第2話:包囲された公爵邸
王都の地下から這い出した古代禁忌魔導兵器《終末を告げる鉄人》。
その巨体が引き起こす地鳴りは、ゼノンたちの穏やかな朝食の時間を確実に侵食し始めていました。
王都がパニックに陥り、公爵邸がその騒動の渦に巻き込まれる中、最強の夫はどこまでも「家族の日常」を優先します。
ズ、ズズズズズン……。
地響きは、確実にその大きさを増していた。
窓の外からは、遠くの街区で建物が瓦礫と化して崩れ落ちる轟音と、平民たちの悲鳴が風に乗ってかすかに聞こえてくる。
「パパ、おそとがなんだかゴロゴロいってるの……?」
エルナが小さな両手でクロワッサンを握りしめたまま、不安そうにゼノンを見つめた。
ゼノンは即座に表情を和らげ、娘の白金の髪を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、エルナ。
ただの、少し大きなノックの音だ。行儀の悪いお客が来ているだけだからね」
「おぎょうぎ、わるいの……?」
「ああ。だから、パパが少し『お留守番のルール』を教えてあげる。
エルナはここで、ママと一緒に美味しいクロワッサンを食べていなさい」
ゼノンは立ち上がり、ナプキンを静かにテーブルへと置いた。
その一連の動作には、焦りも狼狽も一切ない。ただ、せっかくの家族の時間を邪魔されたことへの、深い、冷徹な不快感だけが彼の輪郭を鋭く尖らせていた。
「ゼノン様、私も行きますわ」
リーゼロッテが聖杖を手に、凛とした表情で立ち上がる。
「あの揺れ……ただの魔獣ではありません。
街の結界が外側からではなく、内側の地下から強引に引き裂かれています。王都の防衛隊だけでは、一瞬で圧殺される規模の魔力です」
「分かっている。
ガルフォードの羽虫が、死に際に見苦しく何かを掘り起こしたようだ。だがリーゼロッテ、君が動く必要はない。君はここで、エルナのスープが冷めないように温めておいてくれ。私が一瞬で『外のゴミ』を片付けてくる」
「……いいえ、私も行きます。
我が家の朝食を台無しにされたのは、私も同じですもの」
リーゼロッテの瞳にも、静かな、しかし確かな「怒り」の炎が灯っていた。
聖女としての正義感ではない。
純粋に、夫のために心を込めて焼いたステーキの時間を邪魔されたことに対する、極めて個人的で、正当な主婦の怒りだ。
「そうか。では、ふたりで行こう」
ゼノンは微笑み、書斎から一冊の恋愛指南書『夫婦で行う共同作業のすすめ』を取り出すと、パラパラとめくった。
【項目45:困難にふたりで立ち向かう姿は、互いの愛をより強固なものにする】
「完璧な格言だな。よし、エルナ。少しだけ席を外すが、お行儀よくしているんだぞ」
「はーい! パパ、ママ、いってらっしゃい!」
エルナに見送られ、ふたりは公爵邸のベランダへと出た。
外を見渡せば、すでに公爵邸の周囲は、避難してきた平民たちと、事態を「魔王の反乱」と勘違いして包囲網を敷こうとしている国軍の生き残りたちでごった返していた。
そしてその向こうから、王都の建物をチェスの駒のように薙ぎ倒しながら、数十メートルに及ぶ漆黒の金属巨兵が、その赤い眼光を怪しく光らせて直進してくる。
「ガハハハハ!
ゼノン様! リーゼロッテ様! あの不格好な鉄の塊が、我が主のマイホームを踏み荒らそうと迫っておりますぞ!」
どこからともなく、四本の腕を振り回しながらバロールが屋根を伝って現れた。
「バロール、うるさい。声のボリュームを下げろと言っているだろう。エルナの耳に障る」
ゼノンは冷ややかにバロールを一瞥すると、隣のリーゼロッテと視線を交わした。
包囲する国軍の兵士たちが、巨大なロボットと元魔王のふたつの恐怖に挟まれてガタガタと震える中、最強夫婦による「朝食の片付け(世界救済)」の幕が上がる。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
物語の章が進み、ついに巨大な古代兵器との対峙となりました。
周囲が大パニックに陥る中、ゼノンとリーゼロッテの怒りの矛先が「朝食のステーキの時間を邪魔されたこと」にあるという、ブレない夫婦のコンビネーションを楽しんでいただけましたでしょうか。
次回、第3話では、この巨大な鉄人を前に、ゼノンとリーゼロッテがどのような「共同作業」で見事なざまぁを執行するのか、怒涛の無双展開をお届けします。どうぞお楽しみに!
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