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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第六章』伝わらない思い
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《第十九節》許される罪(2)

 沈黙が残る王の執務室。

 机の上の資料には手をつけず、天井を見上げてため息をつくのは、この部屋の主であるガルシア王国国王〝ビースト・ガルシア〟。

 ガルシアは国王の称号であり、本名はビースト・ジョーカーだ。


 彼はゼロとリヴが部屋を去ってから、仕事の手を止めて考え事をしていた。

 それは、ゼロのこと。

 謹慎を解くと伝えた後の彼の表情が、ビーストの脳裏にこびりついていたのだ。


(ゼロは頑固だからな…)


 直接聞いたとしても、教えてくれないことは明白だ。

 だが、ゼロが罰を望んでいたことくらいは、ビーストも分かっていた。

 それでもゼロを許したのは、ビーストなりの〝ゼロへの罰〟だ。


 ゼロは〝死ぬこと〟が一番の償いだと思っている。

 自分はこの世界に存在してはいけない、邪魔な存在だと考えているからだ。

 けれど、彼はどうしても死ぬことができない。

 だからこそゼロには、死ぬこと以外の〝償い方〟を知ってほしいと、ビーストは考えている。

 もっとも、ビースト自身は、もうとっくにゼロのことを許しているのだが。


「考え方を変えるのは難しいか…」


 そう呟きながら、ビーストは八年前のあの日を思い出していた。

 あの日、血だらけになって泣いていた、ゼロのことを。


 ──────八年前。

  

 慌てて帰ってきた騎士団からの報告を聞いて、ビーストは執務室を飛び出した。

 報告の内容は、彼の弟〝レオ・ジョーカー〟と、その妻〝ソフィア・ジョーカー〟が、ゼロの瘴気によって亡くなってしまったというものだった。

 突然の訃報に、ビーストも宰相も状況を掴みきれないまま、王宮から比較的離れた場所にある塔へと急いだ。


 この頃のゼロは瘴気を入れられた直後だったため、危険性を考慮して、誰もいない塔に一人で暮らしていたのだ。

 レオやソフィアは、息子の様子を見るためにその塔へ向かったのだろう。

 そこで、瘴気が暴走してしまったのだ。

 塔へと歩みを進めるビーストを、騎士団の者が後ろから呼び止めた。


「陛下、今行くのは危険すぎます! おやめください!」

「そう心配せずとも問題はない。それよりもゼロが心配だ。あの子は今どうしている?」

「その場にいた者はすぐに避難しましたので、存じ上げませんが…」

「そうか、分かった」

「陛下⁈」


 ビーストと宰相は塔に辿り着くと、扉を開け、階段を駆け上がった。

 あたりは血の匂いが染みつき、重苦しい空気が充満している。

 三階に行くと、ゼロの部屋の扉は開いており、二人はそっと中へ足を踏み入れた。

 部屋に入った瞬間、ビーストの目に飛び込んできたのは、血に染まった壁と床、体の半分が消えた男女、そして血だらけになってうずくまるゼロの姿だった。

 ゼロは全身を血に染めたまま、震える声で何かを話している。


「ごめ…なさ…っ、私が…しっかり…っ」


 ビーストは駆け寄りたい衝動に駆られながらも、一歩も踏み出すことができなかった。

 真っ黒な瘴気がゼロの周囲に渦巻き、近づけば呑み込まれると本能が告げていたからだ。

 王としての冷静さが、叔父としての想いを無理やり押しとどめた。

 ゼロはビーストと宰相に気づくことなく、血に濡れた床に手を伸ばし、消えた両親を必死に掴もうとしていた。


「戻せる、はず…っ、私が…ちゃんとすれば…っ!」


 幼い声はひどくかすれ、震えながらも何度も繰り返される。

 だが、瘴気は荒れ狂い、形を成すより早く黒い靄となって消えていく。


 ビーストは歯を食いしばった。

 目の前で崩れ落ちるこの少年を、今すぐ抱きしめてあげたい。

 王としてではなく、ただの一人の叔父として。

 けれど黒く渦巻く瘴気が、それを許さなかった。

 一歩踏み出すたびに本能が警鐘を鳴らし、〝近づけば命を奪われる〟と告げている。

 その時、ゼロの肩が小さく震え、その大きな瞳から静かに涙がこぼれ落ちた。


「…僕が…殺したんだ……」


 まだ九歳の少年には、重すぎる罪。

 この子はこれから、それを抱えて生きていかなければならない。

 ビーストの心に、激しい痛みが走った。

 王としては、冷静に判断しなければならない。

 だが、叔父としては声を張り上げて泣き叫びたい。

 その狭間で引き裂かれながら、彼はただ拳を握りしめることしかできなかった。


「あれからもう八年、か……」


 ビーストはそう呟くと、再び深いため息をついた。

(あんなことがあって、自分を許すのは難しいだろうな…)

 お前のことはもうとっくに許している、罰を与える気はない、とビーストは普段から何度もゼロに伝えている。

 けれど、その言葉がゼロの心に届いたことは一度もない。

 あの子の本当の笑顔を、ビーストはもう何年も見ていない。

 〝いつも通り〟とは名ばかりの、偽りの笑顔を浮かべたゼロは、あの日からずっと罪の重荷に苛まれ続けている。

 たまに苦しそうな顔をしているのを、ビーストは見逃してはいない。


 そして、それはおそらくリヴもだ。

 ゼロがそういう顔をする時、リヴは必ず悔しそうな顔をする。

 自分では彼を救うことができないと、己の無力さに絶望するかのように。

 だからこそ二人は、ゼロが心の底から笑えるようになるまで、彼のことを支え続けたいと思っている。

 この気持ちがいつか、ゼロに届くことを祈って。


「さ、そろそろ仕事でもするか…」

 ビーストはそう言うと、徐に資料に視線を落とした。

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