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第一部 最終章

月はまだ空に浮かんでいる。

けれど、その光は少しずつ薄れ始めていた。

遠くの地平線が、淡く白み始めている。

――夜明けが、近づいていた。

塔の頂上で、タケは空を眺める。

戦いによる疲れ。

特にリゼは、泣き疲れたのか、セレナの部屋に戻ると、いつの間にか眠っていた。

クレアは、その横で手紙を眺めている。

「そんなの持ってたっけ?」

タケがクレアに聞く。

「女は秘密が多いのよ」

手紙を手に持ったまま、クレアが横目で微笑んだ。

「あなたも少し休んだら?」

「ああ……」

タケも横になってみた。

けれど――

目が冴えて、眠れない。

「まぁ、そうだよな……」

アストロとの戦い。

精霊の存在。

そして、リゼのこと。

あまりにも、いろんなことがありすぎた。

まだ、興奮が冷めていない。

結局、眠ることはできなかった。

そして今――

夜とはまた違う、朝の心地良い風が吹いている。

揺れる木々の葉の音が、静かに耳へ届く。

タケは懐からタバコを取り出す。

ふと、箱を見る。

これが、最後の一本だった。

「元の世界に帰った時に、買えばよかったな……」

そんな、どうでもいいことを呟きながら――

火をつけた。

一口吸って、息を吐く。

昇る煙を見上げる。

何度、これを繰り返しただろう。

ただ、それが現実を実感させる。

夢ではなく――

ここも、現実なのだと。

「……身体が痛い」

冷静になると、あちこち身体が痛んでいることがわかる。

「雷閃と一緒に、無理したからなぁ……」

『呼んだ?』

ポンッ。

突拍子もなく、雷閃が現れた。

「……っ!」

突然現れた雷閃に、タケは驚き、目を見開く。

「どうしたの?」

「……いや、今度は随分簡単に出てきたなと」

雷閃は、首を傾げてタケを見る。

「そりゃ、契約したんだもん」

「……そういうものなんだな」

雷閃は猫のように足で頭を掻き、そのまま毛繕いを始める。

「なぁ、雷閃」

「オレは、もっとお前の力を使えるようになるのか?」

その言葉に、雷閃はタケの身体をじっと見つめた。

「まぁ、今の魔素じゃ、さっきの動きが限界だけど」

「戻ったら、もっとできると思うよ」

「……!」

雷閃の口から出た、「魔素」という言葉にタケが反応する。

「オレは……魔素がないんだけど」

「……?」

雷閃は、また首を傾げる。

「あるよ。すっごい少ないけど」

そう言って、雷閃はタケの周りを飛ぶ。

「何か、元々あった魔素が少しずつ戻っている感じかな」

「何かあったの?」

タケは考える。

心当たりはある。

元の世界で、魔法なんてものは、それこそファンタジー世界の空想でしかない。

「元々あった魔素が、元の世界で失くなったのか?」

だとしたら――

「母さんは……俺と一緒に行ったけど……」

「くぁ……」

雷閃は一人で考え込むタケに飽き、眠そうにしている。

「キュッ!?」

突然、雷閃が変な悲鳴をあげる。

雷閃は、クレアの両手に挟まれていた。

「なに……この生き物」

クレアが目を輝かせて、雷閃を捕獲していた。

「可愛いわね……すんごく」

「キュウ……」

雷閃が、「離して」と言わんばかりの目でクレアを見つめる。

「……っ!」

クレアは、その可愛さに耐えきれず、満面の笑みで雷閃に頬擦りする。

「なんか、ちょっとピリピリするわね」

「~~っ」

ポン。

「あら、消えちゃった」

耐えきれなくなったのか、雷閃は姿を消した。

「はは」

タケは、その光景に苦笑いする。

クレアは、そんなタケを見て少し微笑み、

「座っていいかしら?」

と尋ねた。

「ああ」

二人は並んで座り、空を見上げる。

「リゼは?」

「よく寝てるわ……よっぽど疲れたのね」

三人で見た記憶が、少し蘇る。

「母は強しって言葉があるけど、本当、その通りだよな」

「……ええ」

少しの間、二人はそれぞれの母を頭に浮かべる。

ふと、クレアの手にある手紙に、タケが気づく。

「……大事なものなんだな」

クレアはタケの視線に気づき、手紙に目を向ける。

「そうね……大事なものをもらったわ」

そう言って、大切そうに手紙を持ち直す。

「それで?」

「ん?」

「アストロに会って、何か考えは決まった?」

微笑みながら、クレアは尋ねる。

「……」

タケは少し俯く。

やがて――

「俺は、あの時のままだよ」

ゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。

「強くなりたい」

「自分も……強くなれるんだって、わかったから……」

クレアを見つめる。

「二人に頼られるようになるよ」

再び空を見上げ、遠くを見据える――

「そうならないと、何も始まらない」

そう呟いた。

「……そう」

クレアは目を閉じ、胸に手を当てる。

その言葉を、胸に刻むように。

「クレアは?」

「え?」

急に呼ばれ、目をぱっと開く。

「あの時は、まだ答えが出てなかっただろ」

「……そうね」

少し間を置いて、クレアは口を開く。

「私は、アストロに会って、記憶を取り戻して……」

「そこで初めて、自分の答えを言葉にできると思ってたの」

「でもね……」

空を見上げて、クレアは続ける。

「結局、私は自分の記憶を取り戻すことばかり考えてたんだなぁって……先に気付かされちゃった」

「……」

タケは黙って、クレアの話を聞く。

「これまで見た記憶はね、皆、誰かのために一生懸命だったじゃない?」

「その中には、過去の私も含まれてる……」

目を閉じ、思い返すように話す。

「皆を守りたい、死なせたくない」

「そう思っていても、今の私は、自分の力をどこかで疑って、知らない内にブレーキを掛けてた」

クスッと笑う。

「アストロに気付かされたって所が癪だけどね」

そして、ゆっくりと立ち上がる。

「私は、大切な人と旅をする」

タケの目を、真っすぐと見据える。

「その旅を終えた時、私はようやく、自分が何者なのかを知ることができると思う」

横を向いて、後ろで手を組む。

「……まぁ、一言で言えば」

少しだけ間を置いて――

「これからも、三人で旅がしたいってことになるわね」

そう言って、クレアは小さく笑った。

タケも、その言葉を聞いて笑う。

「じゃあ、決まりだな」

「あら……随分あっさりね」

「迷う理由、ないだろ?」

「……そうね」

二人は並んで、再び空を見上げる。

いつの間にか、夜の闇は薄れていた。

遠くの地平線から、淡い光が差し込んでくる。

月の光と混ざるように、少しずつ空が白み始めていく。

そして――

地平線から、太陽が顔を出した。

柔らかな朝日が、白い塔の頂上を照らしていく。

長い夜が、終わろうとしていた。

二人は、朝日に照らされた空を見つめる。

歩き出そうとした――その時。

ふと、二人の手が触れた。

一瞬だけ、互いに顔を見合わせる。

けれど、どちらも何も言わなかった。

朝日を背にして歩き出す二人。

白い塔の床に伸びた影の中で――

重なる二人の手の影が、

後ろで静かに交差していた。

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