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灰かぶり媛の奇縁譚  作者: 藤瀬京祥
伍章

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第拾弐話 訪問者

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 冷宮どころか後宮からも脱出した琳瑶(りんよう)が、黎家(れいか)の本屋敷で暮らし始めて十日ほど経った頃のことである。

 王宮での騒動はまだ続いているらしく、屋敷の主人である(れい)東雲(とううん)はもちろんその息子たちも、はたまた別に屋敷を構えて暮らす弟の翔雲(しょううん)一家とも顔合わせは出来ていないまま。

 だが少しずつ黎家本屋敷で薔薇(そうび)との二人暮らしにも慣れ始めた琳瑶は、日々、少しでも母親と一緒に過ごしたいがための努力を重ねていた。


 ある日は刺繍を教えてもらったり、またある日は話を聞かせてもらったり。

 またまたある日は裁縫を教えてもらったり。

 そしてまたまたある日は薔薇の仕事を手伝って一緒に厨房を見舞ったり、食事のメニューについて一緒に考えたり。

 もちろん教えてもらうことはちゃんと覚えるし、うまくなれるように努力もする。

 でも全ては一日を、少しでも薔薇と一緒に過ごしたいがための口実である。

 しかも薔薇はそんな琳瑶に嫌な顔一つせず、ねだられるままに応えていた。

 実際のところ、薔薇も琳瑶と一緒にいたかったから丁度よかったのである。


 むしろ薔薇も、少しでも琳瑶と一緒に過ごすための口実を作らねば……と考えていたから、琳瑶のほうからあれを教えてくれとか、これをやってみたいと言われるのは大歓迎だったのである。


 似た者母子


 西の離れだけでなく母屋の使用人たちまでがそんなことを言って、母子の睦まじい様子を温かく見守っていた。


 だがもちろん面白くない連中もいる。

 北の離れで暮らす従姉妹の(れい)佳澄(かちょう)はもちろん、琳瑶はまだ会ったことはないが、話を聞いた限りではおそらくその妹の佳流(かりゅう)や姉妹の母親で、芳雲(ほううん)の正妻も琳瑶のことを快く思っていないに違いない。

 そして彼女たち以上に不快に思っているのが、先代の当主であった(れい)陽照(ようしょう)である。


 同じくまだ会ったことはないが、叔父に当たる(れい)芳雲(ほううん)や、佳澄・佳流姉妹の間に位置する芳雲の次男鹿涼(かりょう)については、どう思っているかは全く不明。

 三兄弟の異母兄にあたる(こう)砥尚(ししょう)にはそれほど悪くは思われていない……というのはもちろん琳瑶の印象である。

 だが少なくとも先日会った時の感じではそうだった。


 そんな敵味方が入り乱れる黎家本屋敷内、薔薇が琳瑶を側に置いておきたいと思うのはもっともである。

 離れて暮らしていた七年間を取り戻すように、睦まじく過ごしていたそんなある日、黎本家屋敷に琳瑶を訪ねてくる者があった。


「吾子に客、ですか?」


 琳瑶が父の住む泰家(たいか)から、母の住む黎家(れいか)に移ったことを知る者はまだ少ない。

 そんな琳瑶を訪ねて人がやってきたのだから薔薇が奇妙に思うのは当然だろう。

 だが琳瑶の手習いを薔薇がみているところにやってきた侍女も、薔薇の反応を見るまでもなく落ち着かない様子をしていた。


「はい、琳瑶様に取り次いで欲しいと……その、無理ならば諦めるけれど、一度だけ取り次いで欲しいとおっしゃいまして……でも、その、男性でして……」

「男性?」


 薔薇も侍女が落ち着かない本当の理由に気づく。

 だから侍女は直接琳瑶には取り次がず、母親の薔薇にお伺いをたてに来たのである。

 そこに琳瑶が同席していたのは想定内だが、やはり告げ口をしたようで落ち着かないのかもしれない。


 自分の客と聞き、筆を置こうとする琳瑶を見る薔薇。

 侍女もまた、釣られるように琳瑶を見る。


「男の人、ですか?

 えっと……お父様……ではないですよね?」


 とっさに琳瑶の脳裏に浮かんだのは父の(たい)昌子(しょうし)である。

 だが侍女は若い男だという。


「他に……となると、えっと、晶春(しょうしゅん)?」


 (たい)晶春(しょうしゅん)は昌子の弟、(たい)昌美(しょうび)の息子。

 つまり琳瑶の従兄弟である。

 だが晶春が、琳瑶が黎家の屋敷にいることを知っているかどうかというわからない。

 会いに来る理由もわからない……と思ったら、侍女が意外なことを告げる。


「いえ、(じょう)豊衣(ほうい)様と名乗っておられまして……」

「杖……」

「豊衣様っ?!」


 訪問者の名前を薔薇が口の中で呟こうとするのを、驚いた琳瑶の声が掻き消す。


「琳瑶や、知っているのですか?」

「豊衣様は……」


 後宮で翠琅(すいろう)が教えてくれた豊衣の正体。

 ここでそれを明かそうとした琳瑶だが、今の茶家(さか)の立場を思い出して口を押さえる。

 きっと蘭花のしたことは、おそらく泰家から茶家にも累が及んでいるはず。

 まだ王宮での詮議や事後処理などが続いている最中、豊衣が黎家に琳瑶を訪ねてきたというのは穏やかではない。

 黎家にとっても茶家は好ましからざる家だろう。


(言ってもいいの?)


 でもきっと明かさなければ豊衣と会うことは出来ないだろう。

 悩む琳瑶は恐る恐る薔薇に尋ねる。


「その……怒らない、ですか?」

「怒りません。

 どうしたのです?」

「えっと、豊衣様は茶家の方で……」


 おずおずと豊衣の正体を明かす琳瑶に、不意に薔薇はなにか閃いたらしい。

 突然 「思い出しました!」 と声を上げる。


艶麗(えんれい)殿には腹違いの姉君がいらしたはずです。

 その方の息子に、よりによってそんな危険な役目をさせるなんて……()大人(たいじん)にも呆れたものです」


 薔薇の話に違和感を覚えつつも琳瑶は後宮でお世話になったことを話し、豊衣と会ってみたいと頼む。

 琳瑶の頼みならなんでも聞くといった手前、薔薇も断らなかったが、一つだけ条件を付けた。

 薔薇も同席するというものである。


 どうせ侍女も同席するのである。

 全然かまわない琳瑶は一も二もなく了承する。

 もちろん豊衣に薔薇を紹介したいというか、自慢の母を見てもらいたいという気持ちもあった。

 だから了承したのだが、結果として薔薇が同席したことは、琳瑶にとっても豊衣にとっても幸いだったかもしれない。


 手習い道具の片付けを侍女に任せて部屋を移した琳瑶と薔薇が待っていると、一度席を外した侍女が再び戻ってきた時、うしろに豊衣を伴っていた。

 久々に見る豊衣は相変わらず若い女性にもてそうな顔立ちをしていたが、あまり顔色はよくなく、少しやつれているように見えた。


「琳瑶様、ご無沙汰しております」


 そう言って部屋に入ってすぐ、豊衣は跪いて琳瑶と薔薇に頭を下げる。

 後宮で会った時は下女だった琳瑶だが、本来はこれが正しい身分差である。

 改めて実感した琳瑶は言葉を失う。

 代わって薔薇が答える。


「杖豊衣殿、初めてお目に掛ける。

 わたしは琳瑶の母、黎薔薇」

「はい、薔薇様にはお初にお目に掛かります」

「本来ならば茶家の方とは関わりたくないところだが、吾子がどうしてもと頼むのでな」

「もちろん自分の立場は承知しております。

 ただ最後にお別れのご挨拶と、お詫びを申し上げたく」

「お別れ?

 豊衣様、どこかに行かれるんですか?」


 詳しいことは話したくないのか、うつむいたままの豊衣は 「はい」 とだけ答える。

 すると薔薇が促す。


「とりあえず顔を上げてこちらへ。

 それでは話が出来ません」

「いえ、わたくしはこちらで……」


 顔を上げず固辞する豊衣だが、薔薇は認めない。


「わたくしがすわれと言っているのです。

 さっさとなさい」

「お母様、ちょっと理不尽では……」


 あまりの薔薇の傍若無人さに、あいだに立たされる琳瑶は困惑する。

 すると薔薇はさらに言う。


「吾子まで困らせるつもりですか?

 さっさとおすわり!」

「はぁ……では失礼いたします」


 薔薇の気迫に負けたのか。

 あるいはこのままではお別れも言えず、詫びも出来ないと思ったのか。

 ゆっくりと顔を上げた豊衣はのっそりと空いた椅子に掛ける。

 そこに侍女がすかさず淹れ立ての茶を置く。


 その茶に手を付けるべきか、否か。

 なにから話せばいいものか。

 散々逡巡する沈黙があったが、薔薇が豊衣に助け船を出すことはなく、あいだで琳瑶一人がオロオロするだけ。

 茶器から上がる湯気を見ていた豊衣は、ようやくのことで口を開く。


「その……結果として琳瑶様を後宮に置き去りにすることになってしまい、本当に申し訳ございませんでした。

 わたくしの力が及ばず……」

「それはあなたのせいではないと吾子から聞いています」


 薔薇の言葉に琳瑶は大きく何度も頷く。

 けれど話が拗れないように黙っている。


「ですが手紙も……。

 わたくしからお預かりすると言っておきながら、お届けすることは叶わず……」


(そういえばあの手紙はどこに?)


 無事に後宮を出られてすっかり忘れていた琳瑶は、豊衣の話を聞いてようやくのことで思い出す。

 冷宮にいる時は、ひょっとしたら手紙が薔薇に届き、返事がもらえるのではないかと縋るような思いで待ち続けていたのが嘘のようである。

 しかも行方がわからなくなったはずの手紙は意外なところから出て来たのである。


「吾子が後宮からわたくしに宛てた手紙でしたらここに」


 そう言って薔薇が衣装の懐から出したのは、紛れもなく琳瑶が豊衣に預けた手紙である。

 まさか薔薇に届いていたとは思っていなかった二人は、驚きのあまり腰を浮かしてしまう。


「お母様っ?!」

「薔薇様っ?!」

「どうしたのです、二人とも」


 手紙が行方を絶ったことを知らない薔薇は二人が驚く理由がわからない。

 それこそ自分宛の手紙なのだから自分の許に届くのは当然のことと言わんばかりである。


 確かにそれはそうなのだが、琳瑶は手紙を預けた豊衣が、蘭花のせいで慌てて後宮を出て行ったため手紙がどうなったかを知らず、豊衣は翠琅に取り上げられてしまい、やはりその後を知らなかった。

 それが思わぬところから出てきたのだから二人が驚くのは当然だろう。


「どうしてお母様がその手紙を……」

「どうしてって、双月(そうげつ)が届けてきたのです」

「双月様が?」

「ええ、その時に色々と事情も聞きました」


 おそらくお茶会の作戦もその時に聞いたのだろう。

 それ以来ずっとお守り代わりに懐に入れて持ち歩いていたと聞き、琳瑶はある衝動に駆られる。


(あの手紙が欲しい!!)


 すでに薔薇との再会を果たして日がな一日べったりくっついているし、手紙は元々自分が書いたもので内容には興味がない。

 だがそれでも長く懐にしまわれて薔薇の香りが濃く染みついたあの手紙が無性に欲しくなったのである。

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