第1話:侯爵の次なる一手
皆様の熱い応援のおかげで、物語は第2章へと突入します! 家族の絆をさらに深めたゼノンたち。
しかし、社会的抹殺を突きつけられ、後がなくなったガルフォード侯爵は、捕縛の網をすり抜けて最後の、そして最も狂気的な暴挙へと打って出ます。王都を揺るがす大決戦の幕開けです。
どうぞご覧ください。
翌朝。
王都の全広場にバラ撒かれた証拠書類により、社交界のみならず平民の間でも、ガルフォード侯爵の悪逆非道っぷりは一瞬にして知れ渡ることとなった。
当然、王宮からは即座に侯爵の捕縛命令が下り、全財産の没収と極刑の準備が進められていた。
……しかし、肝心のガルフォード侯爵の身柄は、もぬけの殻となった侯爵邸からすでに消え失せていた。
「ハァ……ハァ……! あの、化け物どもが……っ!」
王都の地下深くに張り巡らされた、古びた下水道の隠し通路。
冷たい泥水を跳ね上げながら、ガルフォードは狂気と憎悪に歪んだ顔で走っていた。
衣服は汚れ、名誉も財産もすべて失った。だが、その手には一つだけ、彼が長年誰にも明かさず秘匿してきた漆黒の魔導鍵が握りしめられていた。
「ただで死ぬものか……。
私をここまで貶めた魔王も、聖女も、そして私を見捨てたこの王国も! すべて道連れにしてくれるわ!」
ガルフォードが辿り着いたのは、下水道の最深部にある、巨大な鉄格子の扉だった。
そこは、王国の建国期に「あまりの凶悪さゆえに封印された」とされる、禁忌の地下遺跡。
彼は震える手で魔導鍵を扉の祭壇へと突き立て、自らの血を注ぎ込みながら、狂ったように詠唱を始めた。
「目覚めよ、古代の神鉄! すべての魔力を喰らい、天を衝く災厄の器よ! 我が命のすべてを糧に、あの忌々しい王都を、魔王ごと踏み潰せ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
地下深くから、王都の地盤そのものを揺るがす不気味な地鳴りが響き渡る。
遺跡の奥に眠っていた、全長数十メートルに及ぶ漆黒の金属巨兵——古代禁忌魔導兵器《終末を告げる鉄人》の巨体が、千年の眠りを経て、その禍々しい赤い眼光を点灯させた。
一方、そんな王都の崩壊危機など露知らず、ベルシュタイン公爵邸の食卓は、いつも通りの穏やかな光に包まれていた。
「はい、エルナ。焼き立てのクロワッサンだ。
パパ特製の、表面のカリカリ度を魔法で均一に固定したものだよ」
「わーい! カリカリおっきい! パパ、だーいすき!」
エルナは両手で器用にクロワッサンを掴むと、小さな口で美味しそうに頬張った。
隣では、リーゼロッテが約束通り、いつもより少しだけ火加減に気をつけて焼いた絶品のステーキをゼノンの皿へと切り分けている。
「どうですか、ゼノン様。今朝は焦げていませんよ?」
「素晴らしい。やはり君の手料理は世界一だ。
この肉の繊維一つ一つに、君の愛情という名の魔力が——」
ズ、ズズズズズン……。
ゼノンが極上の食レポを披露しようとしたその瞬間、食卓の上のスープ皿が、不穏に細かく震え始めた。
ただの地震ではない。遠くから、何かが街の地面を踏み荒らしながら近づいてくるような、不気味で重厚な振動だ。
「……あら? 何かしら、この揺れ。結界の外で、何か大きなものが動いているみたいですけど……」
リーゼロッテが不思議そうに窓の外へ視線を向ける。
ゼノンはスープスプーンを持ったまま、わずかに片方の眉を動かした。
彼の網膜に投影された超広域探知魔法《深淵の眼》には、王都の地下から這い出し、建物をなぎ倒しながらこちらへと直進してくる、趣味の悪い巨大な鉄の塊がハッキリと映っていた。
(……やれやれ。せっかくの、リーゼロッテが焼いてくれた最高のステーキだというのに。我が家の優雅な朝食の時間を邪魔する害虫が、まだ生き残っていたようだな)
ゼノンは静かにスプーンを置き、ナプキンで優しく口元を拭った。
最愛の妻の手料理と、愛娘の笑顔。それを邪魔する者は、神であろうが古代兵器であろうが、元魔王の前に現れた時点で、その運命は「塵」になることしか残されていなかった。
第11話をお読みいただきありがとうございます。
第2章の幕開けは、後がなくなったガルフォード侯爵による、まさかの古代魔導兵器の起動という大トラブルです。王都中がパニックに陥る中、ゼノンにとっては「せっかくの朝食を邪魔された」という怒りの方が勝っているのが、いかにも彼らしいところです。
次回、第12話は、この巨大な兵器を前に王都の防衛隊が壊滅する中、ゼノンが「朝食の片付けのついで」に、片手で出陣する様子を描きます。怒れる元魔王の、規格外の戦闘準備をお楽しみに!
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