《第二十三節》不審な影
〝ガルシア王国〟───。
今から約三千年前に建国された、現存する歴史上最古の王国。
現在、世界には大小合わせて三十程の国家や勢力が存在しているが、ガルシア王国はその中でも唯一の中立国として、いかなる戦争にも参加しないという立場を貫いている。
とはいえ、その軍事力は世界一を誇り、各国では〝ガルシアを怒らせてはならない〟という暗黙の了解がある。
そうやって、この国は長きにわたり他国からの侵略を受けず、独自の安定を保ってきたのだ。
現国王であるビースト・ガルシアは歴代国王の中でも特に優秀とされており、即位後わずか三年にして各国が長年解決できなかった数々の課題を解決し、王国内外ともに素晴らしい発展をもたらした。
国内だけでなく世界全体の平和のために尽力するという、彼の人徳の高さも評価される理由の一つだ。
そんな彼ら数少ない王家の人間が暮らすガルシア王宮は、四季がはっきりと分かれた〝クレセント地方〟にある。
この地方では、毎年十二月二十一日から十日間、一年の終わりを祝う〝スターリー祭〟が行われる。
祭りの期間中、王都や周辺の街全体は豪華に飾りつけられ、人々は一斉に開かれる屋台で買い物をしたり、宴を開いて少し高価なお酒を嗜んだりと、とても贅沢なひとときを過ごすのだ。
そして今日は、祭りが行われるちょうど一ヶ月前。
街中は少しずつ祭りの話題で活気づき、王宮内でも密かに準備が行われていた。
♢♢♢
「えーっと、これは門に飾るんだっけ」
透き通るような寒空の下、第一王子である僕──ゼロ・ジョーカーは、王宮内の飾り付けを行っていた。
朝早くから作られていた星型の飾りを、大きな箱に入れて指定の場所へ運んでいく。
簡単な作業だが、オーナメントは意外と重量があり、飾り付ける場所も少し高いため、体の小さい僕には少しだけ厳しい。
普通に成長できていたら、今頃はサンと同じくらいになっていたのだろうか。
もしそうなら、もう少し作業が楽になるのだけど。
そんなことを考えながら箱を持ち上げると、重さがずしりと腕に伝わってきた。
どことなく女神エレノアの加護に似た金色のオーナメントは、そんな僕の苦労も知らず、日の光に当たって呑気にキラキラと輝いている。
一ヶ月後に開催されるスターリー祭では、星型のオーナメントを各家に飾る風習がある。
オーナメントの他にも、星型のクッキーを焼いたり、星を象ったアクセサリーが作られたりと、星にちなんだものがたくさん用意される。
そのように飾りつけられた街は、目がチカチカするほど豪華で、とても美しい。
心が洗われるような、そんな気持ちにさせてくれる。
当日のことを考えながら密かにワクワクしていると、
「殿下〜! 応援に来たっすよ〜!」
後ろの方から元気な声が聞こえてきた。
振り返ると、アポロ騎士団の副団長であるルイが、こちらに向かって走ってきていた。
明るい赤茶色の髪が、風に当たって心地よく靡いている。
おそらく彼は、団長のサイラスに命令されて、こちらへ来てくれたのだろう。
門の方は人手が足りなかったため、ルイの応援は非常にありがたい。
「おはよう、ルイ」
「おはようございます! あっ、その箱貸してください」
「えっ、いいよ。自分で持てるから」
「いえいえ、任せてください! 殿下の手を煩わせるわけにはいかないっすから」
「うーん、煩わされてはないんだけど…。まあ、そういうことならお願い」
ルイに箱を手渡すと、一気に体が軽くなった。
ルイはなぜか軽々と持っているが、かなりの重量だったようだ。
申し訳ないため、両手で持てるだけのオーナメントをもらうと、ルイは思いついたように顔を上げた。
「そういえば、サンくんたちって今日は始まりの森の調査に向かったんでしたよね?」
「え、うん。セシリアさんに会いに行ってくれているよ」
「やっぱりそうっすよね、おかしいなぁ…」
ルイはそう言うと、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「どうかしたの?」
気になって問いかけると、彼は難しい顔で言った。
「いやそれがっすね、さっき王宮内で二人を見たんすよ」
「えっ?」
ルイの発言に、僕は思わず声を上げた。
僕が最後に二人に会ったのは数時間前。
早くに任務が終わったとも考えられるが、門前で作業をしている僕が、二人の存在に気がついていないのはおかしい。
僕は初め、ルイが冗談を言っているのかとも思ったが、そうでないことは、彼の表情を見れば明らかだった。
「なら、二人は始まりの森へ行っていないってこと…?」
「それは分かんないっすけど…。でも普通、帰ってきたらまず殿下に報告するっすよね?」
「そうだね…」
今回の調査。最初にルリ・サピロスへ依頼したのは陛下だが、二人に直接お願いしたのは僕だ。
僕より先に、陛下へ報告に行くとは考えにくい。
となると……
「とりあえず、作業はここで中断しようか。僕たちはルイが見かけた二人を探しつつ、他に目撃情報がないか聞き込みもしてみよう」
「了解っす!」
拭いきれない不安を抱えたまま、僕たちは足早に門を後にした。
♢♢♢
ゼロが門の飾り付けをしていた頃。王の執務室に、扉を叩く音が響いた。
王が入るように促すと、扉がゆっくりと開かれる。
「よく来たな」
現れたのは、一人の少年だった。
どこか緊張した面持ちで、王に向かって頭を下げる。
「本日はどのようなご用件で?」
少年が問いかけると、王は持っていたペンを立てた。
「近頃、始まりの森で異変が起こっていることは知っているな?」
「はい。自殺者が急増しているとか…」
少年が自信なさげに答えると、王は少し険しい顔になって頷いた。
「そうだ。一国の王としては見過ごせん。だが…」
「?」
王は一拍置くと、困ったように下を向いた。
「やはり、原因は〝あれ〟だと思わないか?」
「! ……確かに、その可能性は大いにあります」
少年は王の発言に力強く頷いた。
しかし、その表情にはどこか不安の色が滲み、落ち着かない様子で服の裾を握ったり離したりしていた。
王はそんな彼の様子に気づいているのかいないのか、少し前のめりになって言った。
「そこで、だ。お前に〝解決〟を頼みたい」
「はい。……ええっ⁈」
少年は、もし相手がマジシャンならば喜ばれそうなくらい、とても大袈裟(本人は至って真面目)に驚いた。
「はっはっはっ、驚かせるつもりはなかったのだが…」
王は彼のリアクションに、思わず声を上げて笑った。
部屋中に響き渡る笑い声に、少年は口を尖らせる。
「い、いや、驚きますよ! どうして私なんですか!」
「お前が適任だからに決まっているだろう」
「それ、何の答えにもなってないです!」
「はは、そうだな」
執務室に、再び静寂が戻る。
王は少しだけ椅子を引き、窓の外を見遣った。
遠くに見える門の前で、甥のゼロとアポロ騎士団副団長のルイが、楽しそうに何かを話している。
そのすぐ後ろの建物の影には、二人の様子を伺う従者のラグの姿も見える。
他の場所でも、いくつかのグループが協力して飾り付けを行っていた。
祭り前の平和な様子に、王は思わず頬を緩ませる。
すぐ近くの建物の中には、見覚えのある姿がちらりと見えた気がした。
「今回は、お前の〝力〟が必要なんだ」
王はそう言うと、再び少年の方へ顔を向けた。
どこか悲しげな彼の瞳に、少年は眉を下げて微笑む。
「…そういうことでしたか」
「すまないな。お前たち兄弟には、いつも助けてもらってばかりだ」
そう言って困り顔を浮かべる王に、少年は首を横に振って言う。
「いいえ、滅相もありません。陛下にはどれだけ感謝してもしきれないくらい、たくさんの恩がございますから」
少年は姿勢を正すと、真っ直ぐな瞳で王を見た。
自信に満ち溢れたその姿は、やはり〝あの子〟にそっくりで、王は思わず笑みを浮かべた。
「任せて良いな?」
「ええ。お任せください、陛下。始まりの森の異変、必ずや解決して参ります」




