第3話:結界の中の本音
エルナの驚くべき機転(?)により、公爵邸の地下深く、絶対結界室へと集められたゼノン一家。
神の攻撃すら通さない完全隔離空間の中で、ついに元魔王と元聖女が対峙します。
家族の絆を取り戻すための、大事な本音の話し合いが始まります。
「……ここは、どこですか」
頭を抑えながらベッドから起き上がったリーゼロッテは、周囲の光景に目を見開いた。
白を基調とした清潔な部屋だが、窓はなく、壁一面に見たこともないほど緻密な古代魔導術式が淡く発光している。
聖女としての本能が告げていた。ここは、いかなる奇跡も、いかなる呪いも一切通さない、完璧な『隔離世界』だと。
「気がついたか、リーゼロッテ」
部屋の入り口に佇んでいたのは、漆黒の髪を揺らす夫、ゼノンだった。
その隣には、彼の手をしっかりと握りしめ、ふんす、と鼻を鳴らしている愛娘エルナの姿もある。
「ゼノン……様……っ! なぜ、あなたがここに!? エルナ、あなたパパに捕まって……」
慌てて駆け寄ろうとするリーゼロッテだったが、エルナはトコトコと前に出ると、両手を広げて立ちはだかった。
「ママ、ちがうよ。エルナがママをここに運んだの。パパとママ、ちゃんとおおきいお声でお話しして!」
「エルナが……? いえ、それよりゼノン様、私に近づかないでください! あなたには、他に愛する方がいらっしゃるのでしょう!?」
リーゼロッテの瞳から、再び大粒の涙が溢れ出る。
聖女として多くの人々を救い、強くあろうとしてきた彼女が、今は一人の傷ついた妻として、激しく肩を震わせていた。
ゼノンは静かに、しかし決然とした足取りで歩みを進め、彼女の前に膝をついた。
かつて世界の頂点に君臨した魔王が、一人の女性の涙の前に、完全に平伏していた。
「リーゼロッテ。まず私の話を聞いてくれ。あの魔導鏡に映っていた映像は、百パーセント偽物だ」
「偽物……? でも、あれは確かにあなたの魔力で、あなたの筆跡の手紙も……」
「私の魔力を模した幻惑魔法だ。術式の癖が粗雑すぎる。手紙の筆跡も、私独自の『魔王文字』のハネが再現できていない。何より——」
ゼノンはリーゼロッテの震える手を、優しく、しかし決して離さない強さで包み込んだ。
「私が愛しているのは、千年前も、今この瞬間も、そしてこれから先の永遠も、世界中で君一人だけだ。君以外の女性を抱くくらいなら、私は自らこの魂を虚無に還す」
「ゼ、ゼノン様……」
あまりに重く、あまりに純粋すぎる言葉。
絶対結界室の環境が、ゼノンの発した『無意識の真実の魔力』を共鳴させ、部屋全体が肯定の光で満たされる。この空間では、一切の嘘が許されない。
リーゼロッテは聖女だからこそ、ゼノンの言葉に一片の偽りもないことを魂で理解してしまった。
「……本当に、違うのですか? 私を、嫌いになったわけでは……」
「あるはずがないだろう。毎日君が焼いてくれる、ちょっと火加減の強いステーキを食べるのが、私の人生の唯一の至福なのだから」
「それ、少し焦げてるって言いたいんですか……っ」
リーゼロッテは泣き笑いのような表情を浮かべ、そのままゼノンの胸へと飛び込んだ。
ゼノンはその細い身体を強く抱きしめ、愛おしそうにその白金の髪を撫でる。
「パパとママ、なかよしになった?」
服の裾を引っ張るエルナを見下ろし、二人は同時に微笑んだ。ゼノンはエルナも一緒に抱き上げ、家族三人の温もりを確かめ合う。
「ああそうだな、エルナのおかげだ。ありがとう」
「えへへ、エルナ、がんばったもん!」
誤解は完全に解けた。家族の絆は、以前よりもさらに強固なものへと昇華された。
しかし、ゼノンの瞳の奥で、冷徹な魔王の炎が静かに燃え上がる。
(我が最愛の妻を泣かせ、我が愛娘にこのような苦労をかけた不届き者……。
ガルフォード侯爵といったか。貴様には、前世の地獄すら生ぬるい絶望を味あわせてやろう)
最強夫婦の逆襲のカウントダウンが、今、静かに始まった。
第3話をお読みいただきありがとうございます!
エルナちゃんのファインプレーによって、早くも夫婦の誤解が氷解しました。
次回、第4話からは、怒れる元魔王によるガルフォード侯爵への容赦なき「神速ざまぁ」の幕が上がります。
どうぞご期待ください。
この先の展開が気になる方、エルナちゃんの活躍をもっと見たいという方は、ぜひ画面下の【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると執筆の励みになります!どうぞよろしくお願いいたします!




