魔星卿
勇者テトと格闘家リムが二手に分かれた。
ヒナは左右に散った両者のどちらを視界に収めるべきか判断に迷った。
テトが剣を振るう。ヒナは身体を右斜めに向け、槍で受け止める。
同時に、ヒナの腹部にリムの拳が打ち込まれた。右側のテトの攻撃を受けた隙に、リムが左側から打撃を加えたのだ。
「がっ……!」
槍を振るってリムを振り払うヒナ。その隙にテトが再び剣を振るう。“勇者”の刃がヒナの右肩を抉った。
痛みに顔を歪めながら、ヒナは咄嗟にテトを足蹴にして突き放した。距離を置いて体勢を立て直そうとするも――
「天光満つる黄泉の門……風よ、呼べよ嵐……!」
――魔法使いタロナが奇妙な呪文を唱えた。突如空を暗雲が覆い、柱のごとく太い稲妻がヒナへと落ちた。
「がばびびびびびびび!」
骨が透けて見えるほど強烈な雷撃を受け、自称魔物の少女の身体は焼け焦げた。膝を屈しそうになるも、なんとか耐える。
「こんのっ……!」
ヒナは槍を握りしめ、後衛に陣取るタロナめがけて投擲しようとした。が、振りかぶったところで腕が動かなくなった。まるで鎖でつながれたかのように。
魔法使いバズによる妨害魔法。彼が詠唱を続けている間、対象は動きを制限されるという効果。
「よし! いけるぞ! 押せ押せ押せ!」
テトの号令に従い、リムが鋼の如き拳をヒナに叩きつける。一発、二発、三発と。
「黄昏よりも暗き者に等しく滅びを与えん……!」
再びタロナが奇妙な呪文を口にした。リムが攻撃を止め、その場から離れる。
ヒナの足下から炎の大渦が沸き上がった。天空へとまっすぐ伸びる炎の柱が十三歳の少女の姿を掻き消した。
魔法の炎が鎮まる。小さく悶え、口から黒い煙を一息吐き出し、ヒナはその場に膝をついた。
「っ……ず……ずるい……四対一なんて……」
掠れた声で言うヒナ。
「魔物退治なんだ。当たり前だろ。武道の試合でもあるまいに」
ハッキリと言い捨てるリム。彼女の言にテトが続く。
「俺達がやられたら、お前らモンスターは人間を襲うだろ。そりゃ死に物狂いで、どんな手を使ってでも勝たなきゃなんね~ってなるだろうが」
「……だから、それって一体何を――」
ヒナの言を遮るかのように、勇者一行の眼前に黒い炎が上がった。
凄まじい熱さだった。触れていなくとも皮膚が溶けるかと思うほどに。
テト達四人は思わず怯み、後退した。
突然のことにヒナは目を丸くした。一瞬、何が起こったのか分からなかったが、その黒い炎には見覚えがあった。
彼女らの眼前に空から人影が降り立った。
それは本来、天使が地上に舞い降りるような様であるはずだ。
しかし、天使ではない。黒い悪魔だ。
「失礼。宣言無しの奇襲は卑怯だと承知しているが、敵勢種族につき少々威嚇させてもらった。私はヴィルアーク・フォン・ヴァールデーモン。ここからは私が相手をしよう」
「ヴィル!」
突然現れた悪魔――ヴィルアークにヒナは歓喜の声を上げた。
……が、すぐに我に返り、口をへの字に曲げた。
「もうっ、横入り! わたしが負けると思ったの!? これから本気出すとこだったのに!」
喚くヒナに、ヴィルアークは振り向きながら微笑んだ。
「そうだったのか? それはすまない。てっきり苦戦しているように見えたからね」
「四人がかりでちょっと慌ててただけ! 一対一なら全然余裕だったから!」
「わかったわかった。お前の言う通り、全然楽勝だったろうね。どうもすみませんでしたねお節介でしたねお邪魔しました」
「あーっ! バカにしてるー! バカにしてるわたしのことー!」
ワイギャイ言い合いをするヒナとヴィルアークを余所に、勇者一行の三人は身構えた。
「エラソーなのが出てきたと思ったが、ちょっとガタイのいい妖魔か何かか。なんか妙な雰囲気だが、大したことなさそうだ」
「ああ、一匹モンスターが増えたところで問題ない」
前衛の二人――テトとリムは剣と拳を構え、戦闘態勢を取った。後衛のバズも猫背ながら杖を強く握りしめる。
しかし、一行の中で唯一タロナだけは戦闘態勢を取ることを忘れ、身を震わせていた。
「ヴィルアーク……って…………魔星卿……本物の……」
タロナの言にリムとバズは青ざめた。
この森には腕を上げる為に来た。あわよくばなんかいい道具とか見つかればいいなって感じの、軽い気持ちでのものだった。魔星卿と遭遇するなんて、何の準備も心構えもしていない。
だが、テトはそんなことを考えもしなければ気にもしなかった。
「へえ、コイツが魔星卿か。本物を見るのは初めてだけど、もっと怪獣みたいなヤツかと思ってたぜ。とにかく、コイツを倒せば俺達の名も上が――」
――勇者テトの右腕が宙に舞った。
自身の血の飛沫を頬に浴びても、テトは一体何が起こったのかわかっていなかった。
ごとり、と地面に落ちた腕を見てようやく理解した。自分の右腕――肘から先が無くなっていることに。
「――っ! ……っ」
ヴィルアークが指を鳴らした。テトの左腕が飛んだ。再び指を鳴らす。テトの両膝から下が切断された。脚が無くなったが、テトの身体は見えない柱に釘付けにされているかのように宙に固定されていた。
三度、四度、五度、ヴィルアークが指を鳴らす。その度にテトの身体が切断され、細かく切り刻まれてゆく。
テトの喉元に線が入り、パックリと口が開いた。その傷だけがあえて浅かった。
「ああ、すまない。話を遮ってしまって。で、なんだったかな?」
ヴィルアークが言うも、喉を切られたテトは陸に上がった魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。
「おっと、これは失敬」
ヴィルアークは指をくるりと回した。
テトの喉の傷が塞がり、周囲に散乱したテトだった肉片が彼の身体へと集まってゆく。そして、まるで時間を巻き戻すかのようにテトの身体は元通りに治った。傷一つ無く。新品同様に。
「――っ……! はあーっ! はあーっ! はあーっ……!」
テトを拘束していた力が解け、“勇者”は腰が抜けたように地面にへたり込んだ。
「さあ、さっきの続きを話してくれ。ほら、どうぞ」
ヴィルアークがテトに言った。手で軽く促しながら。
テトは芯から震えていた。ヴィルアークにとって、人間など生かすも殺すも自在。もはや“戦い”が成立するような相手ではないのだと思い知らされた。
リム、バズ、タロナの三人もその場から一歩も動くことができなかった。テトがいいようにされている間も、ただただ見ていることしかできなかった。血の気が引いて、恐怖に身がすくんでいた。
「これが……魔星卿……!」
「私達じゃ、到底勝てっこない」
「うう……こんなことなら将来の為に貯金なんかしないで好きなことに使えばよかったぁ」
ベソをかくバズ、戦慄するリムとタロナを背に、テトは覚悟を決め、剣と盾を強く握りしめた。
「……みんな! ここは俺に任せて逃げろ!」
「わかった」
二つ返事でリムが言うと、ノー躊躇で踵を返した。
「えっ、ちょ、待って待って! そんな即答しないで! もうちょっとあるだろ! こう……こうなんかさあ!」
テトは思わず情けない声で引き留めてしまった。せっかく覚悟を決めたのにカコ悪いったらありゃしない。
「心配するなテト。この森から無事に逃げられたら、ちゃんと大物の勇者を連れて戻って、仇を取ってもらうから」
「それからそれから、大賢人様に依頼して、魔法で蘇生させてもらうよ! 高くつくだろうけど、僕もう貯金しないって決めたから! だから安心して殺されて!」
「私達、お前の屍を超えてゆく」
リムに続いてバズとタロナが言った。
テトは下唇を噛み締めながらヴィルアークに向き直る。
「っ〜〜〜! ええい、こうなりゃヤケだ! かかってこいやクソモンスター! 仲間にゃ指一本触れさせねえぞ! やりたきゃ俺を殺してみろコンチクショー!」
「いや、べつにそういうのはいい」
「えっ」
ヴィルアークの予想外な言に、テトは間の抜けた声をこぼした。
「心が折れている人間をいたぶる趣味はない。このままおめおめと逃げ帰り、生き恥を晒しながら余生を送れ。私にお情けで生かされた余生をな」
「……ほ、本当に逃がしてくれるのか? 振り返ったところを後ろからドーンってするんじゃない?」
疑い深いテトにヴィルアークが鼻を鳴らす。
「知らぬかもしれないが、魔星卿は気高く誇り高い称号だ。この名に泥を塗るようなことはできない。さあ、早く行け。それとも、お見送りしてほしいのか?」
テトは剣と盾を構えたまま、リムとバズとタロナに目を配った。三人がそれぞれ小さく頷くと、“勇者”は息をついて両肩から力を落とした。
勇者の一行は何も言わず、まるで十二時間労働を終えた後の帰り道のようにすごすごとその場を去って行った。
「どうして帰したの? アイツら、この森の仲間《魔物》を何体か殺したって言ってた」
ヒナが腕を組んで言った。ヴィルアークは彼女に向き直り、小さく笑った。
「殺すのは簡単だ。だが、生かして罪を悔い改めさせることは難しい。真に強い者は、より険しく遠い道を選ぶものだ。あえてな。それにしても、いい戦いっぷりだった。よくやったなヒナ」
ヴィルアークの大きな黒い手が、ヒナの紅い髪をポンポンと軽く叩いた。
「でぇへへへへ」
「しかし妙だな。一つ疑問が残っている」
ヴィルアークはわざとらしく顎に手を当てて首を傾げた。
「ぎもん?」
「私はヒナをピンチから救ったハズだが、まだお礼を言われていないんだ。いつになったら聞けるのかな?」
「ウッ……っ……い、今言おうとしてたけど、言えって言われると言いたくなくなった」
「このヘソ曲がり娘、誰に似たのか。親の顔が見てみたいものだ」
「だったら今年の誕生日には鏡をプレゼントするよ」
ヒナが笑うと、ヴィルアークも一緒になって笑った。
その様を草葉の陰から見守っていたウォルターは大きく、大きく息を吐いた。
「……なんなんだよこの親子は……」




