第四章: 塔の試練 第二話
第二話「クレアの試練」――未来(太陽の扉)
階段を上った先には、先ほどと同じように、何もない白い部屋が広がっていた。
中央には、石碑が一つ。
三人は、その石碑へと近づく。
今度の石碑には――
太陽の紋章が刻まれていた。
その下には――
――月の導き手 クレア――
汝は未来を見据えて、成し遂げよ。
クレアは石碑を見つめたあと、腕を組む。
「今度は、私……か」
クレアは、小さく苦笑した。
「なんで私の名前が……とは思うけど」
「リゼを見てるから、そんなに驚かないわね」
タケも笑う。
「だね」
ただ、タケは、塔の前で取り乱していたクレアを思い出し、心配になる。
普段見ることのなかった、クレアの姿……。
「クレ……」
タケが声をかけようとした、そのとき。
クレアは人差し指を唇に当て、微笑んだ。
「私を信じて」
その言葉に、タケはふっと息を吐いた。
「強いな、相変わらず」
クレアは胸を張る。
「そう、私は強いの」
「心も身体も、ね」
リゼも応援する。
「頑張ってくださいっ」
クレアはリゼを見て、優しく微笑む。
「ありがとう」
そう言って、リゼの首元をこちょこちょと撫でる。
リゼは少し照れながらも、まんざらでもなさそうに身を任せる。
「行ってくるわ」
クレアはそう言って、石碑に手をかざす。
石碑に刻まれた文字が、淡い光を放った。
目の前に、一つの扉が現れる。
クレアは胸に手を当て、軽く息を吐く。
扉を真っ直ぐ見据え――
ゆっくりと、扉を開けた。
視界が、白く染まる――。
「――ア……」
クレアは、ぼんやりとした意識の中で、少しずつ目の前の光景を認識していく。
「――クレアっ」
「聞いてる?」
クレアは、目の前で自分の名前を呼ぶ人を見る。
「シルフィ?」
シルフィは、クレアを見て首を傾げる。
「なぁに? あなた」
「ひょっとして、疲れてるの?」
シルフィが心配そうに聞く。
クレアは、辺りを見渡す。
店内には、心地よい静かな音楽が流れている。
楽しそうに会話をする人たちの声。
クレアの前には、淹れたばかりの紅茶が置かれている。
クレアは、思い出す。
『ああ……そうか』
『シルフィに誘われて、お茶に来てるんだった』
思い出したクレアは、シルフィに言う。
「ごめん、ごめん」
「で、なんの話だっけ?」
シルフィは不服そうに、少し頬を膨らませて答える。
「もうっ、あなたが冒険者を引退するから」
「その引き継ぎで、呼んだのっ」
クレアは紅茶を一口飲んで答える。
「そうね」
「今の依頼は、ギルドを通してシルフィにお願いしようと思ってる」
シルフィは、クレアの顔をイタズラそうな笑みを浮かべて見つめる。
「なによ?」
「いやぁ、それにしてもクレアが結婚とはね」
クレアは窓の外を見る。
「そうね、いい頃合いだったのよ」
シルフィは、まだニヤニヤしている。
「それにしても、あの閃姫がね」
「やめてよ」
「その呼び方、好きじゃないの知ってるでしょ」
「それに……もう姫って年でもないし」
クレアはそう言って、また紅茶を飲む。
「でも、あの時はさ……」
シルフィが昔の話を始める。
二人は昔を懐かしみながら、穏やかな時間を過ごしていた。
ふと、クレアは腕時計を見る。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
シルフィも時刻を確認し、気づく。
「ええ、今後はギルドの受付として働くんでしょ?」
「うん。今度はそっちの引き継ぎに行かなきゃ」
そう言って、クレアは席を立つ。
店を出ようとした、その時。
「クレアっ」
シルフィが呼びかける。
クレアは振り返り、シルフィを見る。
「頑張って……」
その声は、どこか悲しげだった。
笑顔を浮かべているのに、まるで別れを惜しんでいるかのようだった。
新しい門出を祝う友人の言葉とは、どこか違っていた。
クレアは、わずかな違和感を覚える。
けれど――
「うん」
それだけ答えて、店を後にした。
ギルドに着いたクレアは、辺りを見渡す。
そこで、受付で慌ただしく動いている女性を見つけた。
「ソフィさん、お待たせしました」
ソフィは手を止め、声の方向を見る。
「ああ、来たのね」
「ちょーっと待ってて」
ソフィは、手に持っている大量の書類を指差し、困ったように笑う。
「そう……ですね」
クレアもわずかに微笑み、少し手を挙げて答える。
しばらくして――
「ごめんね、行こうか」
ギルドの隅に腰掛けていたクレアに、ソフィが声を掛ける。
事務室に通され、ソフィは手続きを始める。
「いやー、こっちも優秀な人が来て助かるよ」
「いえ、事務仕事は初めてですので……」
「頑張ります」
クレアは少し照れながら答える。
ソフィは、そんなクレアを懐かしそうな表情でじっと見つめる。
「十分頑張ってるよ」
「……? ありがとうございます……」
ソフィは、それ以上何も言わずに事務手続きを続ける。
「じゃあ、後は写真を撮って――」
「今日は終わりだね」
そう言って、顔写真を撮る。
事務室を出るクレアに、ソフィが声を掛ける。
「クレアちゃん」
クレアは、その声に振り返る。
ソフィはクレアに近づき、ギュッと抱きしめる。
突然のことで、クレアは一瞬戸惑う。
「ソ、ソフィさん?」
ソフィは構わず話す。
「苦しい時は、声に出していいんだからね」
ソフィはパッと離れ、クレアの顔を見て笑う。
「クレアちゃんは、強がるところがあるから」
その笑顔も、どこか切なかった。
クレアはまた、
「ありがとうございます……」
とだけ返事をして、ギルドを後にした。
クレアは、シルフィとソフィのことを考える。
「仲がいいと、娘を嫁に出す気持ちにでもなるのかしら」
そう呟いて、クレアは家へと帰った。
クレアが去った後――
ギルドでは、ソフィが一人、パソコンを操作していた。
カタカタ……
画面に表示されているのは、先ほど撮ったクレアの写真。
ソフィは、誰かに電話を掛ける。
「後は、お願い」
帰宅する途中、一人の男が声を掛ける。
「クレア」
クレアは男性を見て、微笑む。
「タケ」
二人は肩を並べて、歩き始める。
「ちょうど、仕事が終わってさ」
「私も、ちょうど帰るところだったのよ」
二人で会話をしながら、しばらく歩く。
すると、一人の男が何やら慌てた様子で、息を切らせて走ってくる。
「魔物だ! 魔物が入って来やがった!」
男の後ろで、砂煙が立ちのぼる。
数体の魔物。
そのうちの一体が、こちらに向かってくる。
「……っ!」
クレアは咄嗟に剣を取ろうとする。
だが、腰に剣はない。
「……あ……」
クレアは、隣のタケを見る。
だが、タケはいない。
「ひぃいいいっ!」
そこには、クレアを置いて一目散に逃げるタケの後ろ姿があった。
その後ろ姿に、呆気にとられる。
「タケ……?」
タケは冒険者ではない。
戦えなくて当然だ。
けれど――
その逃げる姿に、クレアは違和感を覚えた。
直後――
「クレア!」
声と同時に、一本の剣が飛んできた。
クレアの剣だ。
クレアはそれを受け止めると、即座に魔物を斬り伏せた。
シルフィが駆け寄ってくる。
「さすが、まだまだ現役ね」
クレアは、ふっと笑う。
「現役なら、剣なんて忘れないわよ」
町の警備兵や、居合わせた冒険者たちが協力して、魔物を倒していく。
そうして、その場は事なきを得た。
「ねぇ……」
クレアがシルフィを見る。
「どうしたの?」
シルフィが答える。
「いや……なんでもない」
何を、どう聞けばいいのか。
クレア自身にも整理できず、結局、何も聞けなかった。
ガチャ……
クレアは玄関のドアを開ける。
「クレア!」
先に帰っていたタケが、クレアに駆け寄る。
「よかった……無事だったんだね」
「ええ」
これが、日常……。
クレアは考える。
あれ……?
私は……この人の……
どこを……?
心に引っかかる違和感が、少しずつ大きくなっていく。
クレアは夕食の準備に取り掛かる。
冒険者の頃から、料理はよく作っていた。
理由は、単に腕っぷしが強い女だと思われることに、少し抵抗があったから。
それと――
いつか、そんな人ができたとき。
自分の作った料理を、最初に『美味しい』と言ってもらうこと。
それが、クレアの憧れだった。
それが――
「……タケ……なのかな?」
二人は、夕食の席に着く。
タケは、クレアの作ったスープを一口飲む。
クレアは、少し緊張しながらタケの様子を見る。
ただ――なぜか。
『美味いな』
美味しそうにスープを飲む、タケの姿が先に浮かんだ。
その姿を思い浮かべて、クレアは少しニヤける。
「味が濃いよ。冒険者じゃないんだから」
タケは顔をしかめ、スプーンを置いた。
「……あ」
クレアは慌てて、タケのスープを手に取る。
「ご、ごめんなさい」
「ちょっと味を調整するわね」
タケは、続けて不満そうに言う。
「あとさ」
「肉が多いよ」
「野菜とバランスが取れてない」
クレアは、タケの皿を見る。
確かに、タケの言うとおりだった。
でも――
「それは……」
「あなたが、お肉が好きだから」
「でも、少しは野菜も取ってほしくて」
タケは、また不服そうに眉間にしわを寄せる。
「それ、オレが言った?」
「誰と勘違いしてるの?」
クレアは、咄嗟に答える。
「誰って――」
あなたが言ったはずなのに――
そう言いかけて、クレアは口を閉じた。
「……ごめんなさい」
それ以上は何も言わず、クレアは台所へ向かった。
自分で作ったスープを一口飲む。
「……冷たい」
スープが冷めていることもある。
けれど――何かが違う。
もっと暖かい場所で……。
ふと、昼間のシルフィとソフィの顔を思い出す。
二人に感じた、あの笑顔の違和感。
「あれは……」
クレアは少し俯き、決意する。
「……行こう」
違和感の正体を確かめるため、クレアは玄関へ向かった。
この時間なら、ソフィさんがまだギルドに残っているはず。
「どこに行くんだよ」
玄関へ向かうクレアの腕を、タケが掴む。
「ごめんなさい。行かなきゃいけない所があるの」
クレアは振り返り、タケを見る。
タケは、クレアの腕を掴んだまま、じっと彼女を見つめていた。
「……裏切るのか?」
「……え?」
タケが何を言っているのか、わからない。
「そうやって、また裏切るのか?」
「また……って、何を?」
ザザッ――
景色が変わる。
先ほどまでいた部屋は、もうない。
クレアは、周囲を見渡す。
薄暗い部屋。
壁には間隔を空けて、蝋燭の灯りが不気味に揺れている。
その灯りに照らされて、壁の所々に何かの文字が刻まれていることがわかる。
「……ここは……」
ドクンッ――
クレアの心臓が脈打つ。
「あ……ここは……」
何かを思い出す。
途端に身体が震え、息が乱れる。
「はぁっ……はぁ……」
心臓の鼓動も、激しくなっていく。
おそるおそる、足元を見る。
クレアは――魔法陣の上に立っていた。
「いや!」
「違うのっ!」
何に対して否定しているのか。
クレア自身にも、わからない。
ただ、身体が覚えていた。
魔法陣の線に、黒く不気味な光が走る。
やがて、すべての線が黒い光で満たされた瞬間――
空気が震える。
そして――
クレアの目の前に、何かが現れた。
額から伸びる、二本の角。
下へ向かって曲がったその角は、異様な存在感を放っている。
妖しく光る、緑色の瞳。
闇そのもののように暗く染まり、背後へ大きく広がる翼。
その姿は――
「あの時の……」
クレアの脳裏に、塔の前でよぎった光景が蘇る。
少女の前に現れた、悪魔のような存在。
その姿が――
今、目の前にいる。
その存在は、クレアに語りかける。
「お前に――」
低く、地の底から響くような声。
「願いがあるのならば、叶えよう」
その存在は、一度だけ大きく翼を広げる。
バサァッ――。
黒い羽が、辺りへと舞い散った。
ゆっくりと続ける。
「ただし――」
その存在は、ゆっくりと人差し指を立てた。
「お前が最も大切なものを――」
「一つ――」
「差し出せ」
クレアは思わず後ずさる。
そして――
ドサッ。
その場に尻もちをついた。
怖い――。
目の前にいる存在から感じる、圧倒的な恐怖。
それでも――
なぜか、その存在から目を離すことができない。
存在は、そんなクレアをじっと見つめる。
しばらくの沈黙。
やがて――
「ふむ――」
何かを確かめるように、クレアを見つめる。
「お前は……」
腕を組み、しばらく考えるような仕草を見せる。
そして――
「ハァーッハッハッハァ!」
突然、アストロが高らかな笑い声を上げた。
その声が、薄暗い空間に不気味に響き渡る。
「あの時の娘ではないか」
クレアの瞳が揺れる。
「あの時……?」
その存在は、不敵な笑みを浮かべる。
「また裏切るのか」
「強欲な魔女め」
クレアは必死に考えた。
『私のことを……娘と言ったの……?』
『私は……何かを裏切ったの……?』
しかし――
恐怖で、うまく頭が回らない。
そんなクレアの様子を見て、存在は満足そうな笑みを浮かべた。
「我の名は、アストロ」
「我に二度も名乗らせるとは……クク」
アストロは右手を開き、その手をクレアへ向けた。
「いいだろう」
「少し返してやろう」
その瞬間――
ズキィッ!
クレアの頭に、激痛が走った。
「……っ!」
視界が歪む。
そして――
脳裏に、映像が浮かんだ。
燃え盛る炎。
その中に、一人の少女がいる。
「お願い……」
「この子だけは……」
少女は泣きながら、何かを抱きしめている。
『これは……』
『記憶晶で見た……』
クレアの脳裏に、月見の遺跡で見た光景が重なる。
少女の前には、曲刀を持った男が立っていた。
顔は、はっきりと見えない。
ただ、その口元だけは――
少女を見て、薄ら笑っているのがわかる。
「あぁ?」
「んなことして、オレに何の得があるんだぁ?」
男は手にした曲刀の刃を、少女の頬にペタペタと当てる。
「……っ」
少女は怯えながら、腕の中の何かをさらに強く抱きしめた。
男は顎に手を当てた。
そして、何かを思いついたように、口元を歪める。
「そうだなぁ……」
「……禁じられた魔法……」
その言葉に、少女は驚き、目を見開く。
「な、なんで……」
「何で知ってるのかぁ?」
男は、少女の言葉に被せるように笑った。
「んなこと、どうでもいいだろ」
「それより……」
ヒュッ――
男が曲刀を振る。
その切っ先が、少女の目の前で止まった。
「オレを、そこに連れてけ」
「ソイツを助けたいならなぁ」
少女はどうしていいかわからず、辺りを見渡す。
しかし――
周囲には、誰もいない。
逃げ道もない。
「……連れて行ったら」
少女は震える声で、男を見上げた。
「この子を……離してくれますか」
その瞬間――
ドンッ!
男の右足が、少女の左肩を蹴り上げた。
「……あっ!」
少女の身体が吹き飛び、地面を転がる。
「焦んなよ」
男は曲刀を肩に担ぎながら、薄く笑った。
「話はそれからだ」
少女が先を歩く。
その横には、淡い光が寄り添っていた。
そして、その後ろを――
曲刀を持った男が歩いていた。
少女の前に、白い塔がそびえ立っている。
『これは……』
クレアは、その塔を見つめる。
『……知ってる』
その瞬間――
胸の奥に、言いようのない違和感が走った。
『どうして……?』
『この塔を……私は知ってる……?』
――違う。
これまで感じていた、いくつもの違和感。
シルフィと話したこと。
ソフィと出会ったこと。
タケと過ごした時間。
それらが、一気に脳裏を駆け巡る。
まるで、走馬灯のように。
そして――
映像が、砕け散った。
その奥から浮かび上がったのは――
タケ。
リゼ。
二人の姿だった。
クレアの目が大きく見開かれる。
『……私たちがいる塔だ』
「……はっ!」
クレアが目を開く。
荒い息を吐きながら、周囲を見渡す。
目の前には、クレアをじっと見据えるアストロの姿があった。
「何を見た?」
低い声が響く。
アストロは、クレアから目を逸らさない。
「何を知った?」
クレアは考える――。
『ここは……試練の扉の中だ……』
そして、アストロを見る。
『私は……私の答えを知るために……』
『私を取り戻すために……』
ゆっくりと、拳を握る。
『このアストロと、向き合わなければならない』
クレアは、真っすぐにアストロを見据えた。
身体が震える。
怖い――。
自分の中に眠る、知らない記憶が――
目の前のアストロを恐れている。
けれど――
クレアは胸に手を当てる。
ここへ入る前――
自分がタケに言った言葉を思い出す。
『私を信じて――』
クレアはゆっくりと顔を上げ、逆にアストロへ問いかけた。
「あの記憶は……私なの?」
アストロは、静かに答える。
「その答えを知ることが、お前の願いか?」
「ええ」
アストロは、クレアを見つめる。
「ならば、答えよう」
「その代わり――」
「お前の、最も大切なものを差し出せ」
クレアは、静かにその言葉を受け止めた。
そして――
「何も」
「…………」
アストロが、一瞬黙る。
「……何も?」
クレアは、アストロを真っすぐ見つめる。
「私は……あなたを恐れるような、何かをしてしまったのかもしれない」
けれど――
『私の過去に、何があろうと――』
今の私は、違う。
「私は、自分で……」
その瞬間。
タケとリゼの顔が、脳裏をよぎった。
クレアは、ほんの少しだけ笑う。
「私たちで、答えを見つける」
もう、一人じゃない。
大切な仲間が、そばにいる。
だから――
キィンッ!
クレアは、足元の魔法陣へ向かって剣を振り下ろした。
魔法陣が、真っ二つに裂ける。
そして――
「あなたには、何も願わない」
魔法陣の光が、ゆっくりと消えていく。
それと同時に――
アストロの姿も、少しずつ薄れていった。
「我とお前は、再び交える……」
その声だけが、静かに響く。
「お前が……」
アストロは、薄れゆく身体でクレアを見つめる。
「自らの手で、答えを掴み取るなら……」
そして――
不敵な笑みを浮かべる。
「見せてみるがいい……」
その言葉を最後に――
アストロの姿は、完全に消え去った。
静寂が訪れる。
クレアの目の前に、一つの扉が現れる。
ゆっくりと、その扉が開いていく。
その先には――
見慣れた仲間たちのいる場所へと続く、光があった。
クレアはその光を見つめ、ほんの少しだけ笑った。
「私たちが、見せるのよ」
そう言って――
クレアは、扉をくぐった。
扉をくぐると――
そこには、タケとリゼがいた。
二人とも、心配そうな表情でクレアを見つめている。
その姿を見た瞬間――
クレアの顔に、自然と笑みがこぼれた。
「なぁに? その顔」
クレアがそう言うと、二人が駆け寄ってくる。
タケは、リゼを見る。
「だって……なぁ?」
その言葉に、リゼがコクコクと頷く。
「そうですよっ」
「何があったか、聞かせてもらえるか?」
タケが尋ねた。
クレアは、タケの顔を見る。
「……そうね」
腕を組み、試練での出来事を思い返す。
「私が……」
その瞬間――
『……結婚!?』
シルフィの言葉が、真っ先に浮かんだ。
『え……えっ……誰と?』
クレアの顔が、みるみる赤くなる。
そして――
両手で顔を覆った。
「…………」
指の隙間から、そっとタケを見る。
『タケと……』
さらに、顔が熱くなる。
落ち着かない様子で、身体をもじもじと揺らす。
『あれは……もしかして私の願望!?』
『私は……そうなの!?』
二人とも、クレアの行動が理解できない。
タケとリゼは、お互いに顔を見合わせ――
首を傾げた。
「なぁ、大丈夫か?」
タケが、クレアの顔を心配そうに覗き込む。
「……っ!」
急に、クレアの鼓動が速くなる。
「っ、近いのよ!」
「え?」
クレアは思わず、両手でタケの身体を押しのけた。
「え?」
タケは無防備に、後ろへ吹き飛んでいく。
ドサッ。
咄嗟に出てしまった行動に、クレアはハッとする。
「ご、ごめ――」
しかし――
試練の中でのタケとの出来事が、再び蘇った。
『……味が濃いよ』
クレアの料理に、不満を漏らすタケ。
「……っ」
クレアは今度は不満そうに頬をぷくっと膨らませ、タケを見る。
「いったた……」
尻もちをついたタケが、起き上がる。
「何なんだよ……」
クレアはズカズカと歩み寄る。
そして――
タケの顔へ、自分の顔を近づけた。
「あの……近いんですけど……」
タケは、ますます訳がわからない。
クレアは、真剣な顔で尋ねる。
「私の料理は!?」
「へ?」
さらに、タケへ顔を近づける。
「美味しいの!?」
「美味しくないの!?」
思わず、タケは顔を反らして答えた。
「……美味しいです」
その答えを聞いた瞬間――
クレアの目が、ぱっと輝く。
クレアは、タケの顔をじっと見つめた。
そして――
タケの頬に、軽く口づけをした。
「……へ?」
タケが固まる。
クレアはそのまま振り返り――
顔だけをタケへ向ける。
「合格です」
そう言って、微笑んだ。
呆然と立ち尽くすタケに、リゼが近づく。
「……そんなに、私が羨ましかったんですか?」
そう言って、自分の頬を指先でツンツンとつついた。
「い、いや、違っ――」
タケは照れながらも、必死に否定する。
そんなタケを見て、リゼはクスッと笑った。
「やっぱり、クレアさんは優しいですね」
リゼはクレアの方を振り返り、笑顔を見せる。
その純粋な笑顔を見て――
クレアも、思わず笑ってしまった。
「そうね」
ゴゴゴゴゴ……。
三人のいる部屋に、上へと続く階段が現れた。
クレアは、その階段を見上げる。
「歩きながら、話すわね」
三人は、階段を登り始める。
登りながら、クレアは試練で起きたことを話した。
記憶晶で見た少女と、同じ少女のこと。
少女が、曲刀を持った男に脅されていたこと。
そして――
男が少女に告げた言葉。
「……禁じられた魔法」
「禁じられた魔法?」
タケが、クレアの言葉を繰り返す。
「ええ。男は、禁じられた魔法がこの塔にあることを知っていたみたい」
リゼは、塔の中をぐるりと見渡した。
「その魔法を使うと、どうなるんですか?」
クレアは、リゼに向かって人差し指を立てる。
「願いが叶う」
「その代わり……」
クレアは、少し間を置いて続けた。
「一つ――最も大事なものを、差し出さなければならない」
リゼは、クレアの言葉に息を呑む。
「その魔法を使うのは、アストロ」
「……まるで、悪魔のような姿だった……」
クレアは、その姿を思い出し、少し身震いした。
「少女は……」
タケが考えながら口を開く。
「男に脅されて、魔法を使った?」
「……そうかもしれない」
クレアは、少し考えてから答える。
「でも、まだわからないの」
そして、首を振る。
「ただ――」
クレアは、アストロの言葉を思い出す。
「アストロは私に言った」
「再び交えることになると……」
クレアは、拳を軽く握る。
「少女の記憶と……アストロが私を知っていたこと」
「この二つは、きっと繋がっていると思う……」
階段の先が見えてくる。
クレアは先に登り、振り返った。
「次に、アストロと会った時は……」
クレアは、少しだけ俯いた。
「私一人じゃ、乗り越えられないかもしれない……」
「その時は――」
クレアが顔を上げる。
「助ける!」
「助けます!」
そこには――
心強い二人の姿があった。
クレアは、その姿を見つめる。
そして――
クレアは、改めて心に決めた。
たとえこの先――
望まない真実を知ったとしても。
私たちなら、それを乗り越えていける。
「ありがとう」
クレアは二人に微笑み、階段を登っていった。
ただ――
その胸に、別の考えがよぎる。
――未来を見据えて、成し遂げよ。
石碑に刻まれていた言葉。
クレアは、ふと疑問を感じた。
『私は……今回の試練で、何かを成し遂げたの?』
それとも――
『この試練を……私が受けたこと自体に、何か意味があったの?』
クレアは、足を止める。
「何かが……成し遂げられた?」
しかし――
答えは、見えてこない。
クレアは小さく首を振る。
「今は、先へ進もう」
そう言って――
三人は、次の部屋へと向かった。




