美酒と唄に酔いしれる夜~寡黙な鍛冶師~
サシ飲み四杯目 ― エルザとともに
場所:酒場《鉄床の灯》
酒:蒸留酒「アイラッシュ」
相手:エルザ
石造りの壁と黒鉄の柱に囲まれた店内は、鍛冶屋や鉱夫が多く集う重厚な酒場だった。
木の椅子に腰を下ろすと、どこからともなく燻された木と煤の匂いが漂い、炉の赤い光が店内を淡く染めている。
鉄槌の幻聴すら聞こえてきそうな、そんな空気だ。
テーブルに置かれたのは、琥珀色の液体が満たされた厚手のグラス。
エルザは無言のまま、グラスを持ち上げる。
大きな紫の瞳が琥珀色の液体を覗き込み、揺らめきを映していた。
「乾杯」
俺が声を合わせると、エルザもほんのわずかに唇を動かした。
「……乾杯」
グラスの縁を鼻に近づけると、燻された木のような香りがふわりと立ちのぼった。
重くも澄んだ匂いは鼻腔を刺激し、喉の奥を熱で満たすような感覚を先取りさせる。
まるで鍛冶場の煤と火をそのまま閉じ込めたかのようだった。
意を決して一口含む。途端、鋭い刺激が舌を打ち、熱が喉を駆け抜けていく。
胸の奥まで一気に火が通ったかのような強烈さに、思わず息が詰まった。
「――っ!」
喉が鳴り、むせそうになる。
慌てて息を整える俺を、紫の大きな瞳がじっと見つめていた。
「…大丈夫?」
エルザがわずかに首をかしげ、低い声で問いかけてくる。
その表情は心配というより、静かに見守るような色合いだった。
「こ、これ…結構強いぞ?」
俺は咳払いをして、無理に笑ってみせる。
対照的に、エルザは何事もないようにグラスを持ち上げ、くいっと一口あおった。
喉がごくりと鳴る音が耳に届き、そのまま静かに息を吐き出す。
「うん……美味しい」
「平気なのか?」
「うん……いいお酒」
たったそれだけの短い感想なのに、妙に説得力があった。
飾らない声音に、酒の熱と同じくらいの重みを感じさせる。
「エルザが酒に強いなんて、意外だな」
俺が軽く笑いながらそう言うと、彼女はグラスを揺らし、琥珀色の液体を静かに見つめた。
「…よくわからない。誰かと飲んだこと、あんまりないから」
その答えは、あまりに彼女らしい。
比較の対象を知らないからこそ、自分の強さを強さと認識していないのだろう。
どこか不器用な答えに、俺は思わず口元を緩めた。
「ライアとは飲んだことないのか?」
冗談めかしてそう言うと、エルザはふと黙り込む。
紫の大きな瞳が、グラスの表面に映る灯火を追っていた。
炉の炎を閉じ込めたような光が、彼女の視線の中でゆらゆら揺れている。
「……あ」
ぽつりと零れた声に、俺は首をかしげた。
「ライア、先につぶれてた」
不意打ちのような一言に、危うく酒を吹き出すところだった。
「マジかよ。エルザならヴァネッサといい勝負できるんじゃないか?」
エルザは小さく首を振り、真剣な面持ちで言葉を継ぐ。
「…トーラみたいなことはしない。お酒は、ゆっくり味わって楽しむもの」
その声音は静かで、けれど不思議な重みがあった。
鍛冶の仕事に通じるような、一打一打を大切にする感覚がそこに宿っている気がした。
「はは、ごもっともだな」
俺は肩をすくめながら笑い返す。
エルザの言葉は飾り気がなく、まるで酒の熱そのもののように、真っ直ぐに胸へ沁みこんでくるのだった。
「鍛冶も同じ。急げば…ひびが入る。焦れば、壊れる」
短い言葉に、彼女の鍛冶に対する姿勢が透けて見える。
一打一打を大切にする彼女だからこそ、酒を味わうことも同じ線上にあるのだろう。
「…エルザらしいよ」
俺は頷き、グラスを掲げる。
瞬間、彼女の瞳が一瞬だけ揺れた気がした。
静かに置かれた俺の左手の上に、エルザの温もりが重なる。
思わず視線を落とすと、彼女は真剣な眼差しのまま、小さく口を開いた。
「…カケルには…私を、もっとわかってほしい」
言葉は低く、震えるようにかすれていた。
それでも、彼女の手のひらから伝わる体温は揺らぎなく俺へと流れ込んでくる。
一瞬言葉を失ったが、俺は彼女を見返し、静かに頷いた。
「……ああ。これからもっと知っていこうぜ、お互いにな」
その言葉に、エルザはわずかに息を呑む。
見つめ合うと彼女の大きな一つ目は、いつもより深く艶を帯びていた。
どこか神秘的で――ただ、美しいと思った。
二人の間に小さな沈黙が落ちると、リュートの音色が静かに広がる。
アピアの声が夜に溶けるように響いた。
「嗚呼~宝玉の瞳 静寂の奥に 熱を秘めて」
今回のお相手はエルザでした。
言葉は少なくても、その一つひとつに宿る想いは決して小さくありません。
静かな時間だからこそ見える一面も、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
そして次は、慈愛に満ちたエルフとの一杯へ。




