↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

戯れ

 私の使命は、人間を殺すことだった。


 世界に点在する七十二の魔星卿《マスターロード》。その全てが打ち倒された時、“魔族の王”へと至る道が開く。その言い伝えは、本能として全ての魔物に刻まれている。


 私達は、“王”を守らねばならない。

 万が一にも、“王”へ至る道を開いてはならない。


 だから、魔星卿《マスターロード》を倒し得る“勇者”を殺す。そして、“勇者”になり得る者も殺す。弱い者も殺す。子供も殺す。花が咲く前に芽を潰す。それが、私の使命だった。


 面白くなかった。退屈だった。


 人間は弱い。どれだけ殺しても、手応えがない。戦う甲斐《・・》がない。

 私はただただ、なにも考えずに人間を殺していた。


 十三年前までは。


 あの日、私は大陸の西側に位置する人間の村へと攻め入った。その村は、過去に幾人も“勇者”を輩出した村だった。


 容易い戦いだった。骨のある戦士もいたが、私の心を満たす程ではなかった。


 焼け朽ちた土地を見て、いつも思う。こんなことを、あとどれだけ繰り返せばいいのか。この虚無感を、あとどれだけ胸に刻まなければならないのか。


 腐敗臭の中をつんざくように甲高い声が聞こえた。


 殺していない人間がいたか。

 瓦礫と灰塵《かいじん》を踏みしめながら、声の方へと歩く。


 小さな人間だ。性別は女。泣いている。親を求めているのか、恐怖か不安からかわからないが、ひたすら喚くばかりだ。


 ああ、五月蝿い。弱いくせにやかましさだけは怪物級だ。


 人間の瞳に私の姿が映る。

 泣きわめくのをやめたが、逃げようともしない。


 宝石のような二つの目が、私を見つめる。


 力を感じた。生命《いのち》の力を。

 幼い故に純。純故に無限の可能性。


 ふと、思いがよぎった。


 この人間を、生かせば(・・・・)どうなるか。


 この人間が、強くなればどうなるか。


 ……いや、所詮は人間。強くなろうとたかが知れている。


 ……なら……私が強くすれば(・・・・・)?


 宝石のような二つの目が、私を見つめる。


 なにかを求めるように手を伸ばしてきた。


 私は……その手を取った。


 壊さぬよう、めいっぱい力を抜いて。



・

・

・


 ……十三年後。


 北の大陸奥地にある深い渓谷の最深部。永い年月をかけて削られ、絶壁となった谷の側面に空いた洞窟。その奧へと歩を進める一体の魔物――ヴィルアークの姿があった。

 洞窟の中は決して広くなく、ヴィルアークの頭が天井に擦れそうなくらい。左右の壁には点々と小窓が彫られており、高い位置の窓には蝋燭が灯されており、低い位置の小窓には書物が蔵書されていた。


 奥まで進むと、開けた場所へと出た。壁中に小窓があり、蝋燭や書物だけでなく、爪や牙、宝飾物など様々なものが納められている。

 一段高い石の段差の真ん中に、あぐらを搔いて座る魔物がいた。


「おー、久しぶりだなヴィルアーク」


 グラーシャ・ラス・ギガントゴーレム。

 かつて魔星卿《マスターロード》として猛威を振るっていた石造りの巨人。その巨体は山をも跨ぐほどで、北の大陸は完全に彼の支配下にあった。

 しかしそれも古い話。三百年前に当時の“勇者”によって倒され、その身は穿たれた。命こそ助かったものの、今ではヴィルアークの膝下ほどの背丈しかないか弱きゴーレムとなってしまった。


「大事ないか、グラーシャ」


 ヴィルアークは手前に位置する石に腰を落とした。長い脚を畳んでで小さな石に座った姿は不格好だ。


「ああ、お気遣いどうも。そっちは? 少し前に西の大陸で名を売ってた“勇者”と戦ったんだろう? どうだった? 手応えは」


 グラーシャが指しているのは勇者テトのことではない。彼ら(テト達)が“魔の森”に来る前――ヴィルアークは西の大陸の“勇者”と戦う為に森を空けていたのだ。


「いや、大したことはなかったよ。ガルーダを倒した連中だと聞いていたから楽しみにしていたんだが、所詮は井の中の蛙というやつだ」


 人間の中に時たま現れる変異体――“勇者”は、未だ謎の多い存在だった。同じ時代に何人もいることもあれば、数十年現れないこともある。共通しているのは、“魔族の王”を倒そうとする意志――いや、本能のようなものに突き動かされていること。そのためには力《レベル》を❘つけ《上げ》なければならない。故に“勇者”は魔物を討伐し、徐々に徐々に強さを得てゆくのだ。


「今の人間は軟弱な者ばかりだ。あんたが現役の頃はもっと強い“勇者”がたくさんいたのにな」


「よくないぞ、ヴィルアーク。そういうのは懐古厨というんだ。若者から嫌われるぞ」


「……そんな言葉どこで仕入れるんだ。こんな穴倉にいて」


「面白いぞ。人間の文化というものは日々日々進化している。我々よりも短い生の分、進む速度が早いんだ。あの子(・・・)もな」


 グラーシャが指しているのはヒナのことだとヴィルアークにはすぐにわかった。


「お前が森を留守にする間、あの子はぐんぐん成長してゆく。今この瞬間もな。そのうち本当にお前を倒すくらい強くなるかも」


「……そうなってくれるのが私の望みだ」


 細く言うヴィルアークの表情を見て何も感じないほど、グラーシャは鈍ではなかった。


「彼女のことで相談に来たんだな?」


「……読心の魔法が使えたのか?」


「自分が思っている以上に感情《きもち》が表情《カオ》に出るタイプだぞ、お前は。口も鼻も無いがな」


 言い当てられたヴィルアークはやや顔を伏せ、渋るように話し始めた。


「人間が――“勇者”が森に来たんだ。四人組で強さ(レベル)は二十四、五といったところだ」


「殺したのか?」


 グラーシャの問いに、ヴィルアークは首を振った。


「ヒナの見ている前で人間を殺したくなかった。できることなら、今後もそうありたい」


「カッカッカ、大したもんだな。魔族の本能《・・》に抗うとは。それで、何が気がかりなんだ?」


「……人里離れた森で人間と隔絶して過ごしていても、いずれあの子は気づく。私があの子の家族を――故郷を滅ぼしたという真実に」


 魔物は人間を襲い、殺す。そこには二つの理由があった。


 一つは、知性を得る為。魔物は人間を喰らうことでその知性を獲得し、言語を理解することができる。生まれて間もない魔物、力の弱い魔物はそれを本能で知っており、人間の肉と脳と魂を欲する。

 もちろん、“魔の森”に住む魔物の中にも知性を持たない弱い魔物もおり、本能に従って人間の――ヒナの血肉を求めることもあった。が、ヴィルアークの魔法で彼らに幻覚を見せ、ヒナを人間だと認識させないように仕向けることで共存を実現させていた。


 もう一つは、“魔族の王”を守る為。全ての魔物は“王”への忠誠を本能に刻まれており、魔星卿《マスターロード》も例外ではない。“勇者”が“魔族の王”へと辿り着くのを阻止する為、魔物は人間の中でもとりわけ“勇者”を優先的に攻撃するのだ。


「あの村は魔族にとって危険だった。お前の行いは人間からすれば恐ろしいことかもしれないが、魔族からすれば正しいことだ」


「だが、彼女の家族を奪った事実に変わりはない。その上で、出生を偽って育ててきたんだぞ。そんなことを打ち明ければ、あの子は……」


 俯くヴィルアークの膝にグラーシャが手を置いた。


「後ろめたく思うのなら正直に明かすべきだ。お前自身の為にも。だが、その上であの子が何を思いどんな行動を取るか、それはお前が決めれることじゃない。あの子の人生は、あの子のものなんだ」


「……説教が板についているな」


「一万二千年も生きればお前もこうなる」


 グラーシャのカラカラした笑いは、長く洞窟にこだました。



 ――東の大陸、“魔の森”。


「くそだらあああああ!」


 森の奧の開けた訓練場で、額に汗を流しながら槍を振るうヒナ。


「踏み込みが甘い」


 彼女の攻撃を軽々しく槍で振り払うジゼル。そのまま身を翻しながらヒナの足をひっかけて転ばした。


「づっ……ちくしょー、もうちょっとでブッ殺せるのに」


「怖いこと言わないでよ。まっ、それにはあと二百年は鍛錬が必要だろーけどね~」


「にゃにを~! もう一本!」


 ヒナに戦いの基礎を教えたのはヴィルアークだが、実戦的な槍の扱い方を教えたのはジゼルだ。かねてよりあえて(・・・)人間の姿に身を変え、あえて(・・・)人間の武器である槍を得物として戦ってきた彼女は、週に一度ヒナに稽古をつけるようヴィルアークに任せられていた。


「ねえ、ジゼルって人間見たことある?」


 槍を交えながらヒナが言った。


「当ったり前じゃん。“勇者”だって倒したことあるんだからな~」


「じゃあ、私って人間に似てるの?」


 一瞬、ジゼルに隙が生まれた。そこを突こうとヒナが槍を突き出すも、ギリギリ槍の柄で弾かれた。


「なんでンなこと訊くの?」


「こないだ来た“勇者”が言ってた。わたしのこと、どー見ても人間のステキで強そうなレディにしか見えないって」


 ちょっと話を盛るヒナ。いや、だいぶ盛った。


「んじゃ、そいつがウチのこと見たら超絶美人で麗しい最高な人間のレディにしか見えないって言《ゆ》~だろ~ね」


 言いながら、ジゼルは強烈な蹴りを繰り出した。槍の柄で受け止めたものの、ヒナは大きく後方へ突き飛ばされた。


「それと、魔物は罪の無い人間を襲うって言ってた。おかしいよね。逆だよね。人間がわたしたち魔物を殺すから、その仕返しだもんね」


 ヒナは知らされていない。魔物の生態を。

 魔物は知性を得る為に人間を殺す。人間――“勇者”は力を得る為に魔物を殺す。

 両種族は互いに『相手が悪い』と思い込んだまま、終わりのない戦いを繰り広げているのだ。本能に抗えないままに。


「そ~だよ。人間は……“勇者”は魔物を殺して得た力で魔星卿《マスターロード》もやっつけるつもりなんだよ。だからもし、お師さんが“勇者”にやられそーになったら、ヒナが守ってやんなよ」


「うん! 最初っからそのつもり! ヴィルはわたしが守る!」


 槍を交えながら自信満々に答えるヒナに、ジゼルは思わず笑ってしまった。


「お~言うねぇ~。まっ、その為には――」


 ジゼルは一際力を込めた一振りを放った。

 強烈な一撃にヒナは思わず槍を取り落とす。宙を舞った槍が地面に突き刺さった。


「もっともっと、もぉ~っと強くなんないとだね~」


 ジゼルがヒナの眼前に槍の切っ先を突き付けて言った。


「っ……当ったり前じゃん。今日はジゼルに勝つまでやるかんね」


「……あ~……めんどーなこと言っちゃったな」


 話題の逸らし方を誤ってしまったとジゼルは後悔した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。