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図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
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黄金虫

 店から出た翼とフィスの2人は同じ表情ではなかった。

 少女フィスの顔には興奮を抑えきれない高揚と、大胆な交渉で大金を手にした翼への称賛が感じられる。翼の方はと言うと困惑や驚き、不安や疑問が溢れ出るのを抑えきれないでいた。


 何故なら翼のこれまでの人生を考え直してみれば、無を過ごしていたと断言しても仕方がない状況だった。本人でも自覚があるくらいだから養っていた方としては、ペットや無駄飯食らい、もしくは本当に集りよる虫くらいに思われていたかもしれない。その証拠に少なくとも家族からの向けられる視線に幼少の頃に向けられていたような優しさは感じられなかった。もちろん、内に籠る事でネガティブな感情が増幅していた可能性を捨てる事は出来ないが、100%の愛情だけではない事くらいは十分に理解している。


 実際のところ県立図書館の警備員に応募したのも、その刺す様な視線から逃れたい意識がかなりの部分を占めていた。それは外へ出るという壁すらも乗り超えたのだから、翼としてはかなりの進歩である。特に人と会いづらい夜間警備員というのが更に後押しをしたと言える。ただネガティブから生まれた前進が異世界に飛び出すきっかけとなるとは流石に思ってもみなかった。


 しかし――仕事をしていなかった人間が、元の世界で600万円近い価値のある金銭を別の世界で手にしてしまっているというのは冗談にしては出来過ぎている。例えるなら地面の中で眠っていた蝉が永い地下生活から外に出て孵化してみれば別の生き物になっていた状況だろう。この場合は黄金を手に入れた虫、黄金虫と言った所か。虫の生態と関係ない例えだが、ストレートに頭に浮かんだのはそれで、所詮は虫から成長しきれない自分を表しているようで自虐的な笑みが漏れ出た。


「つばさ。おかね、まんぞく、できなかった?」


 どうやらフィスには自分と全く違う表情を浮かべている翼が不機嫌に見えたらしい。

 だから心配そうな表情の少女を来た時と同じように背に乗せると呟くように返答をする。


「いや、予想以上の成果だったさ。出来すぎってくらい結果を得られたと思っている。ただ、人間は自分の領分を超えた水を受け止める器が無きゃ、その重さに潰れてしまいそうになるんだよ。俺って言う人間はその程度だったんだと実感しているとこさ」

「つばさ。おもい、つらい、わたし、おりる?」


 日本語を完全に理解しているわけでもない子供に対して、翼は随分と遠回しな言葉を使ってしまっていた。少々、過去の記憶が頭に見え隠れし始めた事で、フィスが同じ世界の人間ではなかった事を忘却していたかもしれない。


「子供は遠慮しなくてもいい。大人である俺は背負うべき立場であるべきなんだからな。それに下ろしたら会話が出来なくなるじゃないか?」


 前半は見栄であり、後半は真実である。

 今まで養われてきた翼が成り行きと必要な事だとはいえ、今回の件で保護者となるのだ。親の立場とは違うとはいえ、少しでも格好つけたいがための行為である事は間違いがないが、同時に会話という形で異世界へ来た事への不安を和らげたいという気持ちに嘘はない。


「あ……え……お……」


 その言葉を受けて何かを言いにくそうに言葉が詰まる少女。

 今の自分の返答に何か問題があったのだろうかと思い返す。

 もしかすると翼のような大人が偉そうに口にするには、相応しくない言葉を吐き出してしまったのだろうか。


「うん? どうしたんだフィス?」

「……ふぃす、20。こども、ちがう」

「はぁ?」

「わたし、20……」


 突然の告白に背中にいる少女へと思わず、己の首の限界角度を超えて振り返ってしまう。


「ちょ……ちょっと待て! どう見ても……あ、いや。そうなのか???」


 全く考慮していなかった事。今にして思えば愚かと言うしかない。

 元の世界と違って様々な人種……この場合は種族と言った方が正しいのだろうか。この世界の種族が全て自分と同じ成長過程だと勝手に思い込んでいたのを今更気づく。そう彼女はどう見ても自分と同じ日本人ではないのにだ。


 考えてみれば物語に出てくるエルフ等は長寿が基本設定である。もちろん逆の種族もいるかもしれない。彼女がエルフに近い種族とのハーフならば十分に考えられる話だ。それなのに異世界の、この集落に来てからも様々な種族を目にしても元の世界の常識で周りを見ていた自分の能天気さに呆れてしまう。


 ――という事は……俺は同世代の女の子をおんぶして町中を歩いていたって事か!?


 ようやく理解した頭と心に激しい炎が湧きあがる。見た目は10代前半と見られたフィスが大人となれば当然だ。何しろ翼はガールフレンドと言う存在は架空の生物だと思っていた程の純粋培養のサクランボ君である。その自分が見た目は幼女とはいえ、中身(?)は大人の女性を布切れ数枚を隔てて触れ合っている。フィスを支える為に背中で組んでいる腕に、女性特有の肌の柔らかさと言葉に出来ない重さに加え、背中に伝わる確かな膨らみと体温が翼を責め立てる。それを一旦意識してしまうとフィスの体温がとても生々しく感じ取れてしまう。まさに血液が沸騰しそうな勢いとはこの事だろう。


「す……すまない!」


 ここまで周りに気を付けて小声で会話していた事を忘れたように声を上げて、少女から彼女へと急成長を遂げたフィスを背中から慌てて下ろす。


「わたし、だいじょうぶ。おんぶ、つばさ、ひつよう。もんだい、ない」


 今更そう言われても、ここで翼がおんぶを再請求したら痴漢行為ではないだろうか。問題がありまくりである。しかし確かに、こちらの心情は別として考えてみると、歩いている最中で周囲から痛い視線はなかった気がする。元の世界のセクハラ社会が生み出した過剰な反応なのだろうか。


 戸惑う翼を安心させるように、フィスは己の幼い体を生かしたような子供っぽい笑顔を返してくる。まるでもう一度子供として見てくれれば大丈夫と語る様に。


 そんな彼女と暫く無言で視線を交換していたが、深いため息をつくと翼は心の整理をつけ、フィスを元のポジションに戻す。確かに現状では必要なフォーメーションである事は間違いないのである。そして再び伝わってくる背中越しの感覚に緊張を漂わせながら、背後から聞こえるクスクスとした卑怯な笑い声に不思議なくすぐったさを感じながら宿へと歩きだす。


 同時に翼はこの時、1つの確信をしていたのだった。

 恐らく、こちらの世界でも「女性は強し」という言葉があるだろうと。

 それは初めて気づいた異世界との共通点だった。

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