《第二十六節》明かされない秘密
「───で、どうして殿下のお部屋に…?」
部屋に入った途端、ルイが訝しげに口を開いた。
「どうして分かったんですか?」
サンがすぐに反応する。
「いやいや、流石に豪華すぎて分かるよ! 殿下の瞳の色で統一されているし! この国でこの青色を使う人は殿下しかいないんだよ⁈」
「随分と説明が長いですね。準備してたんですか?」
「興奮してるんだって!」
まあ、驚くのも無理はない。何の説明もなく、僕の自室に連れてこられたのだから。
本来、騎士の立場では、たとえ団長であっても、王族の私室へ入ることは許されない。
僕の部屋へ来られる者は、家族や使用人、それから専属の医師くらいだ。
当然、副騎士団長であるルイは、部屋の扉……もしかすると、そこへ辿り着くまでの廊下の景色すら見たことがない。
そんな彼を無理やり連れてきたのには、もちろん理由がある。
一つは、他に空いている部屋がほとんどなかったから。
そしてもう一つは、ここが一番誰にも聞かれない場所だから。
でも、一番の理由は……
「え、今なんて言いました?」
「ううん、なんでもない。今はスターリー祭の準備で、部屋があまり空いていないんだ。だから、今日は特別ね」
僕の説明に、ルイは顎に手を当てながら頷いた。
「そうなんすか…。まあ、それなら仕方ないっすね。せっかくの機会っすから、楽しみます!」
「うん。そうして」
それからしばらくの間、事件とは全く関係のない話で盛り上がっていると、部屋の扉が数回叩かれた。
「どうぞ」
入室を許可すると、扉が開き、外から従者のラグが顔を出した。
「失礼いたします」
特徴的な淡い青色の髪を全体的に後ろに流し、左胸には金と濃い青色で象られた、星形のバッジが輝いている。
このバッジは、僕専属の従者のみが付けられるもので、一目見ただけで誰の従者なのかが分かるようになっている。
彼はテーブルの横までワゴンを押してくると、立ち止まって頭を下げた。
「殿下。頼まれていたコーヒーをお持ちしました」
実は先ほどここへ来る前に、彼にコーヒーの用意を頼んでいた。
話が長くなりそうだったため、合間に何か口に入れられるものが必要だったからだ。
コーヒーを選んだのは、ただの気分。
「ありがとう。とびきり苦いものにしてくれた?」
「はい」
ラグが返事をした瞬間、ルイが目を大きく開いた。
「え⁈ とびきり苦い⁈」
「ああ、それは僕だけだよ。ルイたちにはちゃんと、一般的なものを用意したから」
僕の発言に、ルイは眉間に皺を寄せて言った。
「殿下はなぜわざわざ苦いものを…?」
「そういう気分なだけ。あまり得意ではないんだけどね」
「なのに飲むんすか…」
ラグがコーヒーを注ぐと、渋い香りがあたりに広がった。いかにも苦そうだ。
できれば飲みたくないけれど、これくらい刺激が強くないと、今日はとても耐えられそうにない。
「殿下。こちら、とびきり苦いコーヒーでございます」
「あはは、ありがとう。わざわざ言わなくていいよ」
カップを受け取ると、真っ黒な液体がやけに強く主張してきた。
おそるおそる口に運んで中の液体を飲み込むと、口内を抉るような苦味が喉を通り抜けた。
僕は思わず顔をしかめ、カップを遠ざける。
命令通り、ラグはとてつもなく苦いコーヒーを用意してくれたようだ。
彼が従順なことは嫌というほど知っているが、まさかここまで指示通りにしてくれるとは思わなかった。
さすがは僕の従者だ、とでも言っておこう。
朝のことを根に持っている…なんてことはないはずだ。きっと。
もう一口だけ飲み、カップを置くと、僕はなんでもないような笑みを浮かべた。
ルイの方へ向き直ると、背筋を伸ばして口を開く。
「それじゃあ、僕が彼を消した理由について、早速説明を始めようか」
そう言うと、ルイが威勢よく返事をした。
「お願いします!」
「えーっと…じゃあ…」
何も知らないルイに、どこから説明をするべきだろうか。
僕は少し考えた後、思いついたように顔を上げた。
「まずは、誤解を解いておこうかな」
僕は机の上に二つの置物を置くと、それを指差した。
全く同じように見えるが、模様はわずかに異なっている。
「ルイ。僕が彼を消したのは、彼が〝偽物〟だったからだ」
ルイの肩がわずかに動いた。
「ルイも気づいていると思うけれど、あれはリヴじゃない。リヴを模倣した、ただの瘴気だ」
「瘴気⁈」
「詳しくは複製体と言われているものだ。まあ…だから、本当のリヴは生きてるよ。……多分」
「多分⁈」
僕は短く息を吐くと、コーヒーを少しだけ口に含んだ。
やっぱり苦い。でも、今はこの苦さが丁度いい。
「ルイ。複製体が作られる条件は、なんだか分かる?」
「いえ…」
僕は机の上に手のひらをかざすと、少しだけ瘴気を放出した。
類似した二つの置物の隣に、もう二つの全く同じ置物が現れる。
「実はね、単純なんだ。条件はただ、瘴気耐性者が生存している間に、瘴気が発生した場所である死の森…改め〝始まりの森〟へ入ること。サンとフィンの偽物が作られていたのは、二人が調査のためにあの森へ入ったからだよ」
「なるほど……って、え⁈」
ルイが勢いよく顔を上げた。
目をこれでもかというほど開き、顔にはわずかに冷や汗が浮かんでいる。
どうやらルイも気がついたようだ。
この、目をそらしたくなるような事実に。
「そう。リヴの複製体がいたということは、おそらく今日、リヴはあの森へ足を踏み入れた」
「なっ、だだだ大問題じゃないっすか!」
「そうだね。だから〝多分〟って言ったんだよ」
「…っ…リヴ殿下は、なぜ森へ?」
「分からない。ただ一つだけ分かっているのは、リヴが僕に隠し事をしているってこと。それも、とても重要な何かを」
♦︎♦︎♦︎
約一週間前。
「───で、また断られたのか」
リヴに毒の成分を調べてもらった後、そのまま自室に戻った僕は、サンと二人で色々と話し合っていた。
その内容は、主にリヴのこと。
洞窟で負傷した左手の痛みを堪えていた彼の姿が、どうにも引っかかってしまったのだ。
「どうして治さないんだろう…」
ソファにもたれながら、僕は短く息を吐いた。
僕が気になっていること──それは、リヴの〝秘密〟だ。
数週間前、リヴから「左手を負傷した」と打ち明けられた際、僕は先ほどと同じように彼に瘴気で治すことを提案した。
瘴気なら、どんなに深い傷でも簡単に治すことができる。
しかし、この時リヴは首を横に振り「自分で治す」と言い張った。
これが初めてのことなら〝そういう日もある〟と納得できただろう。
だが、これまでにも似たようなことは何度もあった。
初めは、僕が自在に瘴気を扱えるようになった七年前。
リヴが王宮内の庭園で転倒し、膝を怪我してしまった日のこと。
傷口から血を流し、今にも泣きそうなリヴを見るに見かねて、僕が瘴気で治そうとした瞬間──リヴが反射的に僕の手を振り払ったのだ。
その日を境に、リヴは僕が瘴気で彼の傷を治そうとするたび、必ずそれを拒むようになった。
不思議なことに、僕が他の目的で瘴気を扱う際に、そうした反応は見られない。
僕自身を避けている様子もなく、あくまで〝瘴気そのもの〟を拒絶している。
本人に直接尋ねても、いつも上手くはぐらかされてしまうため、僕にはその原因が何ひとつ分からないままだった。
「俺にもさっぱり分からないな…」
「そっか…。サンでも分からないなら、もう諦めるしかないね」
「力になれなくて申し訳ない」
「いや…大丈夫」
サンなら何か知っていると思ったが、どうやらそう簡単に分かるものでもないらしい。
サンの目をも掻い潜るなんて、さすがはリヴと言うべきか。
「しかし、あのリヴがお前に隠し事をするなんて、とても信じられないな」
「そうかな? リヴは案外、何も教えてくれないよ。昔から肝心なことは、何一つ教えてくれない。そういう子なんだよ」
〝兄さんは知らなくていい〟
それが、リヴの口癖の一つだ。
無邪気な笑顔の裏に、彼は一体何を隠しているのだろう。
実兄である僕でも、最近はどうしてかリヴの赤い目が恐ろしい。
こんなこと、絶対にあってはならないというのに。
「よく分からないが、リヴにはそれだけ、隠したい理由があるんじゃないか? いつもお前のことを一番に考えているのは、間違いなくあいつだろ?」
「………」
一番に考える、か。
そんなわけないじゃん。僕みたいな罪人が、一番になるはずがない。
そもそも僕は、リヴの眼中にすらいてはいけない存在なんだ。
隠したい理由だって、僕が信用に足る人物でないからに違いない。
僕は、嫌われていなければならない。恨まれていなければならない。
他の誰よりも、同じ親のもとで生まれたリヴに。
だから彼の秘密も、本当は僕が知るべきではないのかもしれない。
あの子が隠したいのなら、あの子の意思を尊重してあげるべきなのだろう。
「僕は…違うと思う」
「そうか。まあ、今はそう思っていても構わないが……いつかは全部、受け入れてあげろよ?」
サンの言葉に、いつものように「うん」とは答えられなかった。
♢♢♢
「始まりの森は大丈夫だったけれど、瘴気が現れた以上、あの森は〝死の森〟だ。生きて帰れる保証はどこにもない。最悪の場合、瘴気に補食されて跡形もなく消えてしまう」
「そんな…っ!」
怯えた顔をするルイに、僕は追い打ちをかけるように続けた。
「リヴがなぜ森へ足を踏み入れたのかは分からないけれど、何らかの対処方法を知っていなければ、いくらリヴでもあの森を抜け出すのは不可能だ。サンたちが戻ってこられたのは、奇跡といっても過言ではない」
そう言われたサンは、ぴくりと肩を動かした。
ルイはというと、今にも泣きそうな表情をしている。
現状、瘴気をどうにかできる者は僕しかいないため、おそらく一人で向かったリヴが、身体能力の高いサンたちと同じように、生きて帰って来られるとは思えない。
けれどリヴは、いつだって不可能を可能に変えてきた。
リヴのおかげで、一体何人の命が助かっただろう。
どれだけこの国の、大いなる発展に貢献してきただろう。
それを思えば今回も、夜になればいつものように、なんでもない顔で僕の前に現れてくれる───。そんな気がする。
(…そうだよね、リヴ?)
でも、リヴが森にいるのなら、もうなりふり構ってはいられない。
一刻も早く、僕も森へ行かなければ。
僕でなければ、リヴを助けれられない。
「サン、ルイ。急遽用事ができた」
そう言うと、その場にいる全員が僕を見た。
「え?」
「僕はしばらくここを離れる。この部屋は…好きに使ってくれていいから」
「え、ちょっ、どういうことっすか?」
僕はクローゼットからフード付きマントを取り出した。
それから少量の瘴気を放出し、一目で王族だと分かる髪と目を、目立たない茶色へ変える。
足首まであるフード付きマントを羽織ると、フードを深く被って顔が見えないようにした。
これでもう、外へ出ても問題はないだろう。
僕はくるりと後ろを振り返ると、みんなの顔を順に見渡した。
(…分かっていても、止められないよね)
彼らのことを守れるのは、瘴気耐性者である僕だけだ。
僕がやらなければ、みんな死んでしまう。
たとえこの身が滅びようとも守りたいと思うのは、僕の中で渦巻く贖罪の気持ちからなのだろうか。
それとも───。
「始まりの森へ行ってくる」
扉を開けると同時に、僕はそっと瘴気を放出すると、そのまま王宮から姿を消した。
投稿が遅れてしまって申し訳ございません…!
次回からは第九章となります。今後とも引き続きお読みいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。




