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図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
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空の黒

 たった2つ。たった2つである。

 今までの選択に比べれば随分と少ない。

 だがたった2つにも関わらず翼は今まで以上に迷いながら雨の中に身を晒す。


 地面には所々に水たまりが出来つつある。昨日までトロールが居た場所も例外ではなく、同じ大きさの水たまりが形成されていた。もちろん所詮は水たまりだ。あの巨体が流されるような状況には”まだ”なっていない。そう、あくまで”まだ”である。そして恐らく、近いうちに翼が予測している未来はやってくる。


 トロールの奴は死んでいなかったのは、この状況からすると、ほぼ間違いないとみるしかない。

 もちろん翼には死んでいるようにしか見えなかったが、他に奴を動かせる存在などいるとは思えない。なら奴は自分の足で立ったと考える方が自然だ。対峙した翼だからこそ分かる、トロールへの評価がそう思わせた。


 問題はあれほど執着していたはずの餌であり敵である翼たちが、この場所からなら十分に見えていたはずなのに構わずに移動した事だ。つまり、もっと優先すべきだと判断する何かあったのだろう。現代日本なら急用が出来たからという言い訳もない事もないだろうが、こちらの世界の化け物にそんなものがあり得るとは思えない。他の命を得る事で己の命を長らえる。ただそれだけの目的で生きている獣にしか、翼には見えなかったからである。

  

 なら答えは簡単だ。トロールは餌を確保するよりも、己の身の危険を重大だと感じたから逃げた。

 その危険とは恐らく――濁流。


 と言っても翼にしてみれば雨自体が、この世界に来てから初めての経験である。現状降り注ぐ、この強い雨がどのくらいの濁流を生むのか分からないが、トロールが逃げる事を最優先にした限りは相当なレベルが予測される。トロールよりも体格の小さな翼たちではひとたまりもないと見て良い。


 そして翼達が休んでいた穴倉にあった草花も今回の様な雨で流されてきた物だろう。あれだけの量の草花が流されてきて、地面が見えない程に溜まるという事はそれだけの水量で周辺が満たされた結果ともいえる。しかも穴倉のある場所は周辺よりも比較的高い位置にあるにもかかわらずである。今回も同じ水量が流れてくるかは分からない。妙な気分だが今はトロールの野生の感を信じるべきだ。


 ただし……


「くっそ! どっちに逃げればいいんだよ!!」


 左の上りか右の下り、どちらが正解なのか分からない。

 どちらも正解の可能性もあるし、どちらもハズレの可能性もある。

 一瞬、逃げたトロールの後を追う選択が頭を過ったが、既に足跡は雨により消されていた。破れかぶれに走り出しそうになる自分にギリギリでブレーキを掛けながらも、見える範囲での少ない情報収集する。


 左の上りを目指したとしよう。

 上りという事はそれだけ崖上との高低差は減っていくのだから、この渓谷からの脱出に近づけるかもしれない。リスクとしては濁流が発生すれば逃げる時間が発生源に近づいた分だけ減る可能性がある。


 では右下りはどうか。

 濁流が発生しても発生源から遠ざかりながら逃げる事になるのだから、多少なりとも時間は稼げるかもしれない。だが崖上との高低差は広がるだろう。運よく登り口でも見つからなければ、それでアウトである。


 ――何か、何かもっと選択する為の情報が欲しい!


 翼は更なる何かを探して空を見上げてみる。

 朝日は昇っているはずなのに影すらも見えない。どんよりとした厚い雲が地上に日の光が届く事を拒否するかのようである。そして雲の厚さは大よその降水量に比例する。どれくらい前から雨が振っていたかは分からないが、恐らく時間はそれほど残されていないだろう。それに渓谷の深さが更に問題を深刻化させていた。どうやら昨日、翼たちが居た場所までの高さは80m程。その高さから森中に降り注いだと思われる雨が、この渓谷へと流れ込んで来ている。どうやら先ほどから雨だと思っていたものは確かに雨ではあるが、空から降ってきた物ではなく、一度地面にワンクッションおいてからのもののようだ。言うなれば大地から降る雨だ。奇妙な言葉ではあるが現実。同時に残り時間の少なさも示すものだ。何故なら雨が降り始めてすぐにそんな状況にはならない。大地が水を吸収する限界を越えなければ、水は流れ出さないからだ。


 つまり――濁流発生は近い。


「やばい! どっちに逃げる!?」


 焦りが焦りを生み、もうそこら辺に落ちている木の枝でも拾って、その枝が倒れた方向に決定をしようかと周辺を見渡した時だった。翼の頭上を何か影が通過した気がした。

 当然、この天候の中での事である。ハッキリとした影ではない。ボンヤリと霞がかった影だった。

 それでも翼の意識を再度、空へと向けさせるには十分すぎる影響を与える。


「黒い……鳥……?」


 1羽の黒い鳥が頭上で旋回していた。その色から一瞬、鴉を連想する。これは日本という国が鴉と身近な距離で生活しているからこそ、そう連想したのかもしれない。だが直ぐに翼はそれを否定する。


 何故なら鴉にしては妙に尾が長く細い。飛ぶ姿も随分と遅く……悠然にと言った方が正しいかもしれない。体からはこの曇りの中でも金属の様な鈍い光すら放っている気がする。翼の知っている鳥とは少々違うのは異世界だからなのだろうか。


 思わず現在の状況も忘れて眺めていると、その鳥が翼の方を見た気がした。

 当たり前だが翼に鳥の知り合いなどはいない。異世界だからというわけでもなく、それは例え元の世界でも同じ事だ。そんな友人が居たら、サーカス団からスカウトが来ているところである。そもそも鳥が翼の方を見たという事自体が勘違いかもしれない。たまたまと考えるのが当たり前である。


 ――それに、あまりにもタイミングが良すぎる。


 こちらの世界に来てからと言うものの不幸や不遇、危機の連続続きで悪い方向に流れている時間が多い。たぶん気のせいではない。だから色々と悪い方向に考えへと思考が及ぶのは自然と言えるのかもしれない。


 ただ、あの鳥が旋回しながらこちらを見て、まるで「ついて来い」と言われた気がしたのも事実だ。他人が聞いたら「頭がおかしくなったのか」と言われても不思議でない話だが、どんな人間でも藁にも縋り付きたい時はあるものだ。翼にとってはそれが今と言うだけの話である。それにどちらにしても選ばなければならない2択なら、そんな妄想に賭けてみるのもアリかもしれないと思えてしまうほどに状況は切迫していた。こうしている間にもいつ鉄砲水が来てもおかしくないのである。


「くそっ! もうどうにでもなれっ!!」


 翼は半分自棄になりながらも、これが自身の返答だとばかりに指笛を曇り空を舞う黒き使者へ向けて響かせたのだった。

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