第5話:深淵からの這い出(はいで)る者
我が家の平穏を脅かした虫どもへの、容赦なき駆除が始まります。
ゼノンの静かな怒りが形を成すとき、王都の闇に潜む者たちは、本当の地獄をその身で知ることになります。元魔王の、慈悲なき一歩をどうぞご覧ください。
王都の喧騒から隔絶された薄暗い路地裏。
ガルフォード侯爵に雇われ、リーゼロッテの元へ偽りの証拠を届けた隠密暗殺部隊の五人は、影に潜みながら安堵の息を漏らしていた。
「任務完了だな
。聖女は泣き崩れ、公爵邸を飛び出した」
「どれほど無敵の男だろうと、所詮は人の子。
内側から崩してやれば脆いものよ。くくく……」
だが、リーダー格の男が下卑た笑みを浮かべた、その瞬間だった。
ピキリ、と。
夜の空間そのものに、目に見える『亀裂』が走った。
「な……に……っ!?」
暗殺者たちの身体が、突如として超重力に押し潰されたかのように、その場に縫い付けられる。指一本、声一つ発することすら許されない絶対的な階位の魔圧。
路地裏のコンクリートから、じわりと、どす黒い漆黒の泥が滲み出し、異様なまでの悪臭と、生温かい死の風が吹き荒れた。
「我が家族の領域を汚した対価だ。タダで死ねると思うなよ」
闇の奥から響く、冷徹極まるゼノンの声。
それと同時に、暗殺者たちの足元の泥から、ドロリと「それら」が這い出てきた。
それは、前世の魔王城の最深部、生者の立ち入りを拒む奈落に棲まう地獄の眷属——『魂喰らい(ソウル・イーター)』。
人間の頭骨を歪に引き伸ばしたような顔面に、粘つく黒泥で形成された無数の細長い腕。眼窩からはドロドロとした紫色の怨炎が吹き出し、耳を劈くような、しかし誰の耳にも届かない精神的な狂気の叫び声を上げていた。
「ギチ、ギチギチギチギチ……ッ!!」
眷属たちは歓喜に身を震わせ、身動きの取れない暗殺者たちの胸元へ、その細長い爪を突き立てた。
物理的な肉体は傷つけない。彼らが掴み取ったのは、暗殺者たちの『魂』そのものだった。
「が、あ……ッ!? あ、あああああああッ!!」
声にならない絶叫が暗殺者たちの脳内を狂わせる。
眷属の泥の手によって、肉体からズルリと引きずり出された魂は、恐怖に歪んだ彼ら自身の形をしていた。
眷属たちはその魂の四肢を掴むと、生きたままバリバリと音を立てて引き裂き、その裂け口から滴る精神の髄を、耳まで裂けた口で貪り食っていく。
一切の慈悲はない。
魂を喰らわれるという、死以上の絶対的な絶望と激痛が、暗殺者たちの意識を極限まで苛む。
やがて、その魂が最後の一片まで眷属の胃袋へと収まったとき。
ドサリ、と。
五人の暗殺者たちは、同時に地面へと崩れ落ちた。
衣服には一箇所の乱れもなく、皮膚には一滴の血も、一筋の傷すらもついていない。
ただ、その目蓋の裏の瞳だけは、言葉にできない恐怖に収縮したまま完全に濁りきっている。
外傷は皆無。しかし、二度と目覚めることのない完璧な『抜け殻』となった肉体だけが、冷たい路地裏に転がっていた。
空間の亀裂が閉じ、禍々しい眷属たちも泥と共に奈落へと消え去る。
「まずは五匹。……次は、その糸を引く飼い主の番だ」
闇の中に消えていくゼノンの足音だけが、静かに響いていた。
第5話をお読みいただきありがとうございます。
家族の平穏を脅かした者たちへの、魔王ならではの容赦なき、そして禍々しい処罰を描きました。肉体ではなく魂を弄る地獄の眷属の恐ろしさ、楽しんでいただけましたでしょうか。
次回、第6話はいよいよ、この報せを受け取ったガルフォード侯爵の陣営がパニックに陥り、さらなる暴挙へと突き進む展開となります。
怒れる最強夫婦の逆襲はまだ始まったばかりです。
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