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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第五章』任務の終わり
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《第十七章》瘴気と僕(2)

Absoluteアブソリュート reproductionリプロダクション


 〈完全複製〉───成功すれば全快できるが、失敗すれば肉体が完全に蝕まれて消えてしまう。

 滅多に使わない〝禁じ手〟のようなものだ。

 いつもなら体が回復してから複製を始めるため、Reproductionだけで全快できるのだが、今は回復を持つだけの時間がない。


 唱えた瞬間、瘴気が僕の体内で再び暴れ始めた。

 複製に抵抗するように、蝕む勢いがどんどん加速していく。

 少しでも気を抜けば、すぐに消えてしまうほどに。

 壊死していた指先に黒い靄が現れる。

 すると次の瞬間、黒い靄が金色の光に変わり、ゆっくりと新しい指を形成していった。

 身体が焼けるように痛い。

 頭の奥で鐘のような音が鳴り続け、視界が白く霞んでいく。


 ───失敗すれば、消えてしまう。


 別に消えたって死ぬわけではない。

 けれど、それはもう〝僕〟ではなく、ただの〝瘴気〟だ。

 それに、そうなればここにいるみんなの命が危ない。

 〝絶対に成功させる〟

 その思いだけを支えに、僕は崩れ落ちそうな意識を必死で繋ぎ止めた。


 瘴気がより一層荒れ狂い、再生と侵食がせめぎ合う。

 複製が追いついたと思えば、次の瞬間には壊死してしまう。

 黒色に染まった皮膚が、音もなく気体と化する。


「……っ!」


 肺も心臓も、もうほとんど動いていない。

 視界は滲み、血の味すら感じられない。


 〝もう、無理だ〟


 そんな弱音が脳裏をよぎるたび、みんなの笑顔が浮かび上がる。

 フィンの優しい眼差し。

 サンの不器用な笑顔。

 リヴの明るい声。


 ───そうだ。


 僕は瘴気に喰われるために生きてきたんじゃない。

 みんなの笑顔を、幸せを守るためにここにいる。

 あの日の罪を償うまでは、僕は消えるわけにはいかないんだ。


 血走った視界の中、なくなった右手が再び形を取り戻す。

 金色の光が全身を包み、消えた部分を次々と再生していく。

 次の瞬間、全身を覆っていた瘴気が一斉に収束した。

 荒れ狂う奔流が、ようやく僕の意志に従ってくれた。


 〝Absolute reproduction〈完全複製〉〟


 成功だ。

 胸いっぱいに空気を吸い込むと、汗が頬を伝って落ちていった。

 痛みも熱も、もうなくなっていた。


「……ふう、危なかった」


 そう小さく呟くと、僕の様子を心配そうに見つめていたみんなが、一斉に声を上げた。

 部屋の隅から、駆け足で僕の元へと戻ってくる。


「まあ、成功したんですね!」

「さすがっす殿下! やりましたね!」

「…良かった…本当に良かった…」

「まったく…。ヒヤヒヤしましたよ…」


 …なんとか、暴走を止めることができたみたいだ。

 もう今後しばらくは、瘴気を使いすぎないように気をつけないと。 


「それじゃあ、リヴの状態を確認しようか」

「え、もう大丈夫なのですか? まだ休んでいた方が…」

 フィンの言葉に、僕は首を横に振った。

「成功したから、問題ないよ。それよりリヴのことだけど…」

 僕は先ほど思い出した〝マンドレイク〟のことを説明することにした。

 睡眠薬とは程遠い、あの毒薬を。


「───もし、リヴに使われた催眠薬がマンドレイクだとしたら、最悪の場合、このまま死んでしまうかもしれない」


 僕の説明に、その場にいた全員が動きを止めた。

「そんな…っ!」

「な、なんとかできないんすか⁈」

 フィンとルイが同時に声を上げる。

 今にも泣きそうな顔に、僕は胸が締め付けられる思いになった。

 淡々と言い過ぎてしまったかもしれない。


 僕は少し考えてから、眠り続けるリヴに近づいた。

 カーテンを開け、リヴの隣に腰掛ける。

 リヴは見た目こそいつも通りだが、ほんの少しだけ呼吸が浅くなっていた。

 宝石のような赤色の瞳は瞼の裏に隠され、金色の睫毛が儚く煌めいている。


「リヴ…」


 そっと頭を撫でるも、反応はない。

 当たり前か、と自分を納得させ、僕は手のひらから金色の粒子を放出した。

 あたりは柔らかな光に包まれ、心地の良い風が吹き抜ける。


「…きっと、女神〝エレノア〟様の魔法は、とても綺麗だったのだろうね」


 ───女神エレノアとは、太古の時代に存在したとされる〝光の神〟。

 彼女だけが持つ〝魔法〟という特別な力で、かつて世界の平和を守っていた神様だ。

 現在、王宮の教会に彼女の像が祀られており、その像に武器を捧げて祈ると、どんな願いも叶うと信じられている。

 空中で輝く金色の粒子は、そんな彼女にまつわる伝承に記された〝女神の加護〟を、瘴気で再現したものだ。

 もちろん、本物の加護ではなく、あくまで模しただけにすぎないが、僕はこの金色の光をとても気に入っていた。

 この世界に害をもたらす瘴気が、少しだけ〝希望の光〟に見えるから。

 そして、いつか罪を償える日が来るかもしれないと、そう…思わせてくれるから。


Healヒール


 僕はそう唱えると、金色の光を放った。

 まばゆい光が、リヴの体を優しく包み込んでいく。

 この魔法(性質)を使っている時は、不思議と心が軽くなる。

 失敗したらどうしようとか、そんなことは全く考えていなかった。


「殿下、どうですか…?」

 後ろから声がして振り向くと、サンたちは皆、僕の周りに集まってきていた。

「うん、大丈夫だよ」

 先ほどより顔色も良くなっているし、呼吸もそこまで浅くない。

 この様子なら、そろそろ目を覚ましてくれるだろう。

 祈るように見つめていると、金色の光が拒絶するように弾かれ、リヴの眉がぴくりと動いた。


「「「「リヴ殿下!」」」」


 皆が一斉に呼びかける。

 すると、一向に開かなかった瞼がゆっくりと持ち上がり、赤色の目がわずかに見えた。


「…にい、さん…?」


 かすれた声が、あたりに響く。

 それと同時に、みんなは歓喜の声を上げた。

 その様子を見て、リヴは目を泳がせる。

「え…な…?」

 困惑するリヴに、サンが安堵の表情を浮かべながら言った。


「馬車の中で眠ったまま、夜まで起きなかったんですよ。ここはリヴ殿下の私室です」

「目を覚ましてくれて良かった…。心配したんですよ」


 フィンは目にいっぱいの涙を溜めていた。

 その隣では、ルイたちが号泣している。


「リヴ殿下あああ! 良かったすよおおお‼︎」

「本当に…一時はどうなることかと…っ」


 瘴気の力は、時に恐ろしく、時に奇跡を起こす。

 どんなに害をもたらすものでも、使い方次第では利ともなり得る。

 けれど、一度失ってしまったものは、二度と戻らない。

 犯してしまった罪は、一生をかけても償うことはできない。

 瘴気とは、愚かな人間の欲望と醜さの象徴だ。

 そして、そんな瘴気に選ばれてしまった僕は、同じようにどこまでも愚かな存在だ。

 たとえどれだけ善行を働こうと、この穢れを完全に払うことはできない。

 だからこそ、みんなにはこの世界で幸せに生きていてほしい。

 みんなが生きるこの世界を守りたい。

 それくらいしか、僕が生きている意味を見出せないから。

  

 ───でもね、リヴ。


 その世界には、お前が必要だ。

 リヴのいない世界は、僕にとってなんの意味も価値もない。

 リヴがいないと、僕は生きていけないんだ。

 だからどうか…。どうか、僕を置いていかないで……


「殿下…いや、ゼロ」

「……なに?」

「リヴが目を覚ましてくれて、本当に良かったな」

「…うん、そうだね」 

 サンはふっと口元を緩ませると、立ち上がって静かに告げた。


「好きなだけ泣けよ、第一王子様」


 三日月の浮かぶ夜、蒼き瞳の王子は一人、静かに涙をこぼした。

最近本編を書くのに行き詰まっているので、たまにサイドストーリーなども書いて投稿しようと思っています。本編とは別の「♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎ –Side Story–」の方で、早速一話投稿していますので、もし良ければそちらも読んでみてください。

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