勇者
危険な“魔の森”へ足を踏み入れる四つの人影があった。一人は剣と盾を手に、一人は頑強な籠手を装備し、一人は背丈ほどの杖を持ち、一人は黒いローブを目深に被っていた。
「おーぃ、モンスターや~い、出ておいでー。ちゃっちゃとやっつけてやっからさー」
剣と盾を持った男――勇者テトは歩きながら森の中へと呼び掛けた。
「お前はもっと危機感を持て。どれほどの腕の魔物がいるかわからんのだぞ」
籠手を装備した女性――格闘家リムが冷めた目で勇者を睨んだ。
「んな心配しなくったってだいじょ~ぶだっての~。さっき倒したザコモンスターがあのレベルだったらさ、ここは修行《レベル上げ》にちょうどいいと思うんだよ。だよなあ、バズ」
「……いや、“魔の森”にはとんでもないバケモンが居るって噂を聞いたことあるよ。森の浅い部分は大したことないけど、奥に行けば行くほど……」
杖を持った男性――魔法使いバズは背を丸めて周囲を見回しながら言った。
「大丈夫。私達、強いし。それに、この前探検した砂漠の洞窟、モンスターいっぱいいたから、私達、もっと強くなったし」
黒いローブを被った女性――魔法使いタロナが言うと、勇者テトは「そうそう! そのとーりっ!」と胸を張った。
「あれがにんげんか。はじめて見たけどアホみてーな面してるんだな」
ヒナは草木の影に身を屈め、離れた位置から四人の勇者一行を眺めていた。
「よくないぞ、ヒナ。他者を見た目で判断するのは愚者のすることだ。たしかにアホみてーな面だが」
ヒナの隣でヴィルアークも草陰に身を屈めていた。図体のデカい彼が縮こまっている様はどうにも滑稽だった。
「でもなんか、どことなーくわたしと似てる気がしない? ほんのちょびーっとだけどさ。こう、フイーンキっていうかなんていうかがさ。そう思わない?」
「そうかな? 私にはよくわからないな」
ヒナの問いにヴィルアークはわざとらしく首を傾げた。
「アンタはどう思う? ウォルター」
「えっ? ……えっとぉ」
ウォルターは言葉を詰まらせながらヴィルアークを横目で見やった。ヴィルアークは無言のまま、じっとウォルターを三つの瞳で見つめている。
「…………いや、全然……これっぽちも似てない……と思う」
「ふーん、そっか」
ウォルターは再びヴィルアークを見やった。ヴィルアークがほんのわずかに頷き、ウォルターは大きく胸を撫でおろした。
「よしっ、いっちょやってみるべ」
ヒナが槍を握りしめ、立ち上がった。
「ヒナ」
ヴィルアークは屈んだまま彼女を見上げた。
「わかっているだろうが念の為に言っておく。相手は“勇者”だ。どれほどのものかわからないが、だからこそ警戒が必要だ。ヤツらは、魔物を殺す為に生きてるような存在だからな」
魔族に比べ、人間という種族は貧弱だ。力も生命力も寿命も遥かに劣る。だが、そんな弱い種族の中に時折生まれるイレギュラーな個体――“勇者”は、魔族にとっての天敵だった。
並の人間よりも力が強いだけでなく、魔物を倒すことで力をつけるのが“勇者”の特性だ。体力、腕力、魔法力、そして精神力が向上し、より強靭に成長してゆく。そして、その特性は“勇者”の脇を固める数名にも伝播し、魔物を倒せば倒すほどに強くなっていくのだ。どういう理屈か定かではないが、魔術的領域の影響によるものと考えられている。
故に、魔族にとって“勇者”とその仲間は非常に厄介な存在であり、下手に手を出して倒された場合、相手の成長に加担してしまうことになるのだ。
「だいじょーぶ。わたし、強いから。なんたってヴィルに育てられたかんね」
そう言って笑ってみせるヒナに、ヴィルアークは思わず頬が緩んだ。
「お、おい待てよ! 訓練は積んできたつもりかもしれねえが、実戦経験はゼロだろ。それに相手は四人だし――」
ウォルターの言には聞く耳を持たず、ヒナは森の中を駆けだした。
「そこのお前ら、待て待て待てぇーーーい!」
突然の声にテト達は足を止め、武器を構えて周囲を見回した。
木々の谷間から飛び出したヒナが両の脚で地面に立ち、一行が視線を注ぐ。
「ここは我ら魔族の領域! それ以上足を踏み入れるのなら敵意有りとお見受けする! しからばこの ヒナ・ヴァンホーテン、貴様ら全員一人残らず始末してくれるわ!」
槍の切っ先を向けて言い切ったヒナは満足げに鼻から息を吐き出した。決まった……すごく威厳があって、すごく堂々とした物言いだったと我ながら感心していた。
対して、勇者テト達はヒナの素っ頓狂な物言いに固まってしまった。目をパチクリさせて呆けた表情を浮かべた後、目の前の魔物に首を傾げる。
「……えっとぉ……俺だけかな。あれど~見ても人間に見えるんだけど……それも子供の」
「安心して。私も」
テトの言にタロナが答えた。リムとバズも同じタイミングでゆっくり頷いた。
「なあお嬢ちゃん、迷子か何かか? なんだったら近くの村まで連れて行こうか?」
テトがゆっくりとヒナに歩みよりながら言う。ヒナは槍を両手で握りしめた。
「安心しろ。俺達は野盗なんかじゃない。こう見えて俺、“勇者”なんだぜ。今だってその辺でモンスターを狩って修行《レベル上げ》してたんだ。この森のモンスターは手ごろな弱さなのにけっこう――」
テトの言は遮られた。彼の足下にヒナが投げたヤリが突き立てられたからだ。
「もういい。建前は終わった」
自称魔物が一直線に駆けだした。テトが目を丸くして身構える。
ヒナは地面に刺さった槍を引き抜くと同時に跳躍し、宙で身体を翻しながら槍を振るった。
テトは刃を盾で防いでみせたが、かなりギリギリだった。
ヒナは着地し、槍を構える。
「お、落ち着けお嬢ちゃん! 俺達は敵じゃないって! トモダチ、ナカマナカマ! わかる!?」
テトの言い分を無視し、ヒナが槍を振るう。
刃は再び盾によって阻まれたものの、彼女の敵意は盾をすり抜けてテトの心臓に染み渡った。
「っ……わかったなるほど。人間に化けたモンスターってとこか。だったら、退治するのが俺の仕事だ。言っとくが俺達は南の砂漠でジャイアントデスワームを討伐したんだぞ。輪切りにして闇市で売りさばいてやった。お前は売れそうにないから、せいぜい俺達の成長の糧になってもらうぜ!」
勇者テトは剣を力強く握り、ヒナに向かっていった。
剣を振るう。空を切る。再び振るう。再び空を切る。
盾を横向きに薙ぐ。ヒナは槍で防ぎ、テトの脚に蹴りを入れた。勇者が膝を着き、彼の頬に槍の柄尻が打ちつけられた。
あれ……? ずいぶん戦闘技術のレベルが高いな……
そう思いながらテトは口元に手を当てた。血だ。しかも奥歯がグラついている。
ゆっくり視線を上げると、彼を見下ろすヒナの姿が目に写った。
「速すぎて見えなかった?」
「……なろっ!」
煽るヒナに向けて剣を振るうテト。二度、三度、四度、五度。都度、槍で弾かれる。
ヒナが槍を突き出す。テトは迫り来る刃を盾で受け、表面を滑らせて軌道を反らした。
相手の胴がガラ空きになった。とった。そう思ってテトは剣を真っ直ぐ刺突する。
しかし、外れた。剣が当たる瞬間、ヒナは驚異的な反射神経と筋力で身体を捻り、刃を躱したのだ。
いや、今のは当たるハズだろ。絶対おかしい。チートだチート。
そう思う暇すら与えられず、テトのこめかみにヒナの回転蹴りが炸裂した。
“勇者”は地面に倒れ込んだ。ヤバイ。すぐさま身体を起こしたが、ヒナの槍が彼の脇腹を刺し貫いた。
「あがぁっ……!」
ヒナは立ち上がれないテトの腹部から槍を引き抜き、先端を“勇者”の顔に突きつけた。
「これ見たことか! “勇者”だろーがなんだろーがこのヒナ・ヴァンホーテンちゃんには勝てっこないってこっちゃわ!」
テンションが昂るあまり語彙がしっちゃかめっちゃかになるヒナ。無理もない。彼女にとって、長年研鑽し続けてきた力と技が実戦で通用しているのだから。
トドメを刺そうとヒナが槍が振り上げた瞬間、格闘家リムの鋼の拳がヒナの頬に叩きつけられた。
「いづっ……! な、なにすんだ! 横入りはダメなんだぞ! ちゃんと順番を守って待っててよ!」
ヒナが殴られた頬に手を当てて言う。
「……なんでこんなフザけた子供にやられてんだ。勇者が聞いてあきれる」
リムが戦闘態勢を取りながら背後のテトに言った。
「い、いや、俺は女と子供は傷つけない主義だから……」
腹部を抑えながらテトが言う。
魔法使いバズがテトに駆け寄り、杖を構えて呪文を唱え始めた。テトの全身を淡い緑の光が包み込み、刺し貫かれた脇腹の傷が塞がってゆく。
「あっ! ず、ずるいぞ! 回復魔法なんてヒキョーだ!」
ヒナの言に、リムはわざとらしく鼻を鳴らした。
「魔物を自称するヤツがずるいだの卑怯だののたまうとはな。無抵抗の女子供を喰い殺すのは卑怯じゃないとでも?」
「……は? 何の話?」
「よし、準備運動終わり! 今からやる気出すから。ホントだから」
傷が癒えたテトが立ち上がり、剣を構えてリムの隣に並び立った。
「そういうのいい。テト一人じゃ勝てないから、みんなで戦う」
魔法使いタロナがやや後方で言った。バズは彼女に同調するように小刻みに頷いた。
「やるぞ。“戦術オウガ”だ。遅れるなよ」
リムが号令と共に駆け出し、二人の魔法使いが後衛で構えた。
「ちょっ、リーダーは俺だぞ! 戦術を決めるのも晩飯なににするか決めるのも俺だ~!」
一手遅れて、“勇者”も剣を手に走り出す。
「なんかわかんないけど、かかってこいやあ!」
魔物を名乗る少女――ヒナは槍を構え、勇者一行を迎え撃つ。




