら、それはそれで面白かったが」

「結構抜け目がない」


 そう言って今度は肩をすくめてみせる。


「お祖父様は昔から芳雲叔父上に甘かったときいています」

「だから叔父上は、お祖父様の味方をしていれば甘い汁を吸えると思っていたのか」

「ところが父上が、いずれ叔父上一家を屋敷から追い出そうと考えていると気づいて」

「これだけのことを考えついたのは、やはり黎家の血筋です」

「おかげで父上も本気を出すことにしたそうです」

「東雲が、なにをするつもりだ?」


 不意に双子は両腕を組むと、袖に顔を埋めるように頭を下げる。

 そして話を続ける。


「どうぞ、お祖父様にはご心配なく。

 長男として、お祖父様のお世話は最期まで務められるそうですから」

「芳雲叔父上はそこまでのご縁となりますが」

「双月、質問に答えぬか!」


 ここまでを言って双子は頭を上げる。

 そして話を続ける。


「結果としてよいご縁が出来ました」

「黎家にためにもなります最良のご縁です」

「生憎とお祖父様は、これからもこちらの(むね)からはお出ましになれません」

「ご不自由かとは存じますが、そこは芳雲叔父上にうまく利用された罰と諦めてください」

「こちらでおとなしく報告をお待ちください」

「吉報をお持ちいたしましょう」


 そして二人は声を合わせて告げる。


「我ら、黎家にとっての吉事でございます」

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