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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第八章』消えた第二王子
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《第二十六節》明かされない秘密

「───で、どうして殿下のお部屋に…?」


 部屋に入った途端、ルイが訝しげに口を開いた。

「どうして分かったんですか?」

 サンがすぐに反応する。

「いやいや、流石に豪華すぎて分かるよ! 殿下の瞳の色で統一されているし! この国でこの青色を使う人は殿下しかいないんだよ⁈」

「随分と説明が長いですね。準備してたんですか?」

「興奮してるんだって!」


 まあ、驚くのも無理はない。何の説明もなく、僕の自室に連れてこられたのだから。

 本来、騎士の立場では、たとえ団長であっても、王族の私室へ入ることは許されない。

 僕の部屋へ来られる者は、家族や使用人、それから専属の医師くらいだ。

 当然、副騎士団長であるルイは、部屋の扉……もしかすると、そこへ辿り着くまでの廊下の景色すら見たことがない。


 そんな彼を無理やり連れてきたのには、もちろん理由がある。

 一つは、他に空いている部屋がほとんどなかったから。

 そしてもう一つは、ここが一番誰にも聞かれない場所だから。

 でも、一番の理由は……


「え、今なんて言いました?」

「ううん、なんでもない。今はスターリー祭の準備で、部屋があまり空いていないんだ。だから、今日は特別ね」

 僕の説明に、ルイは顎に手を当てながら頷いた。

「そうなんすか…。まあ、それなら仕方ないっすね。せっかくの機会っすから、楽しみます!」

「うん。そうして」


 それからしばらくの間、事件とは全く関係のない話で盛り上がっていると、部屋の扉が数回叩かれた。

「どうぞ」

 入室を許可すると、扉が開き、外から従者のラグが顔を出した。

「失礼いたします」


 特徴的な淡い青色の髪を全体的に後ろに流し、左胸には金と濃い青色で象られた、星形のバッジが輝いている。

 このバッジは、僕専属の従者のみが付けられるもので、一目見ただけで誰の従者なのかが分かるようになっている。

 彼はテーブルの横までワゴンを押してくると、立ち止まって頭を下げた。


「殿下。頼まれていたコーヒーをお持ちしました」

 

 実は先ほどここへ来る前に、彼にコーヒーの用意を頼んでいた。

 話が長くなりそうだったため、合間に何か口に入れられるものが必要だったからだ。

 コーヒーを選んだのは、ただの気分。


「ありがとう。とびきり苦いものにしてくれた?」

「はい」

 ラグが返事をした瞬間、ルイが目を大きく開いた。

「え⁈ とびきり苦い⁈」

「ああ、それは僕だけだよ。ルイたちにはちゃんと、一般的なものを用意したから」

 僕の発言に、ルイは眉間に皺を寄せて言った。

「殿下はなぜわざわざ苦いものを…?」

「そういう気分なだけ。あまり得意ではないんだけどね」

「なのに飲むんすか…」


 ラグがコーヒーを注ぐと、渋い香りがあたりに広がった。いかにも苦そうだ。

 できれば飲みたくないけれど、これくらい刺激が強くないと、今日はとても耐えられそうにない。


「殿下。こちら、とびきり苦いコーヒーでございます」

「あはは、ありがとう。わざわざ言わなくていいよ」


 カップを受け取ると、真っ黒な液体がやけに強く主張してきた。

 おそるおそる口に運んで中の液体を飲み込むと、口内を抉るような苦味が喉を通り抜けた。

 僕は思わず顔をしかめ、カップを遠ざける。


 命令通り、ラグはとてつもなく苦いコーヒーを用意してくれたようだ。

 彼が従順なことは嫌というほど知っているが、まさかここまで指示通りにしてくれるとは思わなかった。

 さすがは僕の従者だ、とでも言っておこう。

 朝のことを根に持っている…なんてことはないはずだ。きっと。


 もう一口だけ飲み、カップを置くと、僕はなんでもないような笑みを浮かべた。

 ルイの方へ向き直ると、背筋を伸ばして口を開く。


「それじゃあ、僕が彼を消した理由について、早速説明を始めようか」

 そう言うと、ルイが威勢よく返事をした。

「お願いします!」

「えーっと…じゃあ…」


 何も知らないルイに、どこから説明をするべきだろうか。

 僕は少し考えた後、思いついたように顔を上げた。


「まずは、誤解を解いておこうかな」


 僕は机の上に二つの置物を置くと、それを指差した。

 全く同じように見えるが、模様はわずかに異なっている。


「ルイ。僕が彼を消したのは、彼が〝偽物〟だったからだ」 

 ルイの肩がわずかに動いた。

「ルイも気づいていると思うけれど、あれはリヴじゃない。リヴを模倣した、ただの瘴気だ」

「瘴気⁈」

「詳しくは複製体と言われているものだ。まあ…だから、本当のリヴは生きてるよ。……多分」

「多分⁈」


 僕は短く息を吐くと、コーヒーを少しだけ口に含んだ。

 やっぱり苦い。でも、今はこの苦さが丁度いい。


「ルイ。複製体が作られる条件は、なんだか分かる?」

「いえ…」


 僕は机の上に手のひらをかざすと、少しだけ瘴気を放出した。

 類似した二つの置物の隣に、もう二つの全く同じ置物が現れる。


「実はね、単純なんだ。条件はただ、瘴気耐性者が生存している間に、瘴気が発生した場所である死の森…改め〝始まりの森〟へ入ること。サンとフィンの偽物が作られていたのは、二人が調査のためにあの森へ入ったからだよ」

「なるほど……って、え⁈」


 ルイが勢いよく顔を上げた。

 目をこれでもかというほど開き、顔にはわずかに冷や汗が浮かんでいる。

 どうやらルイも気がついたようだ。

 この、目をそらしたくなるような事実に。


「そう。リヴの複製体がいたということは、おそらく今日、リヴはあの森へ足を踏み入れた」

「なっ、だだだ大問題じゃないっすか!」

「そうだね。だから〝多分〟って言ったんだよ」

「…っ…リヴ殿下は、なぜ森へ?」

「分からない。ただ一つだけ分かっているのは、リヴが僕に隠し事をしているってこと。それも、とても重要な何かを」


♦︎♦︎♦︎


 約一週間前。


「───で、また断られたのか」

 リヴに毒の成分を調べてもらった後、そのまま自室に戻った僕は、サンと二人で色々と話し合っていた。

 その内容は、主にリヴのこと。

 洞窟で負傷した左手の痛みを堪えていた彼の姿が、どうにも引っかかってしまったのだ。


「どうして治さないんだろう…」


 ソファにもたれながら、僕は短く息を吐いた。

 僕が気になっていること──それは、リヴの〝秘密〟だ。

 数週間前、リヴから「左手を負傷した」と打ち明けられた際、僕は先ほどと同じように彼に瘴気で治すことを提案した。

 瘴気なら、どんなに深い傷でも簡単に治すことができる。

 しかし、この時リヴは首を横に振り「自分で治す」と言い張った。

 これが初めてのことなら〝そういう日もある〟と納得できただろう。

 だが、これまでにも似たようなことは何度もあった。


 初めは、僕が自在に瘴気を扱えるようになった七年前。

 リヴが王宮内の庭園で転倒し、膝を怪我してしまった日のこと。

 傷口から血を流し、今にも泣きそうなリヴを見るに見かねて、僕が瘴気で治そうとした瞬間──リヴが反射的に僕の手を振り払ったのだ。


 その日を境に、リヴは僕が瘴気で彼の傷を治そうとするたび、必ずそれを拒むようになった。

 不思議なことに、僕が他の目的で瘴気を扱う際に、そうした反応は見られない。

 僕自身を避けている様子もなく、あくまで〝瘴気そのもの〟を拒絶している。

 本人に直接尋ねても、いつも上手くはぐらかされてしまうため、僕にはその原因が何ひとつ分からないままだった。


「俺にもさっぱり分からないな…」

「そっか…。サンでも分からないなら、もう諦めるしかないね」

「力になれなくて申し訳ない」

「いや…大丈夫」


 サンなら何か知っていると思ったが、どうやらそう簡単に分かるものでもないらしい。

 サンの目をも掻い潜るなんて、さすがはリヴと言うべきか。


「しかし、あのリヴがお前に隠し事をするなんて、とても信じられないな」

「そうかな? リヴは案外、何も教えてくれないよ。昔から肝心なことは、何一つ教えてくれない。そういう子なんだよ」


 〝兄さんは知らなくていい〟


 それが、リヴの口癖の一つだ。

 無邪気な笑顔の裏に、彼は一体何を隠しているのだろう。

 実兄である僕でも、最近はどうしてかリヴの赤い目が恐ろしい。

 こんなこと、絶対にあってはならないというのに。


「よく分からないが、リヴにはそれだけ、隠したい理由があるんじゃないか? いつもお前のことを一番に考えているのは、間違いなくあいつだろ?」

「………」


 一番に考える、か。

 そんなわけないじゃん。僕みたいな罪人が、一番になるはずがない。

 そもそも僕は、リヴの眼中にすらいてはいけない存在なんだ。

 隠したい理由だって、僕が信用に足る人物でないからに違いない。


 僕は、嫌われていなければならない。恨まれていなければならない。

 他の誰よりも、同じ親のもとで生まれたリヴに。

 だから彼の秘密も、本当は僕が知るべきではないのかもしれない。

 あの子が隠したいのなら、あの子の意思を尊重してあげるべきなのだろう。


「僕は…違うと思う」

「そうか。まあ、今はそう思っていても構わないが……いつかは全部、受け入れてあげろよ?」

 サンの言葉に、いつものように「うん」とは答えられなかった。


♢♢♢


「始まりの森は大丈夫だったけれど、瘴気が現れた以上、あの森は〝死の森〟だ。生きて帰れる保証はどこにもない。最悪の場合、瘴気に補食されて跡形もなく消えてしまう」

「そんな…っ!」

 怯えた顔をするルイに、僕は追い打ちをかけるように続けた。

「リヴがなぜ森へ足を踏み入れたのかは分からないけれど、何らかの対処方法を知っていなければ、いくらリヴでもあの森を抜け出すのは不可能だ。サンたちが戻ってこられたのは、奇跡といっても過言ではない」


 そう言われたサンは、ぴくりと肩を動かした。

 ルイはというと、今にも泣きそうな表情をしている。

 現状、瘴気をどうにかできる者は僕しかいないため、おそらく一人で向かったリヴが、身体能力の高いサンたちと同じように、生きて帰って来られるとは思えない。


 けれどリヴは、いつだって不可能を可能に変えてきた。

 リヴのおかげで、一体何人の命が助かっただろう。

 どれだけこの国の、大いなる発展に貢献してきただろう。

 それを思えば今回も、夜になればいつものように、なんでもない顔で僕の前に現れてくれる───。そんな気がする。


(…そうだよね、リヴ?)


 でも、リヴが森にいるのなら、もうなりふり構ってはいられない。

 一刻も早く、僕も森へ行かなければ。

 僕でなければ、リヴを助けれられない。


「サン、ルイ。急遽用事ができた」


 そう言うと、その場にいる全員が僕を見た。

「え?」

「僕はしばらくここを離れる。この部屋は…好きに使ってくれていいから」

「え、ちょっ、どういうことっすか?」


 僕はクローゼットからフード付きマントを取り出した。

 それから少量の瘴気を放出し、一目で王族だと分かる髪と目を、目立たない茶色へ変える。

 足首まであるフード付きマントを羽織ると、フードを深く被って顔が見えないようにした。

 これでもう、外へ出ても問題はないだろう。

 僕はくるりと後ろを振り返ると、みんなの顔を順に見渡した。


(…分かっていても、止められないよね)


 彼らのことを守れるのは、瘴気耐性者である僕だけだ。

 僕がやらなければ、みんな死んでしまう。

 たとえこの身が滅びようとも守りたいと思うのは、僕の中で渦巻く贖罪の気持ちからなのだろうか。

 それとも───。


「始まりの森へ行ってくる」


 扉を開けると同時に、僕はそっと瘴気を放出すると、そのまま王宮から姿を消した。

投稿が遅れてしまって申し訳ございません…!

次回からは第九章となります。今後とも引き続きお読みいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

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