第18話 使命
2024年3月28日 日本・東京 首相官邸・総理執務室
ロシアによる北海道占領宣言と道民身柄拘束の脅迫、中国による「核兵器使用も辞さない」という威嚇、そして欧州・朝鮮半島における戦火の拡大。世界の破滅的な傾斜が加速度を増す中、3月28日、日本の主導により主要な自由主義同盟国による極秘の首脳会談がWeb会議形式で緊急開催された。
参加したのは、日本の大島康二総理をはじめ、イギリスのマニエル首相、フランスのマロン大統領、インドのオディア首相、そしてパキスタンのファルファ首相の計5か国の首脳たちである。画面越しに対面した首脳陣の表情には、一刻の猶予もない絶望的な悲壮感が漂っていた。東シナ海や南シナ海、さらには南アジアや東欧に至るまで、中・露・朝の権威主義枢軸による力による現状変更と核の威嚇は、自由主義陣営全体の存立基盤を根底から揺るがしていたからである。
会議の冒頭、マニエル首相が重苦しい口調で口火を切った。
「大島総理、ならびに各国の首脳諸君。事態はもはや従来の通常兵器による防衛戦の域を超滅しようとしている。中国は台湾海峡において核兵器の使用を公然と示唆し、ロシアもまた欧州および北海道方面において戦術核の投入をチラつかせている。我々自由主義同盟がこれ以上の後手に回ることは、東アジアおよび世界の完全な破滅を意味する」
続いて、マロン大統領が厳粛な面持ちでうなずき、スクリーン越しに言葉を重ねた。
「我々核保有国であるイギリス、フランス、インド、そしてパキスタンは、この未曽有の危機に対し、一致した強固な決意を固めた。中国、ロシア、および北朝鮮が仮に我が国や有志国、さらには日本に対して一歩でも核の一線を越える動きを見せた場合、あるいは通常戦力によって我が陣営の存立が脅かされた場合、我々は自らの核戦力を即座に展開し、中国・ロシア・北朝鮮の主要軍事拠点および指導部に対して核による報復攻撃を行う用意がある。この立場を今ここで日本側へ明確に表明したい」
オディア首相とファルファ首相も、自国の安全保障と地域秩序を守るための共通の決意として、力強く頷いた。南アジアにおいて対立関係にあった両国すらも、地球規模の専制国家の暴走という圧倒的な脅威の前では手を取り合い、同盟の核抑止力を東アジアおよび全欧州へ広げる意思を示したのである。
「我々の核抑止力の傘は、完全に日本と共にある。日本が三正面作戦で圧倒的な物量に押し潰される前に、我々は核という最終手段をもって敵の野望を挫く覚悟がある」
各国の首脳陣から発せられた言葉は、日本を徹底的な壊滅から守るための最後にして最大の重い差し伸べられた手であった。
英・仏・印・パの首脳たちから対中・露・朝への核使用の辞さない覚悟を直言された大島総理は深呼吸をして言葉を発した。官邸地下の作戦室に同席していた加藤防衛大臣や統合幕僚長も、息をのんで総理の言葉を待っていた。核保有国からのこの申し出を受け入れれば、中・露・朝に対する圧倒的な抑止力となり、日本の防衛戦は著しく有利になるかもしれない。しかし、それは人類が二度と踏み込んではならない核戦争による世界規模の焦土化を容認することを意味していた。ゆっくりと目を開けた大島総理の瞳には、揺らぐことのない毅然とした光が宿っていた。大島総理はマイクに向かい、静かでありながらも部屋全体に深く響き渡る声で語り始めた。
『各国首脳の皆様。我が国の危機的状況に対し、これ以上ない過酷な決意をもって手を差し伸べていただいたことに、心から感謝申し上げます。しかし・・・内閣総理大臣として、そして日本国政府として、皆様のそのお申し出に対し、一つの明確な意思をお伝えしなければなりません』
大島総理は、カメラの向こうにいる各国首脳陣の目をまっすぐに見据えた。
『我が国日本は、人類史上において惨禍を経験した「唯一の戦争被爆国」であります。核兵器がもたらす非人道的な破壊、人々の尊厳の抹殺、そして未来永劫にわたる苦しみと絶望の大きさを、我々は世界で最も深く理解しております。ゆえに、いかに過酷な戦況に追い込まれようとも、我が国は核兵器の先動使用、あるいは核による報復攻撃という選択肢を軽々に容認することはできません』
総理の言葉に、英仏の首脳たちが息をのんだ。
『同じ過ちを、この地球上で二度と繰り返してはならない。もし我々が敵の暴挙に対抗するために核兵器の惨禍を再び世界へ解き放つならば、たとえその戦いに勝利したとしても、我々が守ろうとした自由と民主主義、そして人類の尊厳そのものが永遠に失われてしまうでしょう。それは我が国の理念であり、歴史に対する責任であります』
大島総理は一息つき、力強く言葉を続けた。
『我々は、通常戦力と有志国の強固な結束、そして何より自衛隊と国民の気概をもって、敵の三正面からの侵略を撃退いたします。核による威嚇には屈せず、しかし自ら核の引き金を引くことのない道を選び、自由と平和を守り抜く覚悟です。どうか皆様には、この日本の意志をご理解いただき、通常戦力および補給、外交における最大限の協力を賜りたい』
大島総理の言葉にマニエル首相が深く頷き、静かにマイクを取った。
「・・・承知いたしました、大島総理。日本の歴史的な立場と、そのあまりにも尊い倫理的な決断に、深い敬意を表します。我々は日本の決断を尊重し、通常戦力における限界なき支援をもって、共にこの試練を乗り越えましょう。ですが自衛のための核使用は辞さない構えであることを改めてお伝えしたい」
フランス大統領、インド首相、パキスタン首相も、日本の示す固い決意に深く頭を下げ、結束を改めて誓い合った。
次回も楽しみによろしくお願いします




