第四話 さて、なんのことやら
玉座から、重い声が響く。
国王が立ち上がっていた。その顔には、深い失望が刻まれていた。
「ランドルフ。お前は確かめもせずに作り話を信じ、この場で一人の令嬢を罪人に仕立て上げようとした。王家の名において、だ」
「ち、父上、僕は騙されて……!」
「騙されたこと自体を責めているのではない。お前はその話が真実かどうか確かめもせず、長年支えてきた婚約者を公衆の面前で辱めたのだ」
国王は息子を厳しく見据えた。
「近頃のお前の不始末も、すべて聞いている。式典での失態、外交の席での無礼、そしてそれらを婚約者の責任にしたこともな。これまで幾度となく注意してきたが、お前は一向に改めようとしなかった」
ランドルフの顔が、紙のように白くなった。
「そればかりか、王家の婚約を己の一存で破棄し、無実の令嬢に罪を着せようとした。もはや王族としての責務を理解しているとは思えぬ」
「お、お待ちください、父上!僕はただ、ミーナを守ろうと……!」
「ならば、なおさら事実を確かめるべきだった。お前は守る相手を間違えただけでなく、そのために別の者を傷つけても構わぬと考えたのだ」
国王は玉座の前に進み出た。
「ランドルフ。お前から王位継承権を剥奪する。王族としての公務からも外し、北の辺境の砦にて、一兵卒から務めを学び直せ」
「そんな……っ!」
「これは今回の一件だけで下した沙汰ではない。お前がこれまで重ねてきた行いの結果だ。異論は認めぬ」
膝から崩れ落ちるランドルフの次に、国王は続けてミーナに視線を向けた。
「ホルト男爵令嬢。偽りをもって侯爵家の令嬢を貶め、王子を唆して王家の婚約を破綻させようとした罪は重い。男爵家には追って沙汰を下す。そなたは修道院にて身を慎むがよい」
衛兵に両脇を抱えられながら、彼女はランドルフに縋りつく。
「ランドルフ様、助けて!わたし、王子妃になれるって……!」
「離せ!お前のせいで僕は……!」
「そんな!ランドルフ様だって、アガット様なんかよりわたしの方がいいって言ったじゃない!」
「黙れ!僕を騙したくせに!」
さっきまで寄り添い合っていた二人は、互いを罵り合いながら広間から引きずり出されていく。
その醜い声が遠ざかると、広間には奇妙な静けさだけが残った。
「アーベライン嬢」
国王が、アガットに向き直った。
「愚息の非礼、王として、父として詫びる。そなたの名誉はこの場で完全に回復されたものとする。また、ランドルフとそなたの婚約は、王命をもって正式に解消する。アーベライン侯爵家には、改めて王家より謝罪と補償を行おう」
「もったいないお言葉にございます」
アガットは深く頭を下げた。
これでやっと終わることができる。
婚約は解消され、自分は自由になった。百日前に覚悟した通りに。
ただ、思っていたよりずっと晴れやかな気持ちで、それが少しおかしかった。
「父上。この場をお借りして、ひとつお願いがあります」
「どうした、トリスタン」
そのままアガットの前に進み出ると、広間中の視線が集まる中で、迷いなく片膝をついた。
「アガット・アーベライン嬢」
「で、殿下……?」
「温室で初めて話した日から、ずっとあなたに惹かれていました。弟の婚約者であるうちは、口にすべきではないと思っていた」
黒い瞳が、まっすぐに彼女を見上げる。
「あなたの聡明さも、強さも、花を見て笑う顔も、全部好きです。私とは違う考えを聞かせてくれるところも、夢中になると時間を忘れて話してしまうところも」
トリスタンの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「これから先も、あなたと花を眺め、本を読み、くだらない話をして笑い合いたい。どうか、私の妃になっていただけませんか」
広間のあちこちから、小さな悲鳴のような歓声が上がる。
アガットは言葉を失った。
胸の奥でずっと押し込めてきたものが、一気にあふれ出す。
まさか、こんな場所で、こんなふうに想いを告げられるなんて。
嬉しくてたまらないのに、どうしていいのかわからない。何度か口を開きかけて、ようやく声を絞り出した。
「わ、わたくしは……婚約を破棄されたばかりの身で……」
「それがどうしたというのです」
「殿下に、ふさわしいかどうか……」
「ほほほ。ふさわしいに決まっておろう」
軽やかな笑い声が、玉座の脇から降ってきた。
王太后だった。白髪を美しく結い上げた国王の母は、扇の陰で楽しそうに目を細めていた。
「まったく、トリスタンもようやく腹を括ったか。花の話ばかりしておるから、いつまで経っても進展せんのではないかと心配しておったぞ」
王太后が愉快そうに笑う。
その笑い方に、アガットは見覚えがあった。
欠けた歯こそ見えないが、扇を持つ皺だらけの手。目尻を下げる癖。そして、どこか人を食ったような口調。
あの、水晶玉を撫でていた老婆だ。
「お、王太后陛下……まさか、あの占いの……!?」
「さて、なんのことやら」
王太后はとぼけた顔で扇を揺らした。
「ただね、年寄りの目には見えておったのよ。あのままでは、心根の良い娘がひとり、出来の悪い孫のために一生をすり減らすことになるとね。……少しばかり、目を覚ましてもらいたかっただけさ」
「で、では、百日後に婚約を破棄されるとおっしゃったのも……?」
「ああ、それかい。収穫祭の百日後は、ちょうどこの大夜会じゃろう?」
王太后は悪戯っぽく笑った。
「ランドルフがあの男爵令嬢に入れあげて、婚約を破棄したがっておることくらい、とうに耳に入っておった。しかも、大勢の前で婚約者の非を暴けば、王家も認めざるを得ないなどと、浅はかなことを考えておるらしくてね」
「そ、それでは……」
「まあ、あの子が本当にやらかすかどうかまでは、わからなかったけれどね。こういうことは、言い切った方が占いらしいじゃないか」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ





