第19話 中立国・スイス
2024年3月28日23:40
東欧におけるポーランド軍とロシア・ベラルーシ連合軍が激しい血戦を繰り広げる中、モスクワのクレムリンから発令された新たな命令により、ロシア軍の戦略ミサイル部隊および爆撃機部隊が再び不気味なうねりを上げて動き出した。
標的となったのは、西欧および中欧の主要都市であった。ロシア軍は今回も永世中立を守り続けるスイス領空を迂回・回避するように飛行ルートを設定し、ベルリン、パリ、アムステルダム、ブリュッセル、コペンハーゲン、キーウ、そしてローマの主要都市に向けて、多数の極超音速巡航ミサイルおよび弾道ミサイルの一斉発射を敢行した。
欧州各国の防空網が警告音を響かせ、夜空に迎撃ミサイルの尾引きが幾重にも交錯する中、歴史の歯車を狂わせる致命的な狂いが生じた。パリの防空レーダー網をかく乱すべく発射されたロシア軍の長距離巡航ミサイルの一発が、飛行プログラムの致命的な故障あるいは電子妨害の影響を受け、本来の進路を大きく逸脱したのである。ミサイルはアルプスの山々を越え、本来侵すべからざるはずの永世中立国の空域へと深く侵入していった。
3月29日0:10 スイス・チューリッヒ郊外
静寂に包まれていたスイス最大の都市チューリッヒの郊外。その住宅街と商業区の境界付近で、突如として現実離れした轟音と眩い閃光が夜空を切り裂いた。
「ドオォォォンッ!!!」
爆風が周囲の建物窓ガラスを粉々に打ち砕き、一瞬にして一帯がもうもうたる黒煙と炎に包まれた。ロシア軍の逸れた巡航ミサイルが、中立国スイスに直接着弾したのである。混乱のなかで救急活動と消火作業が急ピッチで進められたが、被害は甚大であった。
この誤射および着弾により、市民12人が命を落とし、8人が重軽傷を負うという惨事となった。永世中立の聖域として長年にわたり戦火の例外であり続けたスイスにおいて、市民の血が流された瞬間であった。
同年3月29日10:00 スイス・ベルン 連邦議会議事堂
チューリッヒでの悲劇から10時間後、スイスの首都ベルンの連邦議会議事堂は、かつてないほどの怒りと緊張に包まれていた。臨時に招集された緊急閣議および記者会見の壇上に立ったスイスのアルバート・レアード大統領の表情は、怒りと厳格な決意に満ちていた。世界中のメディアに向け、大統領は低く、しかし一言一言を噛み締めるような強い口調で声明を発表した。
『我々スイス連邦は、建国以来、そして国際法の下で一貫して「永世中立」の原則を堅持してきた。いかなる陣営の戦争にも加担せず、平和の仲介者として、人道主義の旗手として、世界の中立を守り続けてきた。しかし、先ほどモスクワから発射されたロシア軍のミサイルが我が国の主権領域であるチューリッヒを直撃し、罪なき12人の市民の命が奪われた。これを単なる誤射として看過することは絶対にできない! 永世中立国に対する武力攻撃は、明白かつ許しがたき戦時国際法違反である!』
議場に詰めかけた議員や記者たちが息をのむ中、レアード大統領はさらに踏み込んだ重大な事実と決断を告げた。
『スイスはNATOに加盟していない。しかし、我が国の地理的特性を見れば明らかだ。スイスは周囲をNATO加盟国に完全に包囲されており、さらにアルプスの山岳地帯が要塞を形成しているため、いかにロシア軍といえども、陸上から軍隊を直接侵攻させて占領することは物理的に不可能である。我が国を防衛する地理的条件と、主権を侵害された怒りにおいて、スイスはもはや傍観者ではいられない。ロシア政府に対し、ここに明確に通達する。
スイス連邦は、ロシア連邦に対して宣戦を布告する!』
中立の象徴であったスイスが、自らの意思で武力による対決の道を選んだ瞬間であった。
同日12:00 フランス・パリ 国際連合臨時本部
スイス領チューリッヒへのロシア軍ミサイル誤射と、それに伴う一般市民の死傷、そしてスイス連邦による電撃的な対露宣戦布告の衝撃は、世界を駆け巡った。この事態を受け、パリの国際連合臨時本部は急遽、ロシアと中国を除外した緊急の安全保障理事会を開催した。
今回の安保理は、常任理事国でありながら国際法を踏みにじり続けるロシアおよび中国の意思決定を完全に排除し、西側諸国および有志国のみの主導による異例の形式で行われた。ロシアと中国の代表が座るはずの席は空席のままであり、議場を支配していたのは冷徹な怒りと、これ以上の暴走を断固として阻止するという強い連帯感であった。
議長の厳粛な宣言の下、最初に発言の壇上に立ったのはスイス連邦の外務代表であった。かつて国際会議において中立と静謐の代名詞であったスイスのヒメア国連大使が鋭い眼光で各国代表を見据えた。
「我が国スイスは、建国以来いかなる戦争にも加担せず、永世中立の原則を守り抜いてきました。しかし、モスクワから放たれたロシアのミサイルは、罪なき市民12人の命を奪い、我が国の主権と誇りを踏みにじりました。スイスはすでにロシア連邦に対する宣戦を布告しております。我々はもはや傍観者ではありません」
スイス代表の言葉に、場内の各国代表団から重々しい、しかし力強い賛同の拍手が送られた。続いて登壇したイギリスの国連代表が、力強い口調で演説を引き継いだ。
「ロシアによるスイス領への攻撃は、国際法に対する明白なテロ行為であり、中立国に対する言語道断の侵略である。地理的にアルプスの要塞に守られ、陸上からの侵略を受け付けないスイスが自らの意思で立ち上がったことに対し、我々は最大限の敬意を表する。そして、国連安保理として、スイスによるロシアへの反撃行動および自衛権の行使を全面的に承認し、これを強力にバックアップすることを提案する!」
フランス、ウクライナ、そして日本やインドなど、出席したすべての国々が次々と賛意を示した。ロシアおよび中国の拒否権による妨害が一切存在しないこの異例の安保理において、決議案は瞬く間に満場一致で可決された。
一、ロシア軍によるスイス領へのミサイル攻撃および主権侵害を厳しく非難する。
一、スイス連邦による自衛権の行使、およびロシアに対するあらゆる手段を用いた反撃行動を全面的に許可・支持する。
一、NATOおよび自由主義同盟諸国は、スイス軍に対し必要な軍事・情報支援を速やかに提供する。
議長が木づちを叩き、決議の成立を高らかに宣言した瞬間、会議室は嵐のような歓声と拍手に包まれた。モスクワのクレムリンが「中立国だから手を出さないだろう」と高をくくって放ったミサイルは、結果として最も恐れていた永世中立国からの宣戦布告という前代未聞の事態となってロシア軍に跳ね返ることになったのである。
金融と情報のハブであり、強固な防衛網と隠された軍事力を誇るスイスの本格参戦と国連安保理による反撃承認により、欧州情勢は複雑怪奇な状況となった。
次回も楽しみによろしくお願いします!




