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第三章: 白い塔 第一話

第三章 白い塔

第一話「旅立ち」

――朝。

セレネアにも、元の世界と同じように朝が訪れる。

窓から差し込む朝の光が、部屋の中をゆっくりと照らしていた。

タケは、ゆっくりと目を開ける。

「…………」

見慣れない天井。

そして、いつもとは違うベッドの感触。

タケは小さく息を吐き、ベッドから起き上がった。

窓へ歩み寄り、カーテンを開ける。

そこには、朝の光に包まれたルクティアの町が広がっていた。

石造りの建物。

行き交う人々。

遠くに見える町の外壁。

そのさらに向こうには――

見慣れない空と、大きな月。

タケはしばらく窓の外を眺めていた。

昨日まで、こんな景色を見ることになるなんて想像すらしていなかった。

「……本当に、来たんだな」

改めてそう呟く。

夢じゃない。

コン、コン。

突然、部屋の扉がノックされた。

「タケ、起きてる?」

聞き慣れた声。

「……クレア?」

「ええ。入ってもいいかしら?」

「ああ」

扉が開く。

そこには、いつもの穏やかな表情をしたクレアが立っていた。

「おはよう。よく眠れた?」

「……ああ。まあ、そこそこ」

そう答えながら、タケは昨夜のことを思い出す。

月明かりの下で交わした言葉。

『あなたは、あなたの意思で決めていいのよ』

そして――

『これは、あなたの物語だから』

「…………」

なんとなく気まずくなり、タケは視線を逸らした。

クレアはそんなタケを見て、少しだけ首を傾げる。

「……どうしたの?」

「いや……なんでもない」

「そう?」

クレアは少しだけ笑った。

「それなら、準備ができたら町へ行きましょう」

そう言って、クレアは扉の方へ向かう。

「リゼも下で待ってるわ」

「リゼが?」

「ええ」

クレアは振り返り、微笑んだ。

「……ずいぶん楽しみにしているみたいよ」

そう言い残すと、クレアは部屋を出ていった。

「……楽しみにしてる?」

タケは不思議そうに呟いた。

そして身支度を整えると、階段を下りていく。

宿屋の一階へ降りると――

「おはようございます」

リゼがこちらに気づき、声を掛けてきた。

「おはよう、リゼ」

「はい」

そう答えるリゼだったが、どこか落ち着かない。

椅子に座っているものの、身体はそわそわと動き、時折、宿屋の入口へ視線を向けている。

まるで今にも飛び出していきそうだ。

「……どうした?」

「え?」

「なんか、落ち着かないみたいだけど」

リゼは少し恥ずかしそうに俯いた。

そして、小さな声で――

「……町」

「ん?」

「町を……見てみたいです」

そう言った瞬間、リゼの表情が少しだけ明るくなった。

その様子を見て、タケは思わず笑った。

「そんなに楽しみなのか?」

「……はい」

リゼは小さく頷いた。

その姿はまるで、これから初めて見る世界を待ちきれない子供のようだった。

そんなリゼを見ていたクレアが、くすっと笑う。

「ふふ、朝からずっとこの調子なのよ」

「なるほどな」

タケは苦笑した。

三人は宿屋を出ると、ルクティアの町の中心へ向かった。

朝の町は、昨日とはまた違った表情を見せていた。

通りには多くの人が行き交い、あちこちに店が並んでいる。

市場には、タケが元の世界では見たこともない食べ物や、色とりどりの商品が所狭しと並べられていた。

「へぇ……」

タケは思わず足を止める。

見慣れない果物。

奇妙な形をした野菜。

瓶に入った色鮮やかな液体。

どれも、この世界ならではのものばかりだ。

その隣では――

「はわぁ~……」

リゼが目を輝かせていた。

「ふえぇ~……」

右を見て、左を見て。

また右を見る。

「リゼ、前を見て歩かないとぶつかるわよ」

「は、はいっ」

そう返事をしながらも、リゼの視線はまた別の店へ向いている。

タケは思わず苦笑した。

「俺より楽しんでないか?」

「……そうかもしれないわね」

クレアも微笑んでいる。

しばらく町を歩いたところで、クレアが足を止めた。

「まずは武器を見ておきましょう」

「武器?」

「ええ。これから先、何があるかわからないもの」

クレアの言葉に、タケは頷いた。

三人は武器を扱う店へ入った。

店内には、剣や槍、弓、短剣など、さまざまな武器が並んでいた。

クレアは剣の並ぶ棚へ向かう。

「昨日、リゼとの戦いで折られてしまったから……」

そう言って、何本かの剣を手に取り、確かめていく。

タケはそんなクレアを見ながら、ふと思った。

「なあ、クレア」

「なに?」

「俺も……剣とか持った方がいいかな?」

クレアは少し考え、昨日の戦いを思い出した。

月影との戦闘。

圧倒的な力を前にしても、タケは逃げずに立ち向かった。

そして――

「……そうね」

クレアはタケを見る。

「でも、あなたの場合……」

少し考えるように腕を組んだ。

「月影との戦いで、なかなかいい蹴りを放っていたじゃない」

「……あれ?」

「ええ。あっちの世界で、何か武道の心得でもあったの?」

「少しだけね」

タケは苦笑した。

「まあ、月影には全く効かなかったけど……」

「そうでしょうね」

クレアはあっさりと言った。

「そこは否定してくれよ……」

「ふふ」

クレアは笑いながら、店内を見渡した。

そして、一本の武器に目を留める。

「……でも、その経験を生かすなら――」

クレアは棚から一本の短剣を取り出した。

「これが合っているかもね」

そう言って、タケに差し出す。

タケは短剣を受け取った。

剣ほど長くはない。

けれど、手に馴染む重さと鋭い刃が、確かな存在感を放っていた。

「短剣……」

「剣よりも軽くて扱いやすいわ」

「あなたなら、身体の動きを邪魔せずに使えると思う」

タケは短剣を眺めた。

「……なるほど」

そのとき、クレアの視線がふと隣へ移った。

「リゼは――」

クレアがリゼを見る。

「……?」

リゼは自分に視線が向けられたことに気づいた。

「あ……」

少し考えてから、にこっと笑う。

「私は、月影さんがいるので大丈夫ですっ」

そう言って、リゼは胸を張った。

クレアはその後も、まるで慣れた旅人のように、手際よく必要なものを買い揃えていった。

旅の食料、水、簡単な保存食に、いくつかの道具。

タケが気づいたときには、すでに旅に必要なものが一通り揃っていた。

「……もう終わったのか?」

「ええ。これで大丈夫」

「早いな……」

「準備に時間をかけすぎると、それだけ出発も遅れるでしょう?」

クレアはそう言って、買った荷物をまとめた。

その隣では――

「……んー……♪」

リゼが何かを美味しそうに舐めていた。

「……リゼ、それ何?」

「キャンディですっ」

「いつ買ったんだ?」

「さあ?」

クレアが何でもない顔で答える。

「……クレア?」

「旅には糖分も必要なのよ」

「それ、今買ったやつだろ」

「細かいことは気にしないの」

リゼはそんな二人のやり取りを気にすることもなく、キャンディをペロペロと舐めている。

「……美味しいですっ」

「そう、それはよかったわね」

クレアは小さく笑った。

三人は町を出ると、老人の住む町外れへ向かった。 

やがて、見覚えのある小さな家が見えてきた。

扉を叩く。

少し間を置いて、ゆっくりと扉が開かれた。

老人がこちらを見る。

「来たか……」

そして――

老人の視線が、タケとクレアを通り過ぎる。

その先にいるリゼへと向けられた。

「……」

老人はしばらく何も言わなかった。

やがて、わずかに口元を緩める。

「何か、収穫はあったようだな」

タケはリゼを見る。

リゼは少し照れたように笑った。

「……まあな」

タケはそう答え、老人の前に腰を下ろした。

「まず、月見の遺跡で分かったことがある」

「ほう」

「遺跡には、三つの紋章があった」

タケは指を立てる。

「月、太陽、そして星」

老人の表情がわずかに変わった。

タケは続ける。

「それと同じものを、この町でも見かけた」

「……そうか」

老人は静かに頷いた。

「ただ、一つ気になることがある」

「なんだ?」

「月見の遺跡にあった三つの紋章のうち――」

タケは少し間を置いた。

「太陽の紋章だけが、深く傷つけられていた」

老人の顔から、わずかな笑みが消える。

「……太陽だけ、か」

クレアも黙って老人を見つめる。

リゼもキャンディを舐める手を止めた。

静かな部屋に、老人の低い声が響く。

「そうか……」

「何か知ってるのか?」

タケが問いかける。

老人はすぐには答えなかった。

やがて、三人へと視線を戻す。

「まずは三つの紋章について、少し話しておく必要があるな」

「三つの紋章……」

タケが呟く。

老人は頷いた。

「月、太陽、そして星。それぞれには、意味があると言われている」

老人はゆっくりと話し始めた。

「月は――過去」

「月の扉は、過ぎ去った時へと繋がる扉だ」

タケは月見の遺跡で見た、あの石碑を思い出す。

「じゃあ、太陽は?」

「太陽は……未来だ」

老人の声が少し低くなる。

「太陽の扉は、これから先にあるものを指している」

「未来……」

クレアが小さく呟いた。

老人は一度目を伏せ、遠い記憶を思い出すように目を細める。

「そして星は――現在」

「現在?」

タケが聞き返す。

「ああ。だが、ここでいう現在は……この世界の現在ではない」

「……どういうことだ?」

「星の扉が指すのは、別の世界の現在だと言われている」

タケとクレアは顔を見合わせた。

リゼも不思議そうに老人を見る。

「別の……世界?」

「ああ」

老人はそれ以上、すぐには説明しなかった。

しばらくの沈黙の後、再び口を開く。

「もう一つ」

老人の表情がわずかに曇った。

「太陽の扉だけは……月の民自身が閉じたと言われている」

「月の民が?」

タケが驚く。

老人は静かに頷いた。

「なぜ閉じたのか……それを知る者は、もうほとんど残っていない」

その言葉に、部屋の空気が少し重くなる。

タケは月見の遺跡で見た光景を思い出した。

三つの紋章。

そして――

傷つけられていた、太陽の紋章。

「……じゃあ、あの遺跡で太陽の紋章だけが傷ついていたのは……」

タケが言いかける。

老人はしばらく黙っていた。

やがて、低い声で答える。

「……それについては、分からん」

わずかな沈黙が流れる。

老人は考え込むように目を伏せた。

「だが……」

顔を上げ、三人を見渡す。

「何者かが、月の民によって閉じられた太陽の扉を……再び開けようとしているのかもしれん」

「……!」

タケは息を呑む。

クレアも表情を変えた。

そしてタケは、昨日の戦いを思い出す。

リゼが身につけていた、あの黒いペンダント。

あれによって、リゼは何者かに操られていた。

「……」

タケは隣にいるリゼを見る。

リゼは何も知らず、老人の話を静かに聞いていた。

タケは老人に向き直り、リゼに聞こえないよう声を抑えて話す。

「リゼは遺跡の守り手だった」

「けれど、何者かに操られていたんだ」

「そして……遺跡に来た俺たちを排除しようとした」

「そのことも、太陽の紋章と関係があるのか?」

老人は首を横に振る。

「分からん」

少し間を置いてから、再び口を開いた。

「だが――偶然だと片付けるには、少し出来すぎている」

老人の言葉に、三人の間に沈黙が落ちた。

「まだ何も分からん」

老人はそう言って、顔を上げる。

「だからこそ……気をつけることだ」

その言葉だけが、重く残った。

しばらくして、タケが口を開いた。

「……白い塔を目指そうと思ってる」

老人が、わずかに目を見開く。

「……ほう……」

タケは続ける。

「……誰の……何の記憶かも分からないけど」

胸元のペンダントへ視線を落とす。

「これまで自分が見たものには、すべて白い塔があった」

「だから――」

タケはペンダントを見つめたまま、静かに続けた。

「そこで初めて、自分がここへ来た意味が分かるかもしれない」

クレアは何も言わず、タケの話を聞いていた。

老人はしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「ここから森の先にある、白い塔……」

老人は遠くを見るような目をした。

「これまで幾度か、その塔についての話がわしの耳にも入っておる」

「曰く――」

「ただ、塔が建っているだけ。いつから建っていたのかも、分からない」

老人は一度言葉を切った。

「聞くのは、なんてことはない噂ばかりだ」

しかし――

老人の声が少し低くなる。

「その塔には、紋章が刻まれていた――という話もある」

老人はタケを見る。

「お主が行くことで……その塔にも意味が生まれるのかもしれんな」

その言葉を聞き、タケとクレアは顔を見合わせた。

そして、互いに小さく頷いた。 

二人の様子を見て、老人が口を開いた。

「途中の森では、魔物も出ると聞く」

「くれぐれも、気をつけて行きなさい」

「……ああ」

タケが答える。

すると老人は、ふと思い出したように声を上げた。

「そうだ……」

ゆっくりと立ち上がり、棚から何かの入った袋を取り出す。

「これを――」

老人がクレアに差し出そうとした、その時だった。

ふと、クレアの腰に目を向ける。

そこには、いくつかの袋が結びつけられていた。

老人は少し驚いたように目を見開く。

クレアはその視線に気づき、少し困ったような顔をした。

「保存食」

「薬草」

「それから……火打石」

クレアは腰の袋に触れ、少しだけ目を逸らした。

「あの時は……助かったわ」

老人は一瞬、驚いたような顔をする。

やがて――

「はーっはっはっ!」

高らかに笑った。

「そうか……ならいい」

老人はどこか安心したようにクレアを見る。

「もう立派な冒険者だな」

「だから、冒険者じゃないってば」

クレアは少し不機嫌そうに答えた。

老人は楽しそうに笑う。

「はっはっは……そうだったな」

タケは二人のやり取りを見ながら、ふと思った。

以前、月見の遺跡へ向かう時には、老人に道具を用意してもらった。

けれど、今回は違う。

クレアは、自分たちに必要なものをちゃんと準備していた。

「……ちゃんと準備してたんだな」

タケが言う。

「当然でしょう?」

クレアはそう答え、少しだけ得意そうに笑った。

老人の家を出る。

外へ出ると、町の空気が三人を包んだ。

空には、セレネアの大きな月が浮かんでいる。

タケは一度だけ振り返った。

老人の家を見つめ、それから前を向く。

「……行こう」

クレアが頷く。

「ええ」

三人は再び歩き始めた。



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