第拾壱話 黎家の女たち
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「売るのです!」
琳瑶の質問を聞いた瞬間気まずそうな顔をする侍女に代わり、怒りを堪えた薔薇が答える。
そしてその先は琳瑶が訊くまでもなく薔薇が話し出す。
琳瑶もすでに聞いて知っているが、佳澄の父である薔薇の三兄黎芳雲は役職に就いていない。
それどころか出仕もしておらず、かといって忙しい兄に代わって黎家の所領管理をするわけでもない。
いわゆるニート
四十近くになっても長兄の屋敷に住み、衣食住の全てを兄の世話になっているのである。
しかも二人の妻に四人の子どもという、兄弟の中で一番多い家族構成である。
側室はすでに亡くなっているとはいえ、芳雲自身を含めた全員を兄に養ってもらっているのである。
すでに成人した長男の砥尚は、東雲に取り立てられて出仕をしている。
しかしまだ十七歳と若く、給金も決して高くない。
そんな砥尚に自分を含めた家族六人を養えるはずがなく、給金も東雲が管理している。
もちろんこれは芳雲やその妻に取られないようにとの配慮で、砥尚も納得していることである。
その砥尚の弟である鹿涼は、正妻の子ということもあり実質的な嫡子扱いを受けているが、すでに十六歳だというのに官位はもちろんなく、出仕すらしていない。
つまり父芳雲と同じニート状態なのである。
家長である東雲は、自分の家族はもちろんそんな芳雲一家に隠居させた父親、そして出戻った妹薔薇という超大家族を養っているのである。
そこに加わった琳瑶としては、ここまでの話を聞いて少し気まずさを覚える。
だが薔薇は堂々としたものである。
「わたくしのことはいいのです。
もちろんそなたも。
わたくしの娘なのですから当然です」
「当然ではないと思うのですが……」
いまさらながらこのまま黎家の屋敷で厄介になってもいいのだろうかと疑問に思い、急に肩身の狭さを覚える琳瑶。
だが薔薇は心配いらないと言う。
さらにはその根拠をサラリと言ってのける。
「わたくしには財産があるのです。
だからそなたが心配することはありません」
「お母様の財産?」
「ええ、そなたには話したことがなかったような気がするのですが、母がわたくしに残した所領があるのです」
「お母様のお母様……?」
つまり琳瑶の祖母に当たる人物である。
祖父については、先日、芳雲一家とは別に北の離れで暮らしていると聞いたが、祖母については聞いていなかったことを今更ながらに思い出す。
ではいったいどんな人物かと思えば……
「薔薇様の母君は、先々代皇帝の公主様だったのです」
「皇籍を抜けて降嫁しましたので、わたくしたちは皇族ではありませんが」
生まれた時からそれが事実だった薔薇にはなんでもないことなのだろう。
今もなんでもないことのように話すが初耳の琳瑶は驚く。
「え……で、でも、先々代皇帝の公主様ということは、先代の皇帝のご兄弟ってことですよね?
それってつまり、お母様たちって、今の皇帝の従兄弟……」
「そうなりますわね。
まぁでも、お兄様たちはともかく、わたくしはお目に掛かる機会もありませんし」
やはり薔薇はなんでもないことのように話す。
すでに公主は亡くなっているが、薔薇が入宮前の范皇后や丹貴妃と面識があったのは、この公主が関係していたのかもしれない。
そして薔薇は、公主が持参金として持ってきた所領などを受け継いだという。
普通なら全て黎家の財産として嫡子だった東雲が受け継ぐものだが、公主の後見を務めた父親の先々代皇帝や、同母の兄である先代皇帝を前に、先代黎家当主の陽照も拒めなかったのだろう。
そうして公主の希望どおり持参した所領などは全て薔薇が受け継いだのである。
一人娘が嫁ぐ時の持参金として……ということだったようだが、結婚前も結婚後も管理は全て東雲に任せているという。
だから夫だった泰昌子も薔薇の財産を自由にすることは出来なかった。
ひょっとしたら知らなかったのかもしれない。
実家に出戻ってからもそのまま管理は東雲に任せているが、琳瑶が嫁ぐ時は持参金として持たせることで合意しているらしい。
「だからそなたはなにも心配要らぬのです」
そう言って薔薇は笑うが、これは東雲と薔薇のあいだで交わされた約束であって、兄妹のあいだにいる次兄の翔雲と三兄の芳雲が納得しているかどうかは疑問である。
特に稼ぎのない三兄の芳雲は。
実は東雲、芳雲一家に対して食住に関してはともかく、衣についてはあまり支援していない。
芳雲も息子の鹿涼も出仕していないのだから、特に衣装に気をつける必要はない。
妻や娘たちも、父親が無位無冠なのだから派手な暮らしは相応しくないといい、黎家の家族として最低限の支度はするが、必要以上に贅沢はさせないという態度をとっているというのである。
もちろん家政が傾く心配をしているわけではない。
その程度の贅沢で傾く黎家ではないのだが、このまま調子に乗らせていては息子たちの代まで彼らの面倒をみなくてはならなくなる。
東雲にとって芳雲は実の弟ではあるが、息子たちにとっては叔父であり、その子らは従兄弟である。
そんな負の遺産を息子たちの継がせないためにも、東雲は芳雲一家に厳しい態度を取ることにしたのである。
だから今日も、そろそろ正月用の衣装を仕立てる準備を始めるからと、母屋にいるこの屋敷の女主人黎楊慶が声を掛けたのは薔薇だけ。
もちろん北の離れにいる芳雲の妻にも声を掛けるが、先に二人で選んでしまおうというのである。
実は従姉妹同士である薔薇と楊慶もあまり仲がよくないのだが、芳雲一家の扱いに関しては東雲の考えに同意していた。
いや、同意せざるを得ないのかもしれない。
なにしろ北の離れは、砥尚ししょうの母親である側室はすでに亡くなっているが、それでも女が三人もいる。
対して楊慶も薔薇も一人である。
北の離れの母子は人数と厚かましさでやりたい放題をし、商人が持ってきた生地も小物も全て持っていきかねない勢いなので、気に入った柄や生地などを、薔薇と楊慶の二人だけで先に選んでしまうことにしたのである。
やや姑息ではあるが、そうでもしなければ落ち着いて選ぶことも出来ないのだから仕方がない。
特に今年は、娘のいない楊慶が、琳瑶の正月衣装を着たところを見られると、ずいぶん楽しみにしているらしい。
泰家にいた頃から琳瑶の衣装を作る生地にだけは口を出していた楊慶だが、今年は例年にないほど浮かれまくって口を挟んできたという。
それならいっそ北の離れにいる芳雲の娘を可愛がればいいのでは? ……と思われるが、根本的に楊慶と芳雲の娘たちは合わないのである。
薔薇もそうだが、芳雲の妻も含めて皆気が強いという共通点があり、それが合わない原因と思われる。
さらに佳澄は、母屋や西の離れから物を持ち出しては売って小遣い稼ぎをするという手癖の悪さがある。
楊慶や薔薇から嫌われるのも無理はないだろう。
「お母様、参考までにお聞きしたいのですが、確か佳澄様には妹君がいましたよね?」
「佳流ですか」
食事を終えた薔薇は箸を置きながらゆっくりと呟く。
すると侍女たちもひっそりと息を吐く。
「あの方も……」
「ねぇ……」
結局誰も黎佳流について具体的なことは話さなかったが、なんとなく琳瑶にも察しが付いた。
(佳流様も訳ありなんですね)




