第四章: 塔の試練 第三話
第三話「タケの試練」――現在(星の扉)
階段を上った先は、また何もない白い部屋だった。
中央には、石碑が一つ。
「まぁ……」
「次は自分だよね」
タケは石碑へ近づき、その表面を見る。
そこには――
星の紋章が刻まれていた。
そして、その下には――
―― タケ ――
汝は今を受け入れ、前を見よ。
「俺は……」
タケは石碑を見つめる。
「肩書きがないのか」
「もうちょっと……なぁ」
そう言って、少し肩を落とす。
すると、その横からクレアがタケの顔を覗き込んだ。
「あなたって、そういう所あるわよね」
何かを見透かしたように、クレアはタケの目をじっと見る。
ドキッ。
「え? あっ……」
「まぁ、ちょっと残念というか……はは」
心を見透かされたような気がして、タケは少し照れる。
クレアは、ふぅっとため息をついた。
「仕方ないわね」
「お姉さんが、つけてあげましょう」
クレアは自信満々に胸を張った。
そして――
「魔力なしのタケ」
「……え?」
クレアは「どう?」と言わんばかりに、ドヤ顔でタケを見る。
「この世界で、魔力を持たない存在は中々珍しいのよ」
「いや……まぁ……」
でも――
『それって、悪口じゃない?』
タケは心の中で呟く。
すると、リゼも手を挙げる。
「はいっ!」
「ヒューン、ズバーンのタケ」
リゼも自信満々の顔をしている。
「短刀で戦っている、タケさんからつけました」
「……」
タケは二人を見る。
『これはダメだ』
「ご、ごめん、二人とも」
「肩書きなんて、関係ないよね。うん」
タケは必死に言い訳する。
「そう?」
「そうですか?」
二人は、少し残念そうな顔をする。
「う、うん。今は試練に集中しよう」
そう言って、タケは石碑を見つめ直す。
そして、考える。
『爺さんの話では、星は現在の扉……』
『その扉が示すのは、違う世界の今……』
「俺がいた世界に……」
「何か、答えがあるのか?」
その時、クレアがタケの肩にポンッと手を置く。
「これから、あなたが何を知ろうと」
「あなたは、あなたのままよ」
その言葉に、タケは少し肩の力を抜く。
「……そうだな」
「サクッと済ませてくるよ」
「がんばですっ、タケさんっ」
リゼはふんっと両手を握り、胸の前で気合を入れる。
「ああ」
タケは二人を見る。
「行ってきます」
二人は笑顔で答える。
「行ってらっしゃい」
タケは石碑に向き直り、手をかざす。
石碑に刻まれた文字が、淡い光を放った。
すると――
目の前に、一つの扉が現れる。
タケは、少しだけ目を閉じる。
『今は、自分にできることをしよう』
『たとえその先に、困難が待ち受けていたとしても……』
『一人じゃない』
ゆっくりと目を開き、前を向く。
「よし」
タケは気持ちを固め、扉を開いた。
視界が、白く染まる――。
「……ここは――」
見慣れたベッド。
見慣れた机。
そして、机の上には――
自分が使っていたスマートフォンが置かれている。
「俺の部屋……」
タケは、ゆっくりと周囲を見渡す。
扉を開けて、試練を受けていることは、しっかりと覚えている。
「帰ってきたのか?」
それとも――
「……そう見せられているのか」
部屋は普段通りだった。
特に変わった様子はない。
タケは腕を組み、部屋を見渡す。
「ここで、何をどうしたらいいのか……」
しばらく部屋を歩き回る。
しかし――
何も起こらない。
「……ふぅ」
タケは小さく息を吐く。
その時だった。
何かに気づいたように、ふと足を止める。
そして、鏡を見る。
そこに映っていたのは――
白いTシャツに、ジーパン姿の自分。
セレネアへ行く前の服装だった。
タケは、おもむろに胸へ手を当てる。
「……ないな」
首元にあるはずのもの。
セレネアへ行くきっかけとなった、あのペンダント。
そこには何もない。
タケは部屋の中を見渡す。
机の上にもない。
ベッドの周りにもない。
「もしかして……」
一つの考えが頭をよぎる。
『今までが……夢だった?』
タケはスマートフォンを手に取り、ベッドへ腰を下ろした。
スマートフォンを開く。
画面には、セレネアへ行く直前に見ていたネットニュースが、そのまま表示されていた。
『AIとの結婚……』
タケは、その見出しをじっと見つめた。
「……どっちなんだ?」
タケは呟く。
クレアと出会い、リゼと出会い、共に戦った。
あのセレネアで過ごした、忘れられない日々。
それが、ただの夢だったとは到底思えない。
けれど――
今、自分がいる場所が、それを否定しているかのようだった。
タケは、AIサービスを開いた。
「履歴は……ない」
画面をスクロールする。
そこには、セレネアへ行く前の履歴しか残っていない。
「……」
タケは、入力欄に『クレア』と打ち込んだ。
返ってきたのは、同じ名前を持つ歴史上の人物や著名人、さまざまな店やサービスの情報。
セレネアのクレアについては――
何も見つからなかった。
「……疲れていたのかな」
ぽつりと呟く。
少しずつ。
少しずつ。
タケの中で、セレネアでの出来事が「現実ではなかった」という考えが大きくなっていく。
「風呂でも入るか……」
そう言って、タケは部屋を出た。
浴槽に浸かりながら、タケはもう明日の会社のことを考えていた。
明日は何時に起きるか。
どんな仕事が待っているか。
そんな、いつもの日常。
風呂を出る。
けれど、まだ部屋には戻らなかった。
少しテレビを見る。
そして、時計に目をやる。
「……寝るか」
テレビを消し、部屋へ向かう。
廊下を歩きながら、ふと考える。
部屋に戻ったら――
何か変わっているかもしれない。
もしかしたら――
扉が開かれていて。
その向こうに、あの世界があるかもしれない。
「……」
今が現実なのだと理解しようとしている。
それでも――
やはり、何かを期待してしまう。
淡い気持ちを抱えたまま、タケは部屋のドアを開けた。
「……」
そこにあったのは――
部屋を出る前と何も変わらない、いつもの風景だった。
翌朝――
タケは、いつも通り目を覚ました。
会社へ行く準備をして、アパートを出る。
電車に揺られながら、スマートフォンでネットニュースを流し読みする。
そして、いつも通り出社する。
淡々と業務をこなし、定時になると会社を出た。
明日は休日だった。
「……たまには実家に帰るか」
タケはアパートへは戻らず、そのまま実家へ向かう電車に乗った。
電車に揺られながら、タケはふと、過去を思い出す。
――物心がついた頃から、自分は母に女手一つで育てられた。
一人っ子で、父親はいない。
祖父も、祖母もいない。
それでも――
寂しいと感じたことは、一度もなかった。
母は、自分の行事にはいつも参加してくれた。
「アンタ、野菜食べないから――」
そう言って、毎日欠かさず弁当を作ってくれた。
母は昼も、時には夜も働いていた。
それでも――
母の疲れた顔を、一度も見たことがない。
いつも明るく、元気で。
何よりも、自分のことを一番に考えてくれていた。
だから――
母に悲しい顔をさせてしまうかもしれないと思い、家族のことを聞いたことは一度もなかった。
カラカラ……
「ただいまー」
実家の玄関を開ける。
「あら、急にどうしたの、アンタ」
母は少し目を見開き、驚いたようにタケを見る。
「……あ」
タケは、連絡を忘れていたことに気づく。
「明日、休みだったから」
母はそれを察したかのように、軽く肩をすくめる。
「もう、どうせまだご飯食べてないんでしょ?」
しばらくして――
「急に来るから、あり合わせの物しかないわよ」
食卓には、母の手料理が並んでいた。
「いただきます」
箸をつける。
「……うん」
相変わらず美味しい。
安心する味だ。
母はタケの向かいの椅子に腰掛ける。
「で、仕事はどうなの?」
タケは食べながら答える。
「んー、まぁ、ぼちぼち」
「アンタ……昔から何聞いてもそう言うわね」
確かに、その通りだと思った。
けれど、一番しっくりくるのが、その言葉なのだ。
「後は?」
母はタケの顔を、ニヤニヤしながら覗き込む。
「……後は?」
タケには何のことか、よく分からない。
「もぉ、いい人はいないのかって話よ」
ああ、そういう話か。
「……そんな隙ないよ」
一瞬、クレアの顔がよぎった。
だが、慌てて頭から消す。
妄想の人物が気になるなんて、口が裂けても言えない。
「……嘘ね」
「その間は、誰か気になる人でもいるんでしょ?」
母の鋭さに、一瞬ドキッとした。
それでも、何とか顔には出さずに済んだ。
「アンタは、そーゆー所、多分鈍感だから」
「あの人に似て……」
母は、誰かを思い出すように俯く。
「あの人……って?」
母が初めて、誰かのことを口にした。
タケは、少し驚いた。
「アンタのお父さんよ」
「……!」
まさか、自分の父親の話をされるとは思わなかった。
自分から聞いたことはない。
これまで、母がそんな素振りを見せたことも一度もなかった。
「父さん……って」
何から聞けばいいのか、分からない。
母は、そんなタケの表情を見て、クスリと笑う。
「何よ? そんな顔して」
「だって……今まで」
そんな話、してこなかったじゃないか。
それが、何でいきなり今――
「父さんはねぇ」
母は、少しだけ遠くを見るような目をする。
「強くて、優しかった」
母は昔を振り返るように語る。
そして、何かを思い出したかのように笑った。
「でも、おっちょこちょいで」
「肝心なところが鈍感で」
「そんなところが、アンタそっくり」
タケは黙って聞いていた。
優しかった――
ということは。
「……父さんは」
タケは少し迷いながら、口を開く。
「今は……?」
母は一瞬、黙った。
そして――
「……そうね」
少しだけ寂しそうに笑う。
「案外、近くにいるのかしらね」
「……え?」
タケは、思わず母の顔を見る。
その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「それはそうとして――」
なぜか、急に母の目に活気が戻る。
「アンタの性格だと、尻に敷かれるくらいがいいのかもしれないわね」
「……はい?」
母は目を輝かせて続ける。
「アンタの相手よー」
「ほら、アンタ昔から危なっかしい所があるから」
――ここで、またその話に戻るのか。
「いや、だから……」
それとも、あまりお父さんのことを話したくないのか。
そんなことを考えていると――
「あのまま大きくなったら――」
母が、どこか懐かしそうに笑う。
「きっと美人さんよねぇ」
――ん?
「でも、甘やかす性格にはなっててほしくないかなぁ」
――誰の話をしてるんだ?
「クレアちゃん」
カランッ。
タケは、持っていた箸を落とした。
自分の父親の話をされて、大概驚いた。
だが今はもう――
驚くという感情を越えている。
「――っ」
何を、どう口に出せばいいのかもわからない。
「タケ……」
母の顔から、笑みが消えていた。
「そうなるのも、わかるわ」
「でも、聞いて」
母は真剣な眼差しで続ける。
「繋がっている時間は、長くないの」
――繋がっている?
何が?
「でもね、私から話すんじゃない」
「あなたが自分で知って、答えを決めなさい」
ゴォォォ……
玄関から音が聞こえる。
タケが振り向く。
そこには――
扉が開かれていた。
「星の……扉」
タケが呟く。
そして、考える。
ここは――
試練が作り出した世界じゃない。
俺が、もともといた世界なのか!?
「母さん、母さんは……」
母は、静かに笑って答える。
「アンタの母さんは、世界に私一人よ」
その瞬間。
扉の様子がおかしくなる。
ザザッ……ザッ……
輪郭が、少しずつ崩れていく。
「まさか……」
タケは扉を見つめる。
「繋がっている時間って――」
扉が消えそうになっていることに気づく。
タケは走った。
「タケ!」
母の声が背中から響く。
「あなたが決めて、それが終わったなら――」
「いつでも帰っておいで」
タケが振り返る。
そこには――
いつもの母の姿があった。
笑顔で、手を振っている。
「行ってらっしゃい」
「クレアちゃんによろしくね」
タケは、手を振り返した。
そして――
「行ってきます」
そう言って、扉をくぐった。
タケは、扉の先へ一歩踏み出す。
「ここは……」
塔の中に似た、白い空間。
だが、その空間はどこまでも広がり、先が見えない。
ふと、自分の服装に目を落とす。
いつの間にか、セレネアで着ていた服に戻っていた。
クレアとリゼの姿は、見当たらない。
「まだ……試練の中なのか?」
そう呟き、歩き出す。
「とりあえず、歩きながら考えるか」
自分の世界に戻り、母さんと会った――。
母さんは、クレアの存在を知っていた――。
ということは、セレネアの世界も知っているのか?
「いや、待て」
そもそも、あの世界は本当に自分の世界だったのだろうか。
試練が作り上げた世界と、母さんだったのか?
「いや……違う」
何の根拠もない。
それでも――
自分には、強い確信があった。
自分が母さんを間違えるはずがない。
『大きくなったら、きっと美人さんよねぇ』
ふと、母の言葉が蘇る。
――母さんは、「大きくなったら」と言っていた。
つまり――
昔のクレアは知っている。
けれど、今のクレアは知らない……?
「……」
タケは、ふぅっと息を吐く。
「まだ、わからないことだらけだな」
そう言って、前を向く。
――その直後。
何かに気づき、思わず足を止めた。
タケの前には――
一人の男が立っていた。
年は四十代前後。
がっちりとした体格をしている。
そして右手には――
大きな曲刀を持っていた。
「曲刀……」
そう呟いて、タケははっとする。
――コイツは。
クレアの話していた、あの男なのか?
タケは警戒し、短剣に手を添える。
「よぉ」
男は、警戒するタケなどお構いなしに話しかけてきた。
そして、タケの短剣に目をやる。
「短剣かぁ……」
「俺としては、大剣で豪快にってのが理想だったんだけどなぁ」
男はさらに話を続ける。
「ずいぶん細えな。ちゃんと飯食ってんのか?」
あまり、男の言っていることが理解できない。
それに――
今、目の前にいる男と、クレアが話していた「曲刀の男」のイメージが重ならない。
「……アンタは?」
タケの言葉に、男はキョトンとした顔を見せる。
「まぁ……そうだよな」
少し残念そうに下を向き、軽く肩を落とす。
そして、再びタケの方を見て笑った。
「俺は不器用なんだよ」
右手に持った曲刀を軽く持ち上げ、トンッと肩に乗せる。
「けどな……」
ブォンッ!
男は曲刀を振る。
そして――
ピタッ。
その切っ先を、タケの顔へ向けて止めた。
「昔から言うだろ?」
「男は拳で語れってな」
男はタケを見て、ニヤッと笑う。
「……っ!」
自分を真っすぐ見つめる男の目。
その闘争心むき出しの鋭い眼差しに、タケは圧倒された。
「見せてみろ」
「え?」
「お前が、どれだけ強くなったか見極めてやる」
ドンッ!
男は力強く地面を蹴った。
そして、曲刀をタケへ向かって振り下ろす。
「……くっ!」
ガキィィン!
タケは咄嗟に短剣を両手で握り、曲刀を受け止める。
ズンッ!
「重いっ!」
「このままじゃ……潰される!」
ギャリリッ!
タケはすかさず刃先をずらし、曲刀の力を横へと流す。
一歩後ろへ飛び、再び間合いを取り直した。
男は黙って、笑みを浮かべる。
そしてタケに向かって手のひらを上に向け、指先をクイックイッと動かした。
まるで――
「かかってこい」と言わんばかりだ。
「……!」
タケは男の挑発的な仕草に、一瞬カチンときた。
頭に血が上る。
「……ふぅ」
しかし、すぐに怒りを鎮める。
武道を習い始めた幼い頃。
試合ですぐに熱くなっては、よく師範に怒られていた。
その度に、師範から言われていた言葉。
『その熱さは、表に出すな』
タケは、静かに男を見据える。
「ほう……」
男は、少し感心したように呟いた。
『闘争心は絶やさず』
タケは男を中心に、円を描くようにゆっくりと歩き出す。
『自分の中で、静かに燃やせ』
「……見せてやる」
トンッ。
軽やかに地面を踏み込み、男との距離を一気に詰める。
その勢いのまま、短剣を斬りつけた。
ガキィッ!
男は曲刀を構え、タケの短剣を受け止める。
だが――
タケの勢いは止まらない。
そのまま身体を捻り、右の回し蹴りを男の顔へ放つ。
「……っ!」
男は咄嗟に上体を反らし、寸前でかわす。
しかし――
体勢を崩した男の右手を、タケが掴んだ。
そのまま懐へ入り込み、背を向ける。
そして――
身体を丸める。
一本背負い。
「うぉ!?」
男は咄嗟に空中で身体を捻り、見事に着地した。
タッ!
今度は――
男が一歩、後ろへ下がった。
「……なるほどなぁ」
男は何かに納得したように、ウンウンと頷く。
「確かに、その動きなら短剣か」
「悔しいけど……わかってんじゃねぇか」
タケには、男が何に納得しているのか分からない。
男は、ゆっくりとタケへ向き直る。
「ただ――」
「それだけじゃぁ、まだアレには届かない」
男は、曲刀を持った右手を胸元へ引き寄せた。
「……何だ?」
その瞬間。
男の周囲に、小さな赤い光がいくつも漂い始めた。
「……精霊?」
――瞬間。
ゴォオオオゥ!
男の周囲に、凄まじい炎の渦が巻き起こる。
炎の渦は徐々に男の曲刀へと集まり――
その刀身を真っ赤な炎が包み込んでいく。
「最終試験だ……」
男が静かに言う。
「この一撃を、防いでみせろ」
離れているにもかかわらず、凄まじい熱がタケの肌を焼く。
「……っ!」
その熱だけで焼かれそうになり、タケは思わず一歩後ろへ下がった。
「怖気づいたか?」
男は炎を纏った曲刀を構えながら、タケを見つめる。
「お前に……」
「クレアを守る覚悟はあるのか?」
「……!」
タケの目が見開かれる。
――何で、この男がクレアの名前を知っている?
やはり……クレアが話していた、あの男なのか?
けど――
今、この男は自分を試している。
自分の――覚悟を。
覚悟なら……。
この世界に来た時から。
いや――
この世界を見たいと、自分の意思で言った時から。
初めてクレアを見た時には、もう決まっていたのかもしれない。
タケは、短剣を構える。
だから、あの時――
クレアの手を取ったんだ。
「……それでいい」
男は、タケの姿を見て少し微笑んだ。
「……いくぞ」
男は、炎を纏った曲刀を両手で握り、頭上へと構える。
タケもまた、短剣を握り直す。
そして――
先に男へ向かって飛び出した。
その時――
『……呼んで……』
「……!?」
タケの頭の中に、何かの声が囁いた。
『ずっと……見てたよ……』
『だから……呼んで』
その声が何なのかは、分からない。
ただ――
バチッ!
何かが、タケの身体を駆け巡った。
「……っ!」
身体の奥から――
大きな力が生まれるのを感じる。
『君が何なのか、わからない』
『だけど、今の俺じゃ……あの力には勝てない』
『だから――!』
タケは叫んだ。
「来いっ!」
男が、タケへ向かって曲刀を振り下ろす。
ゴォオオオッ!
曲刀の切っ先から、螺旋を描く巨大な炎が放たれた。
「ああああっ!」
タケは、その炎へ向かって勢いよく短剣を振り斬る。
――瞬間。
ガァアアンッ!!
轟音とともに――
無数の雷がタケの短剣から伸びた。
白い空間を駆け巡る雷が、迫り来る炎を包み込み――
一瞬にして、かき消した。
男は、その光景を見て驚いたように目を見開いていた。
そして――
「はーっはっはっは!」
豪快に笑い出す。
タケを見ながら、男は言った。
「少し、荒くなっちまったが……」
「扱えたじゃないか。精霊を」
「え?」
タケは目を見開く。
――これが、精霊……。
男は、また少し笑った。
「しかも、よりにもよって雷とはなぁ」
「まっ、お前には合ってるんじゃないか?」
タケは自分の両手を見る。
先ほどまで身体を駆け巡っていた力。
だが――
あの声は、もう聞こえない。
「お前には、精霊を従える力がある」
タケは、その言葉を確かめるように呟いた。
「精霊を……」
男は続ける。
「そうだ。でもな――」
「それだけじゃ、アレには届かない」
「アレ……?」
「この力と――」
男は、そこで言葉を止めた。
「……まぁ、この先は俺が説明したところで、頭がこんがらがるだけだろ」
「自分で取り戻して、知ってこい」
そう言って、男は笑った。
ゴゴゴゴゴ……。
すると、タケの前に一つの扉が現れ、ゆっくりと開いていく。
「けどな……」
男が、ふと思い出したように言う。
「お前の剣術は、まだまだだぞ」
「……え?」
「あの時、オレがこう斬ったら、こう返して――」
その言葉に、タケがはっとする。
――この声は。
タケの脳裏に、月見の遺跡での戦いが蘇る。
月影との戦い。
あの時――
『右から攻撃が来たら、こう』
「……!」
あの時の――
タケは、目の前の男をじっと見つめる。
「ん?」
男は、タケの視線に気づく。
――俺たちを助けてくれた、あの声。
そして――
『案外、近くにいるのかしらね』
母の言葉が、頭の中で繋がっていく。
「父さ――」
ドンッ!
「……え?」
突然、男がタケの背中を蹴った。
「うわっ!」
タケの身体が、そのまま扉の中へ押しやられる。
男はクシャクシャと髪を掻きむしった。
「あー……」
「湿っぽいのは苦手なんだ」
そう言って、男は笑う。
「ええええっ!?」
タケの叫び声が響く。
扉は――
タケが中へ入ると、そのまま静かに閉じられた。
一方――
クレアとリゼは、タケを待っていた。
「なんとなくだけど……」
クレアが、ぽつりと呟く。
「『ただいまー』って、軽い感じで帰ってきそうね」
その言葉に、リゼはクスッと笑う。
「そうですね」
そして、ふと思いついたように目を輝かせる。
「でも……もしかしたら」
何かを想像するように、少し間を置いて――
「ものすごいオーラを纏わせて、帰ってくるかもしれません」
「『待たせたな。進化した俺を見てくれ』」
「……みたいな?」
クレアも、その言葉にふっと笑う。
「そうだといいわね」
二人が他愛のない会話で話を弾ませていると――
突然。
二人の頭上に、扉が現れた。
「上!?」
二人は、声を揃えて叫ぶ。
ギィィ……。
扉が開く。
そして――
ベシャッ!
タケが、まるでカエルのような格好で地面に落ちてきた。
「……」
「……」
クレアとリゼは、落ちてきたタケを見つめる。
「想像の、斜め上からのご帰還ね……」
「ですね……」
タケはゴロンと仰向けになる。
「いったぁ……」
二人はタケの上から、ひょこっと顔を覗き込む。
そして――
「おかえりなさい」
二人は笑顔で迎える。
「はは……ただいま」
タケも、笑顔で答えた。
二人はタケに手を差し出す。
タケはその手を掴み、二人に引き上げられるようにして立ち上がった。
「どうだった?」
クレアが尋ねる。
「母さんが……」
タケは、少し間を置いてから言った。
「クレアによろしくって」
「……はい?」
クレアは、タケの言葉を理解できず、キョトンとした顔をする。
「そうなるよね……」
タケは苦笑しながら、二人に試練の内容を語り始めた。
扉の向こうが、元の世界だったこと。
そこで、母に会ったこと。
そして――
「母さんは、クレアのことを知ってたんだ」
「けど……小さい頃のクレアしか知らないみたいだった」
クレアは、その言葉を聞いて考え込む。
「詳しくは、聞かなかったの?」
「それが、あまり時間がなくて……」
タケは、元の世界で現れた扉が不安定で、今にも消えそうだったことを説明する。
「星の扉は、他の扉と違って負荷がかかるのかもしれないわね」
クレアは、そう推測した。
「ただ……」
タケは続ける。
「元の世界から、変な場所に繋がったんだ」
そして、そこで出会った曲刀の男について話した。
「クレアが話してた曲刀の男とは、印象が違って見えたよ」
「俺に、精霊の力を教えてくれたし」
「精霊……?」
クレアとリゼは、その言葉に驚き、目を見開く。
「使えるようになったの?」
クレアが尋ねる。
タケは、自分の両手を見つめる。
「うーん……」
目を閉じ、精霊と会話した時のことを思い出す。
「……」
だが――
精霊の声は、聞こえない。
「今は……何も感じない」
するとリゼが、目を輝かせながら俯いた。
「……まさか……」
そして、顔を上げる。
「私が正解だったなんて……」
リゼは嬉しそうにタケを見る。
「進化したんですねっ! おめでとうございますっ!」
「だと、いいけどね……」
あまり期待しないでくれ、とでも言うように、タケは苦笑いする。
その時――
ゴゴゴゴゴ……。
部屋全体が、大きく揺れ始めた。
「……!」
三人が振り返る。
すると――
三人のいる部屋の奥に、さらに上へと続く階段がゆっくりと現れた。
日が落ち――
階段の奥から、静かな月明かりが差し込んでいる。
「どうやら、この先が最上階ね」
クレアが、階段の先を見つめた。
リゼが、月見の遺跡を守っていた理由――
私が見た、あの少女の記憶――
タケの母親が、私を知っていたこと――
そして――
アストロの存在
クレアは、階段の奥を見上げる。
この先で――
「さあ……取り戻しに行きましょう」
「忘れてしまったものを」
そう言って、クレアは二人を見る。
タケとリゼは、黙って頷いた。
三人は――
最後の階段を登った。




