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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第六章』伝わらない思い
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《第十八節》オスカル・マーフィー

 月明かりの夜、王宮内を彩る鮮やかな庭園内に、足を踏み入れる者がいた。

 名はオスカル・マーフィー。

 マーフィー家の長男であり、錬金術にしか興味のない男。

 彼は花壇に咲くスズランの花へ視線を落とした。


「今回も失敗、か…」


 そう呟く彼の目は、わずかに揺れていた。

 涼しい風が通り抜け、銀色の髪をなびかせる。

 誰かの部屋からまばゆい光が漏れ、スズランの花に降り注いだ。


「またお会いしましょう、殿下」


 オスカルはそう呟くと、庭園を──そして、このガルシア王宮を後にした。


♢♢♢


 リヴが目を覚ましてから一時間後。午前零時二十分。

 みんなとは一度解散し、リヴはそのまま部屋で休ませて、僕は眠たい目をこすりながら、自室でサンから任務の報告を聞いていた。


「要するに、オスカルの狙いは僕の錬金術で…リヴはなんらかの目的で、彼を僕に会わせようとしている、と…」

「ああ、そういうことだ」


 オスカルは昔から負けず嫌いなところがあるため、あの日のことを根に持っているだろうとは思っていたが、まさかこんなことになるとは予想もしていなかった。

 だが、ポリュイの大火災の黒幕がオスカルというのは頷ける。

 先ほどリヴを目覚めさせた時に、リヴに投与された薬と僕が過去に経験した毒の照合を行なった結果、それがやはり〝マンドレイク〟の睡眠薬だということが判明した。


 マンドレイクの睡眠作用には、副作用として投与前後の〝記憶障害〟がある。

 これを、ポリュイの大火災に当てはめてみる。

 僕は事件当日の、大火災が起きる前後の記憶だけが抜け落ちていた。

 オスカルがその日も同じ睡眠薬を持っていたと仮定すると、記憶の欠落はそれが原因なのかもしれない。


 ただ、たった一度の投与でここまで症状が長引くということは、彼はおそらく過量の睡眠薬を僕に投与したのだろう。

 僕に瘴気がなければ、今頃は死んでいたかもしれない。

 リヴと同じように瘴気で解毒したとしても、全てを思い出すことはできるのだろうか…。


「そういえばゼロ。兄…オスカルとの会話で、一つ気になったことがあるんだが」

「気になったこと?」


 サンはポケットに手を入れると、中からくしゃくしゃの紙を取り出した。

 走り書きの文字で、何かが書かれている。


「さっき、エスペクトロは兄が倒したって説明しただろう?」

「うん」

「だが、あいつ曰く、エスペクトロのメンバーは総勢二千二百四十名…。これ、おかしいと思わないか?」


 確かに、噂通りならエスペクトロは三千人規模の組織のはず。

 とはいえ、彼らは他の組織との連携が強く、どこまでが一つの組織なのか分かりづらいため、正確な人数を把握するのは難しい。

 だが、千人も少ないとなれば話は別だ。

 何かあったと考えるのが妥当だろう。


『私の言う通りにしてくだされば、町人は解放いたします』


(⁈)

 今のは…何の記憶だろう?

 もしかして、洗脳された時の記憶…?


「ゼロ? どうかしたか?」

「…ううん。なんでもない…」


 そう答えた時、突然身に覚えのない光景が頭に流れ込んできた。

 

『実は、折り入って頼みたいことがございまして』

『そうしてくださるのなら、ジョーカー家からは手を引きましょう』

 

 話しているのは全てオスカルで、何かの取引を行なっているような会話だ。

 こんな話をした覚えはない。

 けれど、これがもし失われた記憶だとしたら…。

 ポリュイの大火災で、僕が殺したのは……

 オスカルの真の目的は……


「…ろ、ぜろ、ゼロ!」

「⁉︎」

「大丈夫か? 顔色が良くないぞ?」

「う、うん…大丈夫…」


 思い出したのは断片的な記憶だけだけれど、それでもこれで全てが繋がった。

 ポリュイの大火災で僕が殺したのは、町人の姿をした〝エスペクトロ〟の人間だ。

 これはあくまで推測だが、まずオスカルが何らかの方法でエスペクトロのメンバーを、ポリュイの町の住民の数だけおびき寄せる。

 すると、彼らに怯えた町人は皆、一時的にどこかへ避難する。

 全員が避難したことを確認したら、僕の出番だ。


 おそらくオスカルは、僕が計画に加担する代わりに、マーフィー家を説得し、ジョーカー家からは手を引くという交渉を僕に持ちかけた。

 よく思い出せないが、僕はそれを了承してしまったのだろう。普段の僕なら、絶対に反対するはずなのだが……。


 まあ、それで僕の協力を得たオスカルは、僕に瘴気でエスペクトロのメンバーを肉体ごと消すよう命令した。

 それが終われば、今度は〈複製〉の性質を使い、僕が記憶していた(瘴気は過去に感じた五感を全て記憶しておくことができる)町人全員の身体を作り上げ、それをそれぞれ町の中に配置していく。

 そうして、あとは僕がそれを町ごと燃やしてしまえば、ポリュイの大火災の完成だ。


 エスペクトロのメンバーを町人と同じ人数だけおびき寄せたのは、僕が後で瘴気の使いすぎで倒れ、計画が滞る可能性を考慮してのことだろう。

 瘴気は、侵食と複製のバランスが釣り合っていれば、扱うのは非常に簡単だ。

 ポリュイの大火災に当てはめると、先に瘴気の元の性質(猛毒)でエスペクトロのメンバーを殺害した後なら、複製の性質を使って彼らと同じ人数分の身体を作り上げるのに、そこまで大きな負担はないということだ。

 少なくとも、今回のように意識を失うことはないだろう。


 わざわざ町人の身体を複製してから町を燃やした理由は、トーマス・ポリュイを陥れ、ポリュイの町の領主の権限を奪うためだ。

 トーマス・ポリュイは町に火をつけたが、その火自体はそこまで燃え広がるものではなかった。また、火をつけてからすぐ逃げ出していた上に、生き残りを殺すためにわざわざ戻ってくるなど、終始徹底していたように見えた。

 つまり、僕が見つけなければ、彼が罪に問われることはなかったはずだ。


 だが、オスカルはそんな彼をどうしても陥れたかった。だから僕を使って大火災を引き起こし、証拠となる町人の遺体を手に入れ、後に僕とサンが現場へ駆けつけるよう誘導した。

 エスペクトロをおびき寄せたのは、単にオスカルにとって扱いやすく、ついでに彼らを罪に問えるだけの証拠を集められるからだろう。

 現場にエスペクトロのメンバーが身につけていた物などが一つでも残っていれば、それを証拠として彼らを罰することができるかもしれない。


 もちろん、彼らがそんな初歩的なミスをするとは思えないが、それは僕が彼らを殺害する際に、何らかの証拠品を残しておけばいいだけだ。

 さらに、避難していた町人は当然その真実を知らないため、大火災がエスペクトロの仕業だと思い込み、そう証言してくれるだろう。

 町人が戻ってくるのなら、トーマスを陥れることができないじゃないかと思うだろうが、それはおそらく問題ない。少し判決が変わるだけだ。


 今思えば、人相書があるわけでもないのに、騎士団が納税者名簿から焼死体の身元を確認することは不可能だった。

 しかし数日前、騎士団から「町人全員の遺体が見つかった」と報告が上がった。

 この状況から考えられるのは、騎士団の中にオスカルの勢力に加担する者がいて、その者が虚偽の報告をした可能性があるということ。

 つまり、正確には町人の安否は確認されていない。

 だがこのことは、おそらく陛下も気がついていた。彼はとても聡明な御方だから。


 なら、トーマス自身がエスペクトロをポリュイへ招き、協力して町を燃やした───。

 そう考える者が町人の中にいて、その者が声を上げれば、陛下はそれを証言として認めるだろう。

 そうして最終的には、トーマス・ポリュイとエスペクトロが協力して大火災を引き起こし、町人を無差別に殺したという〝偽りの真実〟が出来上がるのだ。

 町人は生きているが、それでも遺体が見つかっている以上、彼らには相応の罰が下される。

 ……だが、僕がこの件に関して罰を受けることは、この先も永遠にないのだろう。


 しかし、それならオスカルの目的は、一体何だったのだろうか。

 僕の錬金術が目的でないのだとしたら、彼がここまで大胆に行動する理由などあるのだろうか。

 トーマス・ポリュイを陥れようとしていることだけは分かったが、長男としてマーフィー家の次期当主としての座を約束されている彼が、ポリュイの領主としての権限を欲するとは思えない。

 それに、今回のように彼がリヴを利用してまで、自らサンを連れ戻そうとするのもおかしい。

 だって彼は、サンに全く興味がないはずなのだから。


 だが、少なくとも彼の目的は僕の〝王位継承権の剥奪〟などではないだろう。

 彼の目的が本当に僕の錬金術で、僕を洗脳してでも手に入れたかったのだとしたら、〝ポリュイの大火災の犯人は第一王子だ〟と公表すればいいだけの話だ。ここまで頭の回る彼なら、証拠を集めることくらい容易にできただろう。


 でも、彼はそうしなかった。

 僕の嫌な予感が当たっているのだとしたら、彼の目的は僕たちの予想を遥かに超えるものなのかもしれない。

 だって王位継承権は、わざわざ奪わずとも〝いずれなくなる〟からだ。


 僕は世間に、成長できない病にかかっていると公表している。

 だがそれは、長く続けば疑われる危険性がある。

 影武者が僕になりすましているのではないか、とか、本当の僕はもう死んでいるのではないか、とか、そういう感じだ。

 だから陛下は、僕を国王になる前に〝死んだことにしよう〟と考えている。

 優しい陛下がそんなことを考えるなんて…と思うかもしれないが、これは至極真っ当な考えだ。

 僕を死んだことにすれば、世間は僕が病で亡くなったと信じてくれる。そうすれば、王家が疑われることも、王家の信頼が損なわれることもない。

 それが、この国を存続するために必要なことなのだ。


 だから僕は、ルリ・サピロスの首領として活動する余裕があった。

 王位はリヴが受け継ぐと決まっているから。

 ガルシア王国第一王子、ジョーカー公爵家当主──〝ゼロ〟としての人生は、もうほとんど残されていないけれど。


 このことは、僕が九歳の時には既に決まっていた。

 当時まだジョーカー家で働いていたオスカルも、当然耳にしている。

 だからきっと彼は、その前に王位継承権を剥奪しようなどと、愚かなことは考えないはずだ。

 だが、その割にはポリュイの大火災と、今回の件──この二つはどちらも、僕にとって不利になることばかりだった。

 ポリュイの大火災は公にならずとも自ら犯罪に手を染めなければならず、今回の件はリヴを亡くしてしまうかもしれないという恐怖に苛まれた。


 こうして考えてみると、オスカルは王位継承権に興味はないが、別の理由で僕を陥れようとしているのかもしれない。

 その理由までは分からないが、そうだとしたらなんとなく辻褄が合うような気がする。

 できることなら今のうちに懲らしめておきたいが、残念ながら、今回のアマネセールでの事件だけでは彼を罪に問うことは難しい。


 彼の犯した罪は、簡単に言うと王族の誘拐と殺人未遂。しっかりとした証拠があれば、確実に極刑となる重罪だ。

 けれど、証言者は身分を隠していたサンとフィン。

 本来ならば二人は〈公爵家の養子〉と〈伯爵家の令嬢〉という、非常に高貴な身分ではあるが、秘密組織での任務中であったため、裁判での二人は〝正体不明の二人〟という扱いになる。


 それに、オスカルはマーフィー家の人間だ。

 騎士団を率いる立場である家の者を裁く際には、やはりそれだけ明確な証拠がいる。

 正体不明の二人の証言だけでは、とても彼を罪に問うことはできない。

 彼には過去の毒殺未遂事件の疑いもかけられているが、オスカルのことだからそれも上手くかわしてしまうだろう。

 まあ、面倒なことになる前に、もう逃げ出しているかもしれないが。


「サン。今日は色々と面倒をかけたね。後のことは僕と陛下に任せてくれれば大丈夫だから。今夜はもう、部屋に戻ってゆっくり休んで」


 僕はそう言うと、サンに少しばかりの報酬を手渡した。先ほどフィンにも渡した、個人的なお礼だ。

 サンは不思議そうにそれを受け取ると、徐にソファから立ち上がった。


「…分かった。お前も無理はするなよ」

「うん、ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ。またな」


(噂の最重要指名手配犯に、ポリュイの大火災、それからアマネセール。オスカルの件も増えたし、これからまた忙しくなりそうだな……)


 部屋を出ていくサンの後ろ姿を見送りながら、僕は深くため息をついた。

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