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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第七章』死の森
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《第二十二節》始まりの森(1)

 フィンには歳の離れた姉がいた。

 凛とした横顔に、すらりと伸びた背。

 彼女は誰よりも美しく、強い人だった。

 いついかなる時も己の信念を曲げず、恐れることなく前へ進み続ける。

『私を止められるものなら、止めてみなさい』

 それが彼女の口癖であり、生き方そのものだった。


♢♢♢


「───おはよう、姉さん」


 冷たい風が吹き抜ける、小高い丘の上。

 ひっそりと建つ聖堂の裏手には、いくつかの立派な墓碑が並んでいる。

 その中の一つ──〝Chloe Baker(クロエ・ベイカー)〟と刻まれた石碑の前で、一人の娘が静かに手を合わせる。


「それじゃあ、行ってくるね」


 丁寧に頭を下げ、徐に立ち上がると、背後から軽やかな足音が聞こえてきた。

「お嬢様〜! サン様が来られましたよ!」

 大きなフリルが際立つ紺色のワンピースを着た、とても可愛らしい女性。

 〝お嬢様〟と呼ばれた娘──フィンは、彼女の方へ振り返り、目尻を下げて微笑んだ。


「そう。すぐに行くわ」


 〝ソラス〟と呼ばれる丘の上に立つ、小さな聖堂。

 古くからベイカー伯爵家が所有している建造物だが、数年前に別の場所に移されてしまったため、今はもう聖堂としては使われていない。

 代わりに、武器などを保管する施設となっている。


 ベイカー伯爵家の次女であるフィンは、毎朝ここを訪れる。

 一つは、八年前に亡くした姉の墓に手を合わせるため。

 そしてもう一つは、武器を取りに行くためだ。

 墓参りを終えたフィンは、この聖堂の中に入り、一本のナイフを手に取った。

 ハンドルの部分に〝アメジスト〟が施された、姉クロエの形見のナイフ。

 彼女が亡くなった際に、当主である父から譲り受けたものだ。


 なぜ姉の形見にナイフなんて物騒なものがあるのか──その理由は、ベイカー家の隠された〝もう一つの顔〟にあった。


 ベイカー伯爵家は、表向きは王国に仕える名門貴族。

 だがその実、彼らは裏社会を統べる〝暗殺一家〟としても名を馳せていた。

 彼らの目的は、この国の均衡を保つこと。

 〝国の秩序を乱す者は、たとえ王であろうと殺す〟

 それが、ベイカー家に代々受け継がれる教訓だった。


 とはいえ、それも随分と前の話。

 そんな彼らも、ある日を境にその性質を大きく変える。

 王家である〝ジョーカー公爵家〟と結びついたのだ。

 きっかけとなったのは、八年前に下された〝第一王子暗殺任務〟。

 瘴気の存在を恐れたベイカー家当主が、娘であるフィンにゼロの暗殺を命じたことが始まりだった。

 しかし、当時その任務を担当したフィンは、標的であるゼロを前に武器を下ろす。

 それが彼らの──いや、フィンの運命を大きく変える出来事となった。


「お嬢様、そろそろ…」

「あっ、ごめん! 今行く!」


 ベイカー家の新たな歴史は、まだ始まったばかり。

 これから先、彼らがどんな物語を築き上げるのか。それは、この国の誰にも分からない。


(見ててね、姉さん。姉さんの夢は、私が必ず叶えてみせる)

 フィンはそっとナイフをしまい、軽やかな足取りで聖堂を後にした。

 

♢♢♢


 ソラスの丘を下ると、瀟洒な煉瓦の敷石の上に一人の青年が立っていた。

 紺色のマントを見に纏い、目の前で羽ばたく蝶をぼーっと見つめている。

 耳につけた銀色のピアスが、日の光にあたってきらりと光った。


「サン、お待たせ」


 フィンが小走りで近づくと、サンと呼ばれた青年は顔を上げた。

 艶やかな青緑色の瞳が、まるで木漏れ日のように穏やかな光を宿している。


「おはよう姐さん。今日はまた一段と綺麗だな」

「あら、朝からお世辞が上手だこと。サンもいつも通りかっこいいわよ?」

「俺は本心で言ったんだが…。まあいいか」


 フィンはサンの言葉をさらりと聞き流し、その代わりに彼が背負っている大きなバッグに視線を移した。


「……それは?」

「祭りの準備に使う道具だ。ゼロに頼まれてな」

「随分と多いのね。準備はもう結構進んでいるの?」

「いいや。今朝の様子だと、まだあまり進んでいないようだったな」

「そう。なら私たちも、後で手伝いに行きましょうか」

「そうだな」


 ひと通り会話が終わると、サンはバッグの中から自身が着ているものと同じフード付きマントを取り出し、フィンに手渡した。

 二人とも任務の際と同様に動きやすい服を着ているため、正体がバレることはないだろうが、これから行く場所は少々危険であるため、念には念を入れておこうというわけだ。

 フィンは受け取ったマントを素早く羽織ると、敷石の上をサンと共に道なりにゆっくりと歩き始めた。


「もうすっかり寒くなったわね…」

「ああ。ゼロがなかなか起きなくなって、冬を実感するよ」

「ふふっ、本当に朝が苦手なのね。なんだか意外だわ」


 十一月も後半に差し掛かり、外の空気は少し前より一層ひんやりとしている。

 吐く息は白く空中を舞い、冷たい風が頬を赤く染める。

 ゼロは元から朝に弱いが、最近は特に布団から出てこなくなってしまった。

 毎朝従者のラグと弟のリヴが力を合わせ、なんとか起こしているのだそう。

 もうすぐ初雪が降ると噂されていることもあり、季節は確かに冬へと移り変わっていた。


 色々と話をしながらしばらく歩いていると、次第に目の前に広大な森が見え始めた。

 二人が目指しているのは、あの森の奥地にある民家。

 人は滅多に立ち入らない場所であるが、フィンと親しみのある人物がたった一人で暮らしている。

 二人は少しだけ歩くペースを速め、鬱蒼とした森へ向かった。

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