第三章1
男は不機嫌そうに、机を叩いた。
衝撃で山積みになっていた資料が、散らかった。
「まだ、黒蝶と戦神は見つからないのか!? 何をやっている?」
「申し訳ありません……ボス」
ボスと呼ばれた男は、報告にきた青年を睨みつける。
鋭い瞳に、青年はひきつった声をあげた。
誰かが、催眠術を解き、仲間を逃したらしい。
どさくさに紛れて、戦神と黒蝶も消えていた。
神隠しにでもあったかのように。
姿を消していた。
跡形もなくいなくなっていた。
今のところ、二人の存在を確認した者はいない。
見つけて殺せば、高い報酬が支払われ贅沢三昧の暮らしができるだろう。
他の組織の者も含めて、狙っている同業者も多いと聞く。
「次、失敗したらどうなるかわかっているな?」
お前の変わりはいくらでもいるのだと。
駒の一つでしかないと。
「ボス、失礼します」
「何だ?」
「至急、お知らせしたいことがあります」
若い少年の声が、問いかけに答える。
ボスが一番信頼している部下の一人だった。
彼が次期頂点にたつとの噂が、流れていた。
「入れ。話を聞こう」
「失礼します」
夜蝶こと桐原香月は、青年にでていくように促した。
青年の転がるようにして、部屋を出ていく。
香月は散らかっている資料を集めて、机の上に置いた。
「要件を聞こう」
「桜井夏樹(黒蝶)と田崎芽衣(戦神)の詳しい情報が、入りました。お聞きになりますか?」
「聞かせてくれ」
「まずは、この資料をご覧ください」
香月はスクリーンを、準備した。
桜井夏樹
死亡確認
田崎芽衣
同上
スクリーンに、二人の写真が映しだされた。
アングルは気にしていないらしく、ピントがぼけていた。
「本当なのか?」
信じていいのか?
「間違いありません。情報部隊が集めてきた情報です」
「嘘ではないな?」
私が信じられないと?
信じられないのなら、殺しますかと?
香月は瞳を、不愉快そうに細めた。
周囲の温度が、一気にさがっていく。
「情報部隊の中で、腕がたつ君の情報だ。間違いないだろう」
「ありがとうございます」
ボスが認めたことにより、事態は収束する。
香月の情報を、信じるしかなかった。打つ手はなかった。
香月が流失してしまえば、組織がまとまらなくなる。
成り立たなくなるだろう。
香月は情報部隊の中でも地位が高いため、内部分裂だけはしたくなかった。
敵に回したくなかった。
組織として生きていくためには、香月が必要だった。
今、守り手を失いたくなかった。
「私は出かけてくる。あとは頼んだ」
「ああ、そうだ。言い忘れていたことがあります」
ボスはまだ何かあるのかと、振り向いる。
視線が合うと、香月は小さく笑った。
「今日から護衛はつけないで、行ってくださいね」
「何を? 護衛として部下を連れて行くのは、当然のことだろう?」
「幹部の一人として、頂点に立つ者の実力を知っておきたいからです」
香月の反論に、ボスは何も言わなかった。
香月はボスが部屋をでるまで、頭をさげていた。
姿が消えた上司を見つめる瞳は、冷たいものだった。




