竜退治
「ちしょー! これで八十七戦八十七分けかーっ!」
「いや八十七敗でしょなに判定緩めてんの」
息を荒げて地面に寝転がるヒナ。対するジゼルは汗を一筋流す程度で、まだまだ余力を残している様子だった。
木々の合間から空を見上げる。煌々と照りつける太陽が二人の槍使いを見下ろしていた。
「そろそろ昼飯にしよか。魚でも獲ってくるわ」
ジゼルが言うとヒナが勢いよく身体を起こした。
「わたしも行くっ」
言いながら立ち上がるも、グラリと体勢が崩れ、ヒナは再び尻もちをついてしまった。
「あらら、自覚してるより疲労溜まってんだね。アンタは大人しく待ってな、チビ助ちゃん」
「チビ助って言わないで」
ヒナが眉間に皺を寄せて言う。ジゼルは「にゃはは」と笑いながら森に流れる川へと向かって行った。
ヒナは再び仰向けに寝転がった。青く広がる空を見上げ、雲の流れを目で追う。
呼吸が落ち着いてゆくにつれ思考も明晰になってゆく。午後の模擬戦ではどんな技でジゼルを攻め立てようか。
「ヒナ・ヴァンホーテン」
ジゼルでない声に名を呼ばれ、ヒナは槍を手に取って立ち上がった。
生い茂る木々の間に覚えのある顔があった。先日戦った、格闘家リム。その後方には二人の魔法使いのバズとタロナ。やや姿勢を低くして周囲を警戒する勇者テトの姿もあった。
「なんだ、アンタらまた来たの? “勇者”ってよっぽどヒマなんだね」
「……あのヴァールデーモンはどこだ? また後から登場するためにどっかで準備してんのか?」
「ヴィルなら留守だよ。復讐したいなら残念でした」
ヒナの言にテトは大きく胸を撫でおろした。
「戦う気はない。話をしに来ただけだ。武器を降ろしてくれ」
リムが掌を見せる形で両手を挙げて言った。
ヒナは構えたまま、数秒間睨み合いが続く。
リムは小さく息を吐き、両手を上げたまま口を開いた。
「ヒナ・ヴァンホーテン、君は自分を魔物だと自称していたが、君は紛れもなく人間だ。この大陸の西の果てにあったゼノリスという村の。その銀の瞳と、紅い髪はゼノリスの民の特徴なんだ」
「……そんなこと急に言われて『あーなるほど、やっぱりなー』ってなるワケないでしょ。それも人間の言うことなんて鵜呑みするワケ――」
「お前だって薄々勘づいてるんじゃねぇのか? 自分は周りと違うって、そう思ったことあるだろ。同じじゃないって、思ったことあるだろう」
「……! そんな、こ……と」
テトの言は図星だった。
「お前はあのヴィルアークとかいう魔物に洗脳されているんだ。随分懐いていたようだが……アイツが、アイツこそがゼノリスの村を滅ぼした張本人だぞ」
リムが言うと、槍を構えていたヒナの腕がゆっくりと、ゆっくりと下がっていった。
「ゼノリスの民は、魔物を倒した際の成長率が普通の“勇者”よりも高く、特殊な力を身に着ける特性を持った少数民族だ。それを恐れたのか、十三年前にヴィルアークがゼノリスの村を蹂躙した。ヒナ・ヴァンホーテン、君はその村唯一の生き残りなんだ」
ヒナは何も言わず、ただただ立ち尽くしていた。無防備に両腕をだらりと下げたままに。
「ほら、わかったらさっさとズラかるぞ。魔星卿が戻ってくる前に――」
テトがヒナの手を引こうとした時、彼の右肩に一本の槍が突き立てられた。
「――っが……!」
「ヨソの子を勝手に連れて行こうとしないでよね~」
槍を投げたのは、魚獲りから戻ってきたジゼルだった。
目にも留まらぬ速さでテトに接近し、彼の肩に刺さった槍を掴み、足蹴にして槍を引き抜いた。
「だいじょぶ? 一人にして悪かったねチビ助」
ジゼルはヒナに背を見せる形で槍を構えて言った。
ヒナは反応を見せなかった。
「くそっ……! お前も洗脳されたクチか」
テトがバズに肩の傷を治癒されながら言う。
「ざ~んねん。あたしゃ根っからの魔物だよ」
ジゼルが瞬きをすると、黄色い瞳の中の瞳孔が細く長く変わった。
槍が振るわれる。テトは咄嗟にバズを突き放し、盾で防御した。
リムが拳を振るう。ジゼルは片腕で防ぎ、リムの腹部に前蹴りを入れた。
振り向きざまにテトを槍で横薙ぎにするジゼル。“勇者”の胸元に深い傷が刻まれた。
「あぐっ……! コイツ……強い」
「ウチの妹分にちょっかいかけたからには、覚悟しろよ」
吐き捨てるように言うジゼルめがけ、タロナが魔法で精製した氷の槍を無数に放った。ジゼルはその全てを切り払ってみせる。
リムが拳を握りしめ、アッパーカットを繰り出す。鋼の拳はジゼルの顎先を掠めた。
リムは再び拳を振るった。ジゼルの頬の皮一枚、外れる。もう一撃右ストレートを放つもまたもや髪の毛一本ほどのわずかな差で当たらなかった。
惜しいように見えるが、リムには理解できた。わざとだ。ジゼルはわざとギリギリで避けている。
テトが加わり剣撃を見舞うも、同様に首の皮一枚で躱される。
バズが妨害魔法でジゼルのスピードを落とそうと試みた。しかしまるで効果がない。もしかすると、遅くなっている分ジゼルがスピードを上げてプラマイゼロにしているのかも。
タロナが氷の槍や雷の剣を矢継ぎ早に繰り出すも、ジゼルはその全てを躱し、切り払い、無効化してみせた。
テトの剣撃も、リムの打撃も、一撃として彼女の身に到達することはなかった。
四人がかりでも歯が立たないことを身に沁み込ませた後、ジゼルは終わらせにかかった。
魔物の凶刃が格闘家の首に迫る。
――寸前、ジゼルの首元に向かってどこからともなく一本の矢が飛んできた。
ジゼルは槍を引っ込め、柄で矢を受けた。彼女の腕に強い衝撃が振動となって残る。
「受けたか。やるな」
木々の奧の奧の奧で、弓を構える人影があった。
勇者ラムセスだ。
「……へえ。おもしれ~人間」
ラムセスが二の矢を放った。ジゼルは槍で切り払う。その間にラムセスは駆け出し、刃の長い剣を握りしめていた。
両者の得物がぶつかる。互いが刃を走らせ、互いに防ぐ。二度、三度と切り返した後、ラムセスは左手で腰に携えたやや短い剣を抜き、ジゼルの腹部を斬りつけた。
大剣と短剣の二刀流で攻め立てるラムセス。なんとか防ぐものの、動きを読んだかのような角度からの剣撃にジゼルは膝を着いた。
「ぐっ……!」
「速すぎて見えなかったか?」
ラムセスが見下ろして言った。
「……てめっ」
目にも留まらぬ速度で槍を振るうジゼル。
鼻先で躱しながら、ラムセスは棘鎖を取り出し、ジゼルの身体に巻き付けた。動きを制すると同時に無数の棘が突き刺さる。
顔を歪めながら、ジゼルはラムセスに頭突きを見舞った。相手が怯んだ隙に無理矢理鎖を引き剥がす。
ズタズタに傷つきながらもジゼルは槍を振るった。しかし、ラムセスはまるで彼女がどう動くのか分かっているかのように攻撃を捌く。その上で、ジゼルの鼻っ面に剣の柄尻を叩き込み、鳩尾にブーツの底をお見舞いした。
「俺は一度見た他者の動きを完全に記憶し、完全に模倣することが出来る。貴様の動きはもう覚えた」
地面に這いつくばるジゼルめがけ、ラムセスが剣を振り上げた。
――振り下ろされる瞬間、木々の影から蒼い毛の魔物が襲い掛かってきた。人狼のウォルターだ。
ラムセスは寸でのところで反応し、鋭い牙を剣で受け止めた。
「ガァウゥ……! とっとと失せろよ! 人間!」
「人狼か。絶滅したと聞いていたが、生き残りがいたとは」
ラムセスはウォルターを地面に叩きつけた。剣を鞘に納め、背に負った戦闘斧を握りしめる。
「このラムセス・ゼブルンを称える詩が一つ増える。人狼最後の一匹を狩った者として」
“勇者”が斧を斜めに振り下ろし、人狼の身体を肩から腰にかけて両断した。
地面に転がったウォルターの半身を見下ろし、小さく鼻を鳴らすラムセス。
彼の頭上に影が落ちた。振り返る――いや、見上げると、巨大なドラゴンが陽の光を遮っていた。
『人間程度が、思い上がるな』
ジゼルの本来の姿――ラムセスの三十倍ほどの体躯を誇る、鎧の如き銀の鱗に覆われた、ゴーンドラゴン。
鋭い牙を無数に備えた口から業炎が放たれた。
ラムセスは背面を向け、背負った大型の盾で炎を受ける。特殊な炎らしく、木々に燃え移ることはなかった。
「魔法使い! ヤツの足下に向けて氷の魔法を唱えろ!」
ラムセスは炎の濁流の中からタロナに向かって叫んだ。
言われるがままタロナは自身が扱える氷魔法の中で最も強力なものを唱えた。
地面が凍る。ジゼルの四本の足が氷に覆われる。次第に、炎の勢いが弱まってゆく。
『っ……! ……っ』
「ドラゴンと戦うのは好きだ。デカくて攻撃しやすいし、明確な弱点がある。なにより、詩に残りやすい。俺がこの六十年で何度ドラゴン退治に赴いたと?」
ジゼルの吐く炎が息切れするように掠れて消えた。
ラムセスはドラゴンに向き直りながら両刃の大剣を抜く。
「貴様らは世界中で悪さを働き過ぎた。恨みを買った分、戦い方も研究され尽くしている。この竜殺しの剣は、貴様ら鱗蛇を倒す為に鍛えられ、祝福を受けた伝説の武器……低温で弱まった身体には堪えるだろう」
ラムセスは剣を振るった。竜殺しの剣はゴーンドラゴンの鱗《鎧》をもろともせずに斬り裂いた。
ドラゴンが苦悶の声を上げる。ラムセスは再び、三度とドラゴンの身体を斬りつける。
舞い散る血の飛沫が氷となって地面で砕ける。魔物の苦しみの声が森にこだまする。
“勇者”は剣を大きく振りかぶり、ドラゴンの胸元を十字に斬り裂いた。
『アアアアアアァァァァァァァァ……!』
ドラゴンが苦悶の叫び声を上げ、うなだれるように巨大な身体をその場に倒した。
「……すごい、ほんとに倒しちゃった」
バズが思わずこぼす。ドラゴンは非常に強力な魔物で、熟練の“勇者”でも対策を準備していないと危険な相手だ。それを初見で仕留めるとは。
「聞きしに勝る腕だ。うちの“勇者”様じゃこうはいかないな」
「う、うるせぃやい。お前だってドラゴン相手じゃどーしよーもないだろ」
テトの言う通り、格闘家であるリムにはよほどの馬鹿力か相応の対策でもない限りドラゴンと戦うのは無理な話だ。
ラムセスは剣を収めるとヒナへと向き直った。一連の戦いをただただ茫然と見ていた彼女のもとへと歩み寄り、屈んで顔を覗き込む。
「たしかに、銀の瞳に紅い髪……君がゼノリスの生き残りか。無事でよかった」
ヒナはなにも言わず、わずかな反応も示さなかった。
「十三年も魔物に囲まれて生きてきたなんて、かわいそうな子だ。大丈夫、悪いドラゴンはやっつけた。これで君は――」
ラムセスがヒナに手を伸ばそうとしたその時――彼の横っ面にドラゴンの尻尾が叩きつけられた。
“勇者”の身体がおもちゃのように軽々しく吹き飛び、二転三転と地面を転がった。
『グオオオォォォオオオオオアアア!』
「死んでない! 生きてる! 死んでないっ! 生きてるっ!」
喚き散らすバズを庇うテト。リムとタロナが構えるも、ドラゴンは彼女らではなくラムセスへと目を向けた。
ラムセスが顔を上げると、視線の先に一本の槍が落ちていた。人間態のジゼルが使っていた槍。ラムセスはそれを拾い上げ、棘鎖をぐるぐるに巻き付けた。
『ガアアアアアアアアアアアア!』
襲い掛かるドラゴンの胸元――十字の傷痕めがけ、ラムセスは槍を突き刺した。
鋭い刃と合金製の棘がドラゴンの身体を内側から引き裂く。
ドラゴンは声にならない叫び声を上げ、地響きと共に再び地面に倒れ伏した。
間一髪を切り抜けたラムセスは大きく息をつき、テト達に振り返った。
「今のはぜひ英雄譚として広めてくれ」




