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図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
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笑みが生む不安

 翼は予想外の結末に心のダムが決壊したような気分を迎えていた。

 その決壊により勢いよく流れ出たものは様々だった。

 最初に顔を出してきたのは苦痛と疲労感。

 無視しようと抑えこんでいたものが、そんな気持ちの壁を乗り越えて一気に体から押し寄せた。


 次にジワリジワリと出てきたのは不安と疑心。

 目にした現実が素直に受け止められずに出たと言える。


 最後にやってきたのは恐怖からの解放感と喜び。

 それは終わりを意味する感情――


 そうである。

 瞳から流れてきた情報は強敵であった赤鬼、いや、”トロールだった”ものがもたらしたものだった。

 あれだけフラグを建てられて、恐る恐る近づいた結果、あんなに苦労したのが嘘だったのではないかと思える程のあっけない結末が用意されていたのだ。


「やった……のか?」


 言葉にしてみるが、心から生まれたばかりの感情とズレがある様な気がした。ただこれも仕方がないのではないだろうか。

 相手は何度も何度も危険を振りまき、脅威を見せつけてきたトロールである。死を覚悟した事なんて1度や2度では済まない。元の世界なら一生分の危機一髪を体験したと言っても過言ではないだろう。

 しかし――


「どう見ても死んでいるよな……?」


 トロールが生きていれば呼吸音が聞こえてきてもよさそうな距離に来たにもかかわらず、静かすぎた。本当に息が止まっているとしか思えない。よく観察してみると、こちらを見つめるように両の瞼が開いたままだが、右目の部分には本来在るべき球体がない。


 恐らく、落下時に地面側である右目が衝撃で破裂でもしたのだろう。そこからは眼球だったものが液状化して、地面に赤い絨毯を作り上げていた。落下の衝撃の物凄さを表していると言える。口からは黒ずんだ赤い舌がみっともなく口から垂れ下がっており、そこからもトロール自身の赤色混じりの体液が零れ落ちている。そして、俺達がクッションとして使う為に着地したと思われる背中部分は上下する様子はなく、彫像のように動きを止めていた。これで死んでいなかったら真の化け物である。


 終わっていれば「こんなものか」と思う一方で、振り返ってみると恐ろしいほどに細い橋を渡ってきた気がする。もし始まる前に同じ攻略ルートを教えられていても無理だと跳ね除けていたかもしれない。まさに乗っただけで割れていく薄氷の上を走り抜けた気分である。そして冷静に現状確認出来たおかげで、少しづつ感情のズレが縫い合わされていく。アクション映画の中のヒーローやヒロインもこんな気分を味わているのかもしれない。元の世界なら翼程度では絶対に体験できなかったであろう物語だ。


 そんな主役気分に浸っていた翼の耳に何かが落ちる音が聞こえた。陸上競技の砲丸が落下した時の音に似ているかもしれない。ただ静寂が辺りを支配し始めていただけに思わず、びくりと体を竦ませてしまうが、もちろんトロールが動いた様子はない。しかし音の発生源はトロールの顔近くでもある。


「な、なんだ??」


 思わず言葉を漏らしながらも音の方へ、トロールの顔の方へと視線を移す。

 そこにあったものは――


「石……じゃないよな?」


 出来上がったばかりの赤い絨毯の上にそれは落ちていた。

 先ほどまでは間違いなくなかったはずの物だ。ただし石ではないのは言葉通りである。片手に収まる程のサイズに見えるが、この世界では不自然と思えるくらいに完全に近い球体だった。何故なら球体とは二次元で書く円とは違い、桁違いに科学技術が必要になる。少なくとも、こちらの技術水準は集落を訪れた際になんとなく理解したつもりだ。集落とまだ見ぬ城下町とで、その差が地球のどこぞのジャングルの原住民と日本人くらいあるというなら別だが、通貨が行き交っている状況からもそれはないだろう。何よりもガラスの様に透き通った物体にも見えるが、赤い煙のようなものが球体の中を漂っている。まるで生きているかのようだ。


「なんだこりゃ?」


 恐る恐る持ち上げてみるが無機質な物体にしか思えない。もちろん翼の体にもなんら影響は表れない。突如、球体が本当に生きていて、しゃべりだすなどという事もなかった。そもそもこれがどこから現れたかも謎である。


「なあ、フィス。これなんだと思……!」


 フィスの方へと振り返って質問をしようとした翼はそれを断念させられた。


「――おい……、フィス!!」


 理由は先ほど目を覚ました筈の彼女が再び瞳を閉じていたから。そしてこちらの声にも反応がなかった。やはりどこか見えない所に怪我を負っているのかもしれない。


 慌てて駆け寄るとフィスを優しく抱き起し、口は逆に荒々しく名前を連呼する。

 嫌な予感が落ち着きを取り戻した筈の心を再度揺さぶった。


「おどろいた? だいじょうぶ。ちょっと、つかれただけ。すこし、すこしだけ、やすませて」


 必死に呼びかけた翼に薄く瞳を開けたフィスが「冗談よ?」という風に、小さな笑みを浮かべて応えてくれた。


 正直、翼の目には疑問の残る様子に見えた。

 何故ならフィスの自然と漏れた様な笑みは、いつも元気を与えてくれていたからだ。

 だが今の笑みは元気など与えてくれず、不安を抱かせるものだった。だからいつもの自然に漏れたものではなく、作られた笑みに見えた。


 しかし翼の思い違いという可能性もある。先ほどの魔法、いや、フィスは魔法ではないと言っていたか。とにかくそれがかなりの負担となり、本当に疲れているだけかもしれない。こちらの世界の言葉も知識も常識も足りないだらけの翼には分からない部分。今はフィスの言葉を信じるくらいしか出来ない。


 だから翼は少しでも安心して休める場所を探すべく、フィスを抱きかかえると闇の中を崖の方へ向かって歩き出したのだった。

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