第三話 本当に当たった
――ああ、本当に当たった。
妙に冷静な頭で、そんなことを思った。
「僕は今日この場で、君との婚約を破棄する!」
ランドルフの声が広間に響き渡った。
「君は嫉妬に狂い、ここにいるミーナに陰湿な嫌がらせを繰り返した!あまつさえ先日の王宮の園遊会では、彼女を階段から突き落としたそうだな!そんな女は王子妃にふさわしくない!」
ミーナがランドルフの胸にすがり、はらはらと涙をこぼす。
「わたし、怖かったんです……。アガット様が、すごい目で睨んで、どんって……」
周囲の視線がアガットに突き刺さる。いくら覚悟していたとはいえ、身に覚えのない罪を大勢の前で言い立てられるのは、決して気分のいいものではなかった。
それでも、ここで取り乱しては相手の思うつぼ。
深く息を吸い、ランドルフを見据えた。
「殿下。いくつかお尋ねしてもよろしいかしら」
「言い訳など聞かん!」
「言い訳ではございません。確認ですわ。――ミーナ様。わたくしが突き落としたというのは、王宮の園遊会の日で間違いございませんわね?」
「そ、そうです!東の庭園の、噴水のそばの階段で!」
「まあ」
アガットは小首をかしげた。
「あの日の園遊会は、悪天候のため中止になりましたけれど」
広間が、しんと静まり返った。
「え……?」
ミーナの涙が止まる。
「前の晩に荒天の予報が出たため、中止の知らせが招待客の皆様へ届いておりました。当日も朝から大雨でしたので、東の庭園には誰もいなかったはずですわ。……そうですわよね、皆様?」
人垣のあちこちで、貴族たちが顔を見合わせた。
「確かに、あの日は雨だった」
「うちにも知らせが来たぞ。娘ががっかりしていた」
ひそひそ声が、さざなみのように広がっていくにつれ、ミーナの顔から血の気が引いていく。
「ち、違うんです、日にちを間違えて……そう、別の日です!別の日に!」
「では、その別の日はいつかしら?」
「そ、それは……」
「ちなみにあの雨の日、わたくしがどこにいたかもお答えできますわ」
その時、人垣が割れた。
「彼女は、私と一緒にいた」
落ち着いた、よく通る声。
王太子トリスタンが、ゆっくりと広間の中央に歩み出てきた。
「雨で園遊会が中止になったあの日、アーベライン嬢は王宮の温室で、私と南の国の花の植え替えをしていた。朝から夕方まで、ずっとだ。温室番の老人も、茶を運んだ侍女も見ている」
「あ、兄上……!?」
ランドルフの声が裏返った。
「そ、そんなの兄上が庇っているだけだ!証拠にはならない!」
「ならば、温室番と侍女に証言させよう。二人とも今夜は王宮にいる。それに、ほかの『嫌がらせ』とやらについても聞きたい」
トリスタンはミーナに視線を向けた。穏やかな口調だったが、ミーナはびくりと肩を震わせた。
「ドレスを汚された、持ち物を隠された。それはいつ、どこで?誰が見ていた?」
「そ、それは……ひ、一人の時に……」
「一人の時ばかりか。それは気の毒に。では、その時の状況を詳しく聞かせてもらおう」
ミーナは口を開いたものの、何も答えられるわけもなく、口を開いて固まっている。
そのとき、人垣の後ろから、おずおずと手が上がった。
ミーナと同じ学院に通う、子爵家の令嬢だった。
「あ、あの……。ミーナ様のドレスのことですけれど……。あれは、ミーナ様がご自分で紅茶をこぼされたのを、わたくし見ておりました。その後、アガット様のせいにしようって、笑って……」
「わたくしも聞きましたわ」
別の令嬢が続いた。
「王子殿下を手に入れるには、あの侯爵令嬢が邪魔だって。悪者にしてしまえば簡単だって、お茶会で」
「ちが……違う、違うの!みんな嘘をついてるのよ!」
ミーナが金切り声を上げた。その顔からは、先ほどまでの可憐さがすっかり剥がれ落ちていた。
ランドルフは、腕の中の女を呆然と見下ろしていた。
「ミーナ……?どういうことだ?」
「ランドルフ様、違うの!わたしは本当に――」
「君が嘘をついていたのか!?僕を騙していたのか!」
その怒声に、ミーナが怯えたように身を縮める。
アガットは二人を見つめながら、胸の奥がすうっと冷めていくのを感じた。
ランドルフは、アガットの言葉には耳を貸さなかったくせに、ミーナの言うことは何一つ疑わなかった。そして嘘が明らかになった途端、今度はすべてを彼女のせいにしようとしている。
この人は、何も変わっていないのだ。
「――もうよい」
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