第4話:神鉄穿つ一指
ゼノンの放った数パーセントの覇気により、王都の空間そのものが恐怖で凍りつきました。
魔法を無効化するはずの神鉄の巨兵がその動きを完全に止める中、最愛の家族の朝食を邪魔された元魔王が、静かにその絶対的な力を振り下ろします。
どうぞご覧ください。
「が、あ……、あ……」
鉄人の頭上から吹き飛ばされ、下水道の泥水に這いつくばったガルフォード侯爵は、見上げる空の異変に言葉を失っていた。
王都を蹂躙するはずだった古代禁忌魔導兵器《終末を告げる鉄人》が、まるで絶対的な捕食者を前にした小動物のように、その巨躯をガタガタと震わせて硬直している。
ベランダに立つ漆黒の夜会服の青年——ゼノンが放つ、目に見えるほどの濃密な闇のオーラが、王都中の光を吸い尽くしていく。
「馬鹿な……! あの鉄人はあらゆる魔法を無効化する神鉄の塊だぞ!? なぜ、ただの威圧だけで動きを止めておるのだ……!」
「無効化、か。聞き飽きた寝言だな」
ゼノンはベランダの縁から静かに空中へと一歩を踏み出し、そのまま重力を無視して、鉄人の胸部の前にまでゆっくりと浮遊した。
「あらゆる魔術を吸い尽くすということは、すなわち、許容量を超えたエネルギーを注ぎ込めば内側から破裂するということだ。千年前の魔導師どもは、まったくその程度の算術もできなかったのか?」
ゼノンは退屈そうにつぶやきながら、右手のひらを鉄人の胸部へと向けた。
神鉄の装甲が、ゼノンの手に宿る規格外の魔力を吸い上げようと、パチパチと不気味な火花を散らす。だが、その吸収速度を遥かに上回る狂気的な密度の質量が、ゼノンの手のひらから溢れ出していた。
極大消滅焔の圧縮反転術式——《深淵の崩落》。
「消えろ。我が家の食卓に、これ以上泥を塗るな」
ゼノンが手のひらを軽く押し当てた、その瞬間。
爆音すらも置き去りにする、完全な『無音の衝撃』が王都を駆け抜けた。
パリィィィィィィン!!!
鉄人の巨大な胴体に、まるでガラスが割れるかのような亀裂が無数に走り、次の瞬間、数十メートルの巨体が内側から放たれた極白の光によって完全に消滅した。
破片の一片すら残らない。神鉄の絶対耐性ごと、その存在を理から力技で削除されたのだ。
光の残滓が夜空に消え去り、後に残されたのは、巨大な何かがそこにあったという事実を示す、抉られた大地のクレーターだけだった。
「ひ、ひいいいいい……っ!!」
下水道の泥の中でそれを見ていたガルフォード侯爵は、あまりの次元の違いに精神が崩壊し、ただただ悲鳴を上げながら白目を剥いて気絶した。今度こそ、彼の野望も、戦力も、社会的地位も、すべてが完璧に消滅したのだ。
「ふむ。夜会服が汚れなくてよかったな」
ゼノンは優雅に空中を歩き、リーゼロッテが待つベランダへと着地した。
「お見事です、ゼノン様。……でも、少しだけやりすぎではありませんか? 国軍の兵士たちが、みんな腰を抜かして拝み始めていますよ」
リーゼロッテが苦笑しながら聖杖を収める。見渡せば、公爵邸を包囲していたはずの国軍の精鋭たちは、全員が武器を投げ捨て、ゼノンに向かって涙を流しながら祈りを捧げていた。
「気にするな雑音は片付いた。さあ、リーゼロッテ、エルナの元へ戻ろう。スープが冷めてしまう」
「ええ、そうですね、あなた」
ふたりは微笑み合い、何事もなかったかのように食堂へと戻っていった。
王都の崩壊を賭けた大決戦は、元魔王の『朝食の片付け』によって、わずか数分で完全決着を迎えた。
しかし、この信じがたい光景を王城の水晶球越しに見ていた国王と重鎮たちの顔は、死人のように真っ青に染まっていた。
第4話をお読みいただきありがとうございます。
魔法無効化の古代兵器を、文字通り「エネルギーの過剰摂取」で内側から消滅させるという、ゼノンらしい理不尽な無双をお届けしました。
王都の危機を救った最強夫婦。しかし、その強すぎる力を見た王国の偉い人たちは、いよいよ「この夫婦を国に置いておくわけにはいかない」と本格的な恐怖を抱き始めます。次回、第5話からは、物語が『王国追放』に向けて一気に動き出す展開となります。どうぞお楽しみに!
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