第6話:仕掛け人の誤算
暗殺者たちの魂を容赦なく奈落の底へと叩き落としたゼノン。
一方で、まだ己の優位を信じて疑わない黒幕・ガルフォード侯爵の元へ、奇妙な『沈黙』が届き始めます。最強夫婦がじわじわと包囲網を狭めていく、では逆襲の第二段階が幕を開けます。
「……どういうことだ。まだ何の報告も無いとは」
ガルフォード侯爵は、自室の豪奢な革椅子に深く腰掛け、不機嫌そうに爪を噛んでいた。
聖女リーゼロッテを公爵邸から追い出してから、丸一日が経過している。計画が成功していれば、今頃王都の社交界は「聖女、魔王の浮気に涙の決別」という特大の醜聞で持ち切りになり、ゼノンの社会的信用は失墜しているはずだった。
何より、現場に放った隠密暗殺部隊からの定期連絡が、昨夜の深夜を境に完全に途絶えている。
「まさか、あの小娘(聖女)の身柄を確保する段階で色気でも出したか?
それとも、あの元魔王に勘付かれでもしたのか……?」
いや、それはない、とガルフォードはすぐに首を振って己の疑念を否定した。
今回の計画に使用した魔導鏡と偽造書類は、現存する最高峰の鑑定士でも見破れない一級品だ。
どれほど規格外の武力を持っていようとも、恋愛沙汰の裏切りを突きつけられれば、人間関係など一瞬で崩壊する。
「報告を怠るとは、あの野良犬どもめ。戻ったらただでは済まさんぞ」
ガルフォードが忌々しげに呟いた、その時だった。
カツン、と。
部屋の防音結界を無視して、小気味良い靴音が室内に響いた。
「誰だ!? 許可なく入るなと言ったはず——」
ガルフォードが怒鳴りながら扉へ視線を向けた瞬間、彼の言葉は喉の奥で凍り付いた。
そこに立っていたのは、純白の聖衣に身を包み、変わらぬ神聖な輝きを放つ聖女リーゼロッテ。
そしてその隣には、仕立ての良い漆黒の夜会服を完璧に着こなした夫、ゼノンが平然と腕を組んで佇んでいた。
「ごきげんよう、ガルフォード侯爵。夜分遅くにお邪魔してしまって、ごめんなさいね」
リーゼロッテは、これ以上ないほど淑やかな、しかし一切の温度を感じさせない完璧な「聖女の微笑」を浮かべていた。
「き、貴様ら……なぜ、ここに……っ!? それに、なぜ二人で……」
ガルフォードの顔から血の気が引いていく。
別居したはずの二人が、なぜ手を取り合って自分の最高警戒区域である執務室に侵入しているのか。結界の警報すら鳴っていない。
「不思議そうな顔をしているな、侯爵」
ゼノンが一歩、前に出る。
その瞬間、ガルフォードは心臓を冷たい手で直接掴まれたかのような錯覚に陥った。
ゼノンの背後に見える景色が、まるで蜃気楼のように歪んでいる。彼が放つ不可視の魔圧だけで、侯爵邸を支える強固な建築魔法がパキパキと音を立てて軋み始めていた。
「貴様が手配した五匹の犬なら、もう私の『庭』の肥やしにした。一滴の血も流さず、非常に綺麗な抜け殻にしてな」
「っ……あいつらを、一瞬で……!?」
「それよりもだ」
ゼノンは懐から、あの『完璧に捏造された密会映像』が流れる魔導鏡を取り出し、ガルフォードの机の上にコン、と置いた。
映像の中の偽ゼノンは、今もなお令嬢と抱き合っている。
「これを作った魔導師のセンスを疑うな。私の顔を模倣するにしては、あまりにも覇気が足りない。
それに、この抱き寄せ方だ。
指南書『愛を深める密着の極意』によれば、最愛の女性を抱くときは、肋骨の強度を魔法で計算しつつ、心臓の鼓動が重なる角度で優しく包み込まねばならん。
この映像の男は、ただ雑に型に嵌めているだけだ。不快極まりない」
「は……? し、指南書……?」
あまりにも圧倒的な威圧感から放たれた、あまりにもズレまくった純粋なダメ出しに、ガルフォードの思考が完全に停止する。
「つまりね、侯爵」
リーゼロッテが聖杖を床にコツンと突いた。
その瞬間、ガルフォードの部屋の四方に、眩いばかりの聖級結界が展開され、外部への通信や逃走経路が完全に遮断される。
「私たちの絆は、そんな安っぽいオモチャで壊せるほど、ヤワじゃないってことです。……さて、我が家の大事な時間を無駄にしてくれたお礼を、たっぷりお支払いさせていただけますか?」
聖女の背後に浮かび上がる、かつて見たこともないほど攻撃的な神聖魔力の奔流。
そして、その隣で静かに指先を鳴らす元魔王。
ガルフォード侯爵は、自分が突いた『逆鱗』の正体が、世界を何回滅ぼしてもお釣りがくるほどの化け物夫婦であったことを、ついに最悪の形で理解し始めた。
第6話をお読みいただきありがとうございます。
暗殺者の沈黙に焦る侯爵の元へ、まさかの「ラブラブな状態」で直接カチコミをかける最強夫婦を描きました。
ゼノンの相変わらずな指南書ベースのダメ出しと、リーゼロッテの容赦ない聖級結界のコンビネーション、楽しんでいただけましたでしょうか。
次回、第7話はいよいよガルフォード侯爵への本格的な裁き(ざまぁ)が執行されます。
しかし、追い詰められた侯爵もただでは起き上がらず、王国の闇を動かそうと足掻きます。
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