勝者と敗者
勇者テト一行と勇者ラムセスは“魔の森”からウェスクア王国へと帰還した。魔物に攫われた少女――ヒナを連れて。
“勇者”の勝利の報にウェスクア王国は歓喜した。彼らが“魔の森”へ向かった当初は誰もその事を知りもしなかったが、『“勇者”がドラゴンを討ち取り、攫われていた少女を救い出した』という話題性抜群の物語はすぐさま王国中を駆け巡り、誰もが自分のことのように狂喜乱舞した。
居心地が悪いのはテト達だった。タロナはまだしも、ほとんど何もしていないテトやリムらも英雄として祭り上げられた。『一線を退いた歴戦の“勇者”と、現役の新世代“勇者”が共同戦線を張った』という筋書きも話題性に拍車をかけるからだ。
王国首都にて行われる凱旋式には国中から人々が集まった。紙吹雪が舞い、王国旗が風になびく。ドラゴンを倒しただけでこの騒ぎなのだから、魔星卿を討ち取った日にはどうなることやら。実際、ラムセスが過去にその偉業を達成した際には大陸中が三日三晩お祭り騒ぎだった。商店では値引きセールが実施され、翌年からは祝日として労働者達に休暇が与えられるほど。そういった理由もあって、人々は凶悪な魔物が討伐されると――ちょっと大げさに――祝宴を上げるのだ。
首都の通りを一通り凱旋した後、テト一行とラムセスは中央広場の中心にある舞台の上に到着した。広場には溢れんばかりの民衆が集まっている。
黄色い声を上げる群衆に向かって勇者テトは大きく手を振った。その一挙手一投足に群衆はさらに声を上げる。
「よく平気でそんなことができるな。着込んだ鎧は薄いのに面の皮だけはブ厚く頑丈らしい」
隣に並び立つリムがテトにだけ聞こえる声量で言った。
「こうすりゃみんなが喜ぶからな。この不安ばっかりの世の中じゃ『大丈夫、悪いモンスターはやっつけた。今夜も枕を高くして眠れるぞ』って自信満々で言われてようやく安心できる。俺が手を振るだけでみんなが平和を実感できるってんなら、腕が千切れるまでやるさ。恥は承知だ」
テトは群衆に手を振りながら、笑顔を振りまきながらリムに言った。
「……お前、地味にそういうこと考えてるんだな。勘違いモテ期を満喫したいだけかと思った」
「えっ、もしかしてバカにされてる?」
凱旋式が始まって以降ヒナはずっと俯いていた。いや、凱旋式どころではない。ウェスクア王国に到着してから、“魔の森”を離れてから、ずっとだ。
群衆が遠巻きにヒナに向かって声を張る。「よかったなー!」だの「辛かっただろー!」だのと、同情と憐みの言葉が矢継ぎ早に飛ばされる。
ヒナは何も言わなかった。顔を上げなかった。何も見ようとしなかった。
「ねえ、大丈夫?」
タロナが俯くヒナに声をかけた。しかし、依然ヒナは何の反応も見せなかった。
「……それは、悲しいから? 怒ってるから? それとも、苦しいから?」
タロナの問いに答えが返ってくることはなかった。
広場に集まった群衆に向かってラムセスが右手を上げた。群衆はなだらかに声を鎮め、ラムセスが発する言葉に耳を傾ける。
「名も無き市民よ、力無き群衆よ、諸君に代わってこのラムセス・ゼブルンが“魔の森”に巣くう凶悪なドラゴンを討ち取ってみせた。この槍が、竜殺しの槍だ」
ラムセスは戦利品として持ち帰ったジゼルの槍を大きく掲げた。群衆が賞賛の声を上げる。大層な伝説や曰くの付いた武器はこうして生まれるのだろう。
「しかして、この勝利は単なる魔物退治に収まらない。十三年前、とある村が地図の上から名を消した。卑劣にも“魔の森”の魔物はその村から人の子を攫い、我が物のように使っていたのだ。此度の勝利は、幼い命と人間の尊厳を奪い返したことに大義がある」
群衆の歓声が一際大きくなる。ラムセスのような仰々しい物言いをする“勇者”は今となっては久しいが、多少演技がかった方が盛り上がりも増すものだ。
「しかぁし! だがしかし、この少女に奇異の目を向けるのはやめろ。物珍しいものを観察したい気持ちはわかるが、まだ子供だ。とりわけ心に大きな傷を負っている。見世物のように扱うなど、かわいそうだとは思わないのか」
群衆が静まり返る。気恥ずかしそうに顔を伏せ、内省する。
「この地に居ては、この子は永久に世間の目に晒されることになるだろう。俗世から離れて平穏に暮らすべきだ。このラムセス・ゼブルンが責任を持って面倒を見る。そしていつしか強く、気高く、立派な戦士へと育て上げることをここに誓おう」
「えっ」
「へ?」
「は?」
予定外のラムセスの宣言に驚くリム、バズ、タロナ。
静まっていた群衆が感嘆の声を上げた。歴戦の老兵が幼い子供の面倒を見るという物語も、民衆にはウケがいいのだ。
「いつかきっと、この子はゼノリスの民の生き残りとして、一族を滅ぼした魔族への復讐を遂げるだろう! そして……全ての魔星卿を討ち取り、“魔族の王”へと至る道を開く! この子の名――ヒナ・ヴァンホーテンの名は未来永劫語られるだろう! 邪悪な魔族から世界を救った英雄として!」
ラムセスが槍を突き上げて言った。
群衆は今日イチの盛り上がりに達し、竜殺しの“勇者”を称えた。
羨望の眼差しでラムセスを見つめるテト。“勇者”として人々を鼓舞し、高揚させる手腕はさすがのもの。自分もこうなりたいと、子供のように無垢な感情で憧れてしまっていた。
「……」
「どうしたのタロナ? なんだか考え込んでるようだけど」
やや険しい顔を浮かべるタロナに対し、バスが言った。
「……バズ、私の勘、信じる?」
「へ?」
「私を信じる?」
突拍子も無いタロナの言に、バズの血管は熱くなった。
「……も、もちろん。信じるに決まってる」
「じゃ、これ終わったらついてきて。一人で調べるより、二人の方が早い」
タロナが何を言わんとしているのか、バズにはわからなかった。
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「あ〜……どうするかな〜……正直に……いやこのまま隠して……」
“魔の森”の入り口付近で、ヴィルアークは一人うんうん唸っていた。
彼が森に戻ったのは、ヒナが森を去ってから二日後のことだった。海を越え、大陸を横断するには魔星卿といえどそれなりの時間を要するのだ。
「やはりグラーシャの言うように正直に言う方が心のつかえがとれて……いやいや、それは私が楽になりたいだけだ。あの子の気持ちを考ろ。黙っていればあの子が傷つくようなことは……」
ヒナに事実を明かすか否か、決めきれないままに帰ってきてしまった。その様は子育てに悩む仕事帰りのお父さんのようにも見える。
そうこうしているうちに森の集会場所まで来てしまった。“魔の森”の周辺で異変や問題が起こった際に魔物達が集まり、情報共有と解決案を話し合う場所だ。
「ヴィルアーク様!」
「ヴィルさん!」
「ヴィルアーク卿!」
ヴィルアークの姿を見るやいなや、集会場所に集まっていた魔物達がすがるように駆け寄ってきた。
「これは、熱烈な歓迎だな。みんなして待っていてくれたのか? ちょうど良かった。みんなにお土産があるんだ。ほら、グラーシャからもらった、食べられる石の詰め合わせセット。こっちのはかなり辛いらしいから苦手な者は気をつけてくれ。こっちのはほろ苦」
出張帰りのお父さんみたいなヴィルアークとは対象的に、彼の帰りを首を長くして待っていた魔物達は悲壮にくれた表情を浮かべていた。
「ヴィルさん……! ヒナが……」
「わ、私たちっ、こっ、恐くてっ、な、なっ、なにもできっ、できなかっ」
半人半鳥の双子――アヤとマヤの涙に、ヴィルアークはただならぬ事態を察した。
「……なにがあった」
ヴィルアークは魔物達から事の経緯を聞いた。
ジゼルとウォルターを除いた多くの者は力の弱い魔物だ。一定の知性は獲得しているが、故に無策に“勇者”に襲いかかることはしなかった。ただただ、遠くから戦いを見ていることしかできなかった。
ヴィルアークは魔物達に案内されるまま、森の奧へと進んだ。そこには、無残な姿で横たわるゴーンドラゴン――ジゼルの姿があった。
惨たらしい傷の数々が大きな植物の葉で覆い隠されている。“魔の森”に住む魔物に治癒魔法を扱える者はおらず、しかし放置するわけにはいかないと原始的な応急手当が施されたのだ。辛うじて命は繋いでいるが、彼女の瞳は色が失われかけていた。
『――…………お…………師……さ……』
「いい。喋らなくて」
か細い息の弟子に優しく手をあてるヴィルアーク。魔星卿と持て囃されてはいても、彼には他者を癒す力が無い。魔族は人間よりも魔法を扱える者が多いが、どういうわけか治癒魔法を扱える者は極々わずかなのだ。
『……ヒナ…………ヒナが……ごめん……』
ジゼルの言に、ヴィルアークは小さく首を振った。
「ジゼルを看ていてくれ。頼む」
ヴィルアークが言うと、アヤとマヤは頷いた。
次にヴィルアークが赴いたのは、“魔の森”の隠れた小路の先にある小さな花畑だった。そこに、ウォルターの亡骸が手厚く葬られていた。
魔族には人間のように亡者を埋葬して墓を建てる文化がない。それでも、勇気を振るったウォルターに敬意を表し、魔物達はできる限りの弔いを行ったのだ。
「……」
花畑の中に発つ不格好な墓石を、ヴィルアークは無言で見つめていた。
そっと手を触れる。冷たい。当然ながら動くこともなければ、言葉を発することもない。
三千年生きてきて、ヴィルアークは初めての感情を胸に抱いた。
その感情が“怒り”と呼ばれるものということも、彼は知らなかった。




