第10話:極上肉の帰還と、辺境の震撼
SSS級の魔の森から、わずか数時間で帰還したゼノン一家。
彼らが手土産として持ち帰ったのは、一国を滅ぼすに足る災厄級の魔獣《神鉄牙の大猪》でした。
傷一つない完璧な「食材」を前に、
辺境のギルドと解体師たちの常識が、今宵、根底から叩き潰されます。
どうぞ、おたのしみに
登録カードを手にしたゼノンたちは、
夕暮れに染まる辺境都市『ガルガ』の城門へと戻ってきた。
門を守る国境守備隊の隊長は、
彼らが五体満足で、
それどころか服に一筋の汚れすらつけずに戻ってきたのを見て、
幽霊でも見たかのように目を見開いた。
「き、貴様ら……生きて戻ったのか!?
あの魔の森に入って、わずか数時間で……!」
「ああ。
言っただろう、ただの買い出しだと。
ほら、エルナ、おじさんにバイバイしなさい」
「守衛のおじさん、バイバイ!
エルナね、
おっきいイチゴとおっきいお肉もらったの!」
エルナが小さな手を振ると、
隊長は「イチゴ……? 肉……?」と壊れた人形のように呟くだけだった。
あの地獄の原生林をただの果物狩り会場か何かと勘違いしている幼子の言葉に、
彼の常識は完全に崩壊していた。
ゼノンたちはそのまま、
昼間に大男を一人沈めた冒険者ギルド『ガルガ支部』の扉を再び押し開けた。
夜を迎え、
酒場を兼ねたギルド内は、昼間以上の熱気に包まれていた。
だが、
マントを羽織ったゼノン一家が姿を現した瞬間、
喧騒はピタリと止まり
、昼間の「怪現象」を目撃した荒くれ者たちが一斉に息を呑んだ。
「おい、
あのモヤシ親子、
本当に魔の森から戻ってきやがったぞ……」
「しかも傷一つねえ。
一体どうなってんだ……?」
ゼノンは周囲の囁きを完全に無視し、
怯えた表情で固まる受付嬢の前へと進み出た。
「新規登録のゼノンだ。
依頼の受注はしていないが、森で『少し大きな野良犬』を仕留めたのでな。
素材の買い取りと、ついでに解体をお願いしたいのだが、可能か?」
「は、はいっ!
素材の買い取りですね!
ギルドの裏手にある解体場へ直接持ち込んでいただければ、
専属の解体師が査定いたします!」
受付嬢が差し出した書類を受け取り、
ゼノンたちはギルドの奥にある巨大な解体場へと向かった。
そこは、
数々の魔獣の血と脂の臭いが染み付いた、無骨な石造りの広場だった。
中央には頑丈な鉄製の解体台があり、
そこには頑固そうな髭面の大男——
チーフ解体師のガロンが、巨大な包丁を研ぎながら不機嫌そうに待っていた。
「おいおい、
ギルド長から直々に『規格外の新人が行くから対応しろ』と叩き起こされてみれば、
ただの小綺麗なお上りさんじゃねえか。
魔の森の野良犬だと?
どうせそこらの角ウサギか、よくて牙狼の死体でも拾ってきたんだろ。
さっさと出しな、若造」
ガロンは鼻で笑いながら、
解体台をトントンと叩いた。
「ふむ。
では、ここに直接出させてもらおう。
少し手狭かもしれないが、我慢してくれ」
ゼノンは静かに右手をかざし、
空間収納の結界を解放した。
直後、
解体場の空間が文字通り『質量』によって埋め尽くされた。
ドゴォォォォォォォォン!!!
激しい地鳴りと共に、
解体台を一瞬で粉砕し、
石造りの床を大きく陥没させて現れたのは、
全長十メートルを超える鋼鉄の毛皮を纏った巨体。
そして、
その頭部から生える二本の禍々しい神鉄の牙。
「な……、ななな……、なあああああああああッッ!?」
ガロンが持っていた包丁を床に落とし、腰を抜かした。
その目は限界まで見開かれ、呼吸をすることすら忘れている。
「こ、これは……
《神鉄牙の大猪》……!?
しかも、
災厄級の、
SSSランクの個体じゃねえかッッ!?
なんでこんな化け物がここに、
いや、
なんで無傷なんだよ畜生ォォォ!!」
ガロンの絶叫が解体場に響き渡る。
彼の言う通り、
大猪の身体には、
剣で斬られた傷も、魔術で焼かれた痕跡も一切なかった。
それどころか、
毛並みは極上の絹のように整い、
肉の鮮度は今たった今仕留められたかのように最高品質を保っている。
「言っただろう、
肉の繊維を傷つけないように仕留めたと。
ローストビーフにするには、
この状態が一番素晴らしいのだそうだ。
なぁ、リーゼロッテ」
「ええ、
本当に見事な食材ですわ、あなた。
ガロンさん、申し訳ありませんが、
私たちが今夜食べる分
『特上のヒレとロイン』だけを今すぐ切り分けていただけますか?
残りの部位や神鉄の牙、
毛皮などはすべてギルドで買い取っていただいて構いませんので」
リーゼロッテが聖杖を片手に、
これ以上ないほど上品な微笑みを浮かべる。
「か、買い取るって……
こんなSSSランクの素材丸ごと、
うちの支部の予算が何年分あっても足りねえよ!!」
ガロンが頭を抱えて叫ぶ。
その騒ぎを聞きつけたギルド長が、慌てて奥の執務室から飛び出してきて、大猪の死体を見た瞬間にその場で卒倒した。
結局、
街中の高級宿の厨房を丸ごと一つ買い取る形で、
ゼノン一家の今夜の晩餐会が開催されることとなった。
最高級のスパイスと、
魔の森で採れた魔真実イチゴの特製ソース。
リーゼロッテが絶妙な火加減で焼き上げた大猪のステーキは、
口の中でとろけるほどの極上の味わいだった。
「パパ! ママ! このお肉、すっごく柔らかくて美味しいの!」
「ああ、エルナが喜んでくれて何よりだ。
王国を追放されて正解だったな。
あんな窮屈な場所にいては、これほど素晴らしい食材には出会えなかった」
ゼノンは、エルナの口元についたソースを優しく拭いながら、最愛の妻と微笑み合った。
彼らを亡き者にしようとした人間の王国の重鎮たちは、
今頃、ゼノンたちが一瞬で魔の森の生態系を破壊したという報告を受け、
さらなる恐怖にガタガタと震えていることだろう。
だが、そんなことは今の彼らにとってはどうでもいいことだった。
最強の夫と、最強の妻、そして愛らしい娘。
家族三人で囲む、誰にも邪魔されない最高の食卓。
それさえあれば、
この未開の辺境の地こそが、彼らにとっての至上の楽園なのだから。
(第2章 完結)
第10話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて第2章『侯爵の陰謀と、王国王都の大決戦(ならびに辺境ピクニック編)』が堂々の完結となります!
王国の陰険な罠(追放と強制任務)を、ただの「高級食材ハンティング」として完全にハックし、辺境都市のギルドをその圧倒的な格の違いで震撼させるゼノンたちの無双劇、楽しんでいただけましたでしょうか。
次回からの第3章では、この大猪の件で一躍「伝説の新人」として祭り上げられたゼノン一家が、魔の森のさらに奥深く、千年前の魔王軍の隠し遺産が眠るエリアへと拠点を広げ、本格的な「最強の隠居スローライフ」を切り拓く新展開へと突入します!
最強家族ののびのびとした無双ライフをこれからも応援したい、
エルナちゃんをもっと愛でたい!
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