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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第八章』消えた第二王子
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《第二十四節》瘴気の餌食

 太陽がちょうど真上に昇った頃。

 僕とアポロ騎士団副団長のルイは、祭りの飾り付けを中断し、王の執務室へ向かっていた。

 たわいもない話をしながら、長い廊下をひたすら真っ直ぐに進んでいく。

 太い柱の横を何本か通り過ぎると、王の執務室から人が出てくるのが見えた。


 誰だろうかと目を凝らすも、フードを深く被っており顔は見えない。

 背格好から考えると、年齢は比較的低いように見える。

 その人物は僕の方をちらりと見ると、一礼をしてすぐに通り過ぎてしまった。


「あれ、誰っすか?」

「………」

「殿下?」

「あ…えっと、僕も分からない」

「そうっすか…」


 少々気になったが、今はそれどこではないため、僕たちは歩く速度を上げた。

 しばらくして執務室にたどり着くと、重い扉を数回叩く。


「ルリ・サピロス代表、ゼロ・ジョーカー。少し用があって参りました」


 声をかけると、中からいつもと変わらない陛下の声が聞こえてきた。

「入れ」

「失礼いたします」

 中へ入ると、陛下は事務机の向こうに、窓の外を見ながら座っていた。

 僕の声に振り向き、穏やかな笑みを浮かべる。


「よく来たな。今日はまたどうしたんだ?」


 どうやら僕は、陛下に〝また〟と言わせるほど、問題ごとを持ち込んでいるようだ。

 確かにここ最近は、ポリュイの大火災やオスカルのことなど、比較的大きな事件が多かったように思う。

 僕が仕組んだわけではないし、仕方がないのだけど。


「実は、少々奇妙なことがございまして…」

「奇妙なこと?」

 陛下は僕の発言に眉をひそめた。


「ええ。今朝、サンとベイカー嬢が始まりの森の調査に向かったのはご存知ですよね?」

「ああ、知っているとも」

「私も門までは見送ったので、それは確かなはずなのですが…。先ほど、ルイが王宮内で二人の姿を見たらしいのです」


 陛下は少しの間考え込んだ。

 窓外の景色と僕の顔を交互に見て、思い出したように口を開く。


「ふむ…。彼らなら、私もつい先程見た気がするな」


 陛下の発言に、僕もルイも思わず声を上げた。

「えっ?」

「陛下も見たんすか⁈」

 驚く僕たちに、陛下は何でもない様子で続ける。


「ああ。確か、向こうの建物で何かを話していたな」

「申し訳ございません。陛下を疑っているわけではないのですが、それは本当に二人だったのですか?」

「確証はないが、背の高い銀髪の騎士と、黒が似合う凛とした令嬢だったぞ」

「それは…確かにサンとベイカー嬢ですね。騎士団員の中で銀髪の者はサンだけですし、黒を身につけられるのは高位貴族の者に限られます」


 陛下の言葉が事実だとすれば、サンとフィンは本当にこの王宮内にいることになる。

 二人で何か話していたようだが、僕たちに言えない事情でもあるのだろうか。

 そうだとすれば、門で作業をしていた僕が二人に気づかなかったことも、二人が一向に報告に来ないことにも説明がつく。

 しかし、僕の頭はなぜか「それは違う」と告げていた。

 根拠もないただの憶測だが、陛下とルイが見かけた二人は、もしかしたら〝あれ〟なのではないか。そんな気がしてならない。


「ゼロ。また面倒ごとに巻き込まれているようだが、くれぐれも気をつけるんだぞ。何かあったら、いつでも頼ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

「それと……」

 陛下は何かを探るような目で僕を見たが、すぐに首を横に振って否定した。


「いや、なんでもない。忘れてくれ」

「? はい」


 今のは、なんだったのだろう。

 僕の顔に何か───


「アポロ騎士団所属、サン・ジョーカー。急ぎのご報告があり、参上いたしました」

 

 突如響いた声。その声に、全員が扉の方へと顔を向けた。

「サン?」

「う、噂をすればってやつっすね」


 陛下が入るよう促すと、扉が開き、朝と同じ格好をしたサンが現れた。

 銀色の髪に、青緑色の瞳。背はすらりと伸び、どこか冷徹な空気が感じられる。

 冷徹といっても、そう見えるだけなのだが。

 けれどその姿は、間違いなく僕のよく知る彼だった。

 彼は僕に気づくと、慌てて頭を下げる。


「…殿下たちもいらっしゃったのですね」


 そう言うサンの顔には、わずかに疲れの色が浮かんでいた。

 始まりの森で何かあったのだろうか。

 なんだか、とても急いで帰ってきたように見える。


「えっと…始まりの森の調査は終わったの?」

「それが…その…」

 なぜか口ごもるサンの代わりに、陛下が言った。

「急ぎの報告とは、そのことか?」

「はい…」

 サンは陛下の質問に頷くと、躊躇いがちに口を開いた。


「あの森は…始まりの森は…」


 話し出したサンの声は、ひどく震えていた。

 何か恐ろしいものでも見たような、誰かに襲われたかのような、そんな声。

 彼のただならぬ様子に、陛下と僕は顔を見合わせた。

 僕は彼の近くに歩み寄ると、ゆっくり背中をさする。


「サン、大丈夫だよ。無理に報告を急ぐ必要はないから」

「ゼロの言う通りだ。一度深呼吸をしなさい」


 僕と陛下の言葉に、サンは深く息を吸って吐いた。

 いつも冷静沈着なサンがこんな風になるなんて、きっと余程のことがあったのだろう。

 僕は無意識に唾を飲み込んだ。

 サンは先程よりもほんの少し落ち着いた様子で、陛下と僕の目を順に見て頭を下げる。


「申し訳ございません…もう、大丈夫です」 

「本当か? 無理はするなよ」

「はい、ご心配をおかけしました…。えっと、ご報告ですが…」


 室内に、鋭い緊張が走った。

 僕と陛下、それからルイは、真剣な表情でサンを見る。

 皆の視線を一身に受けたサンは、もう一度深く息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げた。


「……始まりの森に、再び〝瘴気〟が発生しておりました」


 僕とルイは、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。

 陛下もしばらくの間は押し黙っていたが、やがて我に返ると、サンの顔を心配そうに覗き込んだ。

「お前は…無事であったのだな?」

 陛下の質問に、サンは答えた。 

「ええ、なんとか。同行していたベイカー嬢もいつも通りです」

 サンの言葉に、陛下は心底安心したように深く息を吐いた。


「そうか。よくぞ無事に戻ってきてくれた。報告してくれたこと、心から感謝する」

「恐れ入ります。それで───」


 始まりの森に、瘴気…。

 瘴気、か。ということは、最近の森の異変も、サンとフィンの目撃情報も、全部瘴気のせいだったのだろうか。


 やはり、想像通りだ。


 瘴気は、人の〝負の感情〟を取り込み、その勢力を拡大していく。

 瘴気にとっての生きる糧は、人間の暗く淀んだ心だ。

 ほとんどの生物は、食料を得るために狩りをする。

 この習性は瘴気も同じで、選んだ人の記憶を複製の性質で覗き、その人にとって最も嫌な記憶を再現することで、負の感情をわざと引き出させる。

 そして最後に、その感情をその人ごと喰らおうとするのだ。


 行方不明とされている自殺者は、おそらくそうやって瘴気に喰われてしまった人々だ。

 また、異変が起きたこのタイミングで、まだ戻っていなかったはずのサンとフィンの目撃情報があった。

 僕の予想が正しければ、彼らは瘴気によって作り出された〝複製体〟だ。


 これは、瘴気に関する文献に書かれていた、瘴気の狩りの歴史の変遷。

 僕が瘴気を取り込んだ八年前よりもずっと前の、遥か昔──伝説の槍で殺されたとされる瘴気耐性者が、まだ生きていた頃のこと。 


 死の森に蔓延っていた瘴気は、勢力を拡大するために、獲物である人間を捕らえなければならなかった。

 当然、瘴気自体に人間の心なるものはないため、瘴気はそれをしようと思って行なっていたわけではない。

 簡単に言えば、生殖本能のようなものだ。

 しかし、瘴気は生命力にあふれた場所──つまり自然界でしか存在できない。

 そのため、森に入ってきた者しか捉えることができず、人々から避けられていた死の森では、中々食事にありつけることはできなかった。


 そこでいつからか瘴気は、複製の性質で捕らえた人間、あるいは森に入ってきた人間を、新たに〝複製体〟として作り出し、森の外へいわゆる狩りに出かけさせるようになった。

 作られた複製体は、あくまでその人物を忠実に模したものに過ぎないため、特別何かができるわけではない。

 だが、瘴気と違って大気があれば存在できる〝人間みたいなもの〟で、森の外へ出ることは容易だった。

 おまけにそれらは、たった一つだけ瘴気の性質を受け継いでおり、瘴気にとっては非常に都合のいい存在だった。


 それは、執拗に拠り所(瘴気耐性者)を求める性質。

 つまり、無意識に瘴気耐性者の元へ集まってくるのだ。

 なぜなら、瘴気にとって一番のご馳走が〝瘴気耐性者の心〟だったから。


 他の人間とは違い、瘴気に耐性を持つ者が負の感情をあらわにした場合、瘴気の力は急激に増大するらしい。

 もちろん、過去少なくとも千年は僕のような人間が存在していなかったため、実際に確認するどころか、本当にそういう性質があるのかすら判明してない。

 かろうじてそういった文献が残されているというだけだ。

 だが、それが事実だとすれば、目撃情報があったサンとフィンは、おそらくその〈複製体〉なのだろう。

 そして彼らの狙いは、意図せずとも僕だ。


 なら僕は──僕がしなければならないことは、すでに作られているであろう複製体と、親元である始まりの森の瘴気を全て体内に取り込むこと。

 この仕事は、僕にしかできない。

 僕がやらなければ、もっと多くの犠牲者が出てしまう。


「ゼロ、どうかしたか?」

「あ……いえ、なんでもありません」


 おそらく陛下は、始まりの森に向かうなど、到底許してはくれないだろう。

 陛下には申し訳ないけれど、今回もバレないよう隠密に動くしかない。


 ───このガルシア王国と、大切な人を守るために。

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