第1話:新生活の拠点選び
お寄りいただいてありがとうございます。
ギルドの喧騒を後にしたゼノンたちが新生活の拠点に選んだのは、なんと人類立ち入り禁止の【魔の森】の最深部でした。
元魔王の建築魔法と、元聖女の絶対結界が融合するとき、絶望の森の真ん中に、世界で最も安全で豪華な「最強の我が家」が一瞬にして姿を現します。
辺境都市『ガルガ』の路地裏にある高級宿の一室。
朝の柔らかな光が差し込む部屋の中で、ゼノンは愛娘のエルナがベッドですやすやと寝息を立てているのを見つめながら、静かに思考を巡らせていた。
昨夜、彼らが魔の森から持ち帰った災厄級魔獣《神鉄牙の大猪》の死体は、辺境のギルドを文字通りのパニックに陥れた。
ギルド長は泡を吹いて卒倒し、解体師のガロンは腰を抜かして今も震えていることだろう。
おかげで、
自分たちが今夜食べる分の極上肉は手に入ったが、これ以上この街に留まり続ければ、目立ちたくないという彼らの意図に反して、周囲の騒ぎは大きくなる一方だ。
「ゼノン様、お茶が入りましたよ」
旅用のマントを脱ぎ、家庭的なエプロン姿になったリーゼロッテが、湯気の立つカップをテーブルへと置いた。
その完璧な聖女の微笑みは、昨夜、一国を滅ぼす魔獣の突進を笑顔で完全停止させた主婦のものとは思えないほど温穏だった。
「ありがとう、リーゼロッテ。
……ふむ、やはり君の淹れる茶は世界一だな。
それはそうと、これからの私たちの『住まい』についてだが」
ゼノンは懐から、お馴染みの恋愛指南書『理想のマイホームが育む家族の絆』を取り出し、神妙な面持ちでページをめくった。
「この指南書の第5章によれば、
【頑強で美しい我が家を持つことは、妻の精神を安定させ、子供の健やかな成長を約束する最大の投資である】とある。
いつまでも宿屋暮らしというわけにはいかない。私たちは、私たちのための完璧な拠点を構築するべきだ」
「まあ、素敵ですね。
でも、この街の近くに、私たちがのんびりと暮らせるような静かな土地があるかしら?
どこへ行っても、王国の追手やギルドの荒くれ者たちがついて回りそうですけれど……」
リーゼロッテが少し困ったように頬に手を当てる。
人間の王国の中心部にいる臆病者たちは、ゼノンたちの強すぎる力を恐れて、危険度SSSの【未開の魔の森】へ実質的な決死任務として彼らを追放した。
つまり、普通の土地に家を建てれば、またどのような嫌がらせを受けるか分かったものではない。
「それについては、すでに完璧な場所を選定してある」
ゼノンは不敵に口角を上げた。
「人間の立ち入りが禁止されている、あの【魔の森】のさらに奥深く——その最深部だ」
「魔の森の、奥深く……ですか?」
「ああ。
千年前、私の前世の元部下であった植物系の四天王が、趣味の悪い盆栽や超希少な薬草を育てるために管理していた、隔離されたプライベートな菜園跡地がある。
あそこは現在も、当時私が施した最上級の防衛結界がそのまま生きている。
つまり、凶悪な魔獣はおろか、人間の羽虫どもが一歩たりとも足を踏み入れることのできない、世界で最も安全な『オアシス』なのだ」
普通の人類が聞けば、狂気の沙汰としか思えない提案だった。
世界中の冒険者が生きては戻れないとされる絶望の原生林。
その最深部に我が家を建てようなどと考えるのは、世界広しといえどもこの元魔王の男くらいのものだ。
「それは素晴らしいですわね!
あそこなら、誰にも邪魔されずにエルナをのびのびと遊ばせてあげられます」
だが、
隣にいる元聖女もまた、笑顔でその狂気に同意していた。
彼女にとっても、世界の常識よりも「家族の平穏」の方が遥かに重要だったのだ。
「ううん……パパ、ママ、お引越ししゅるの……?」
ベッドの上のクッションを抱きしめながら、小さなエルナがパチパチと目を擦りながら起き上がってきた。
「そうだエルナ。
これから、パパとママと一緒に、世界一大きくてかっこいいお家に引越しをするんだ。
そこには、エルナだけの特別なお部屋もあるぞ」
「わーい! エルナのお部屋! おっきいお家、いくー!」
エルナが両手を上げてベッドの上で飛び跳ねる。
家族の意見が完全に一致したところで、ゼノンたちは宿をチェックアウトし、街の住人たちに気づかれぬよう、一瞬の転移魔法で【魔の森】の最深部へとひとっ飛びに移動した。
視界が切り替わると、そこは王都の喧騒とも、先ほどの辺境都市の殺伐とした空気とも完全に隔絶された、神秘的な空間だった。
うっそうとした周囲の原生林とは異なり、ここだけは不自然なほどに広い平地が広がり、地面には柔らかな緑の芝生が敷き詰められている。
頭上を見上げれば、千年前の魔王の残滓たる魔力が淡い光の天蓋となって空間を覆い、陽の光を適度な温かさに調整して降り注いでいた。
常春の楽園。それが、この森の最深部に隠された元・菜園の姿だった。
「よし、では早速、我が家を建築てみるか」
ゼノンが広場の中心に進み出る。
彼は腕の中のエルナをリーゼロッテへと預けると、夜会服の袖を軽く捲り上げ、右手のひらを地面へと向けた。
(指南書『家族が喜ぶ間取りの基本』によれば、リビングは南向き、キッチンは妻が動きやすい動線を確保し、子供部屋には十分な採光が必要、だな……)
ゼノンの脳内で、完璧な設計図が瞬時に組み上がっていく。
元魔王が本気で放つ、物質生成および時空固定の超位魔法。
「顕現せよ、我が理想の礎——《深淵の離宮》」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
地鳴りとも、空間が鳴動する音ともつかない重低音が響き渡る。
ゼノンの手のひらから溢れ出た極黒の魔力の奔流が、地面の土や周囲
の空間の分子を瞬時に再構成し、瞬く間にカタチを成していく。
大理石の頑強な基礎が打ち込まれ、千年の時を経ても腐ることのない世界樹の最高級木材が、寸分の狂いもなく組み上がっていく。
広大なリビング、美しい螺旋階段、最新の魔導熱制御を備えたシステムキッチン、そしてエルナが走り回れるほどの広さを持つ子供部屋。
わずか数十秒。
世界最高の建築職人が何百年かけても不可能な、壮麗にして温かみのある、完璧な最高級木材の邸宅が、大自然の真ん中に一瞬にして出現した。
「すごーーいっ!! パパ、お家が一瞬で生えてきたぁぁぁ!」
エルナが目を輝かせてパチパチと拍手をする。
「お見事です、あなた。
これほど素晴らしいお家なら、毎日の生活が本当に楽しくなりそうですね。
……では、私も少しだけ、主婦としてのお手伝いをさせていただきますわ」
リーゼロッテが聖杖を優しく地面にコツン、と突いた。
彼女を中心に、眩いばかりの純白の神聖魔力が波紋のように広がり、ゼノンが建てた邸宅の周囲一帯を包み込んでいく。
聖級結界《至高の平穏》。
それは、
外部からのいかなる悪意、邪気、魔獣の侵入をも100%遮断し、内側の空間を常に最適な湿度と温度に保つ、絶対的な神の盾だった。
元魔王の防衛機構と、元聖女の絶対結界。
この二重のプロテクションが施された時点で、この場所は世界のどこの王宮よりも安全な、人類最高の難攻不落の要塞へと変わった。
「よし、エルナ。
新しい我が家だ。中に入ってみよう」
「はーい! エルナ、一番に入るの!」
小さな足をパタパタと響かせながら、エルナが新居の重厚な扉を開けて中へと飛び込んでいく。
人間の王国が彼らを亡き者にしようと送り込んだ絶望の地。
しかし最強家族にとっては、こここそが、誰にも邪魔されない最高の隠居生活のスタートラインとなったのだ。
第3章の第1話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
ついに新章がスタートし、最強家族の本格的な「ハウジング(拠点作り)」をお届けしました。どれほど過酷な環境であっても、ゼノンとリーゼロッテの手にかかれば一瞬で最高級のリゾート地へと変わってしまう圧倒的な無双感、楽しんでいただけましたでしょうか。
次回、第2話(※12話ではなく2話です)では、この新しいお家の敷地内に眠る、ゼノンの前世の「隠し金庫」を解凍します。しかし、千年の時を経てバグった古代の守護ゴーレムが起動してしまい……!?最強のパパによる、家庭用お掃除ロボットへのリフォーム無双をお楽しみに!
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