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和葉は息をきらしたまま、教室に入った。
すでに、朝のホームルームが、始まっている。
「おはようございます」
「早くないだろう。和葉」
遅刻した和葉が教室に入ると、親友の河原祐から呆れた声が返ってきた。
朝の名物となっているやり取りに、クラスメートたちが苦笑する。
和葉は新しい制服を着て、担任の横に立っている夏樹に視線を向けた。
笑顔でクラスメートたちからの質問に答えており、昨日和葉に見せた冷たい表情はどこにもない。
暗殺者としての表情。
高校生としての穏やかな眼差し。
どちらが、本当の「彼」なのだろうか?
素顔は仮面に隠されて、見ることができない。
同じクラスだなんて、聞いていなかった。
「和葉も同じクラスなら、遅刻するなよ」
「私、嫌われているからね」
祐の言葉に、和葉は席に着く。
朝、和葉が起きた時には、夏樹はいなかった。
夏樹とも必要最低限の会話しかしていない。
高校に入れたのも、雄一の紹介があったからだろう。
だが、夏樹には別の目的があるようだった。
「師範の説明はどうだった?」
祐の言葉に和葉は、乾いた笑みを浮かべた。
「非現実的な話ね。頭が痛くなりそう」
「非現実的?」
「映画や小説にあるような内容だったわ」
不意に和葉の表情が、僅かに曇った。
「世話はどうした?」
「断ったわ。今の生活を、壊されたくないの」
「どうして? 幼馴染だろう?」
仲良くないのかと。
友達ではないのかと。
「私には、関係ないわ」
和葉は祐との会話を、打ち切った。
祐が不審そうな視線を、和葉に送る。
「おはよう、木本」
「おはよう。桜井君」
二人の間に、緊張が走った。
久しぶりに再会した幼馴染とは聞いていたが、笑顔はない。
夏樹は手慣れた様子で、教科書を並べていく。
人の気持ちに敏感な祐は、眉を顰めた。
一般人が身に纏う空気ではない。
全身に鳥肌が立った。
気を張っておかなければ、彼の暗い感情に飲み込まれそうだった。
「初めまして。河原祐です」
「桜井夏樹です」
建前もあり握手はしたものの二人の視線が、交わることはなかった。
夏樹は黒板の内容を写すことなく、外を見ている。
誰かを捜しているようだった。
何かを求めているかのようだった。
彷徨っていた視線が、一か所でとまった。
祐が夏樹の視線を辿ると、南校舎の屋上を眺めていた。
遠くてよく見えなかったが、人影がある。
人物の性別まで、断定できなかった。
夏樹は何事もなく、視線を逸らした。
今度は真面目に、黒板内容を、写し始める。
和葉が心配そうにこちらを見ていた。
祐は心配ないと、笑って返した。
全てを拒絶しているガラス玉の瞳。
力をこめれば、一瞬で砕けてしまいそうな危うさ。
思い出したのは、血が通っていないような冷たい手。
凍りついた眼差し。
読み取れない感情。
誰かに命じられて、動くだけの人形みたいだった。
追いかけて方がいいかもしれない。
彼が壊れてしまう前に。
祐は授業を聞き流しながら、考えていた。




