第二十九話 おっさん、念話で抱く(二人目)
こんにちは。フリージア・アルベルデ・ド・リューセックです。序列三位の精霊騎士をやってます。
今日はハンゾーの話をします。精霊教会を救った異世界の英雄、モチヅキ・ハンゾーの話を。
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シェルーブルの都に滞在していた、最後の数日間。
あまりにも色々なことがありました。
オルマール卿とハンゾーの対立。ワイバーン戦による決闘と、ハンゾーの鮮やかな大勝利。そしてオルマール卿の恭順。
ドゥーロン大司教猊下とハンゾーの対面、伝説の英雄とも互角に渡り合うハンゾーのすごさ。ハンゾーを精霊教会の盟友と認める、大司教猊下の宣言。
そして――精霊教会の根底をひっくり返すような大事件となった、あの宴。
衝撃でした。
まさか『やつら』の手が、精霊教会の大本山である大聖堂にまで伸びてくるなんて――しかも模範的な精霊騎士であった、序列二位のワーテンロー卿が、『やつら』に身体を乗っ取られてしまうなんて――
ハンゾーが示した冷静な態度と、すかさず大司教猊下が出した的確な指示がなければ、混乱は今でも続いていたかもしれません。
事後の処理は大変でした。
大司教猊下を筆頭に、わたしはもちろんオルマール卿なども。事件を丸く収め、事の詳細を外に漏らさないようにするため、四方八方を駆けずり回ったものです。
詳細は省きますが――目論見はなんとか成功しました。
余計な混乱を招かないためにも、まだ『やつら』のことは世間に伏せておきたいのです。
もっとも、いつまで伏せておけるかは怪しくなってきましたが。ワーテンロー卿ですら『やつら』の手に落ちていたとなれば、ヒトに化けた『やつら』が市井のあちこちに潜んでいてもおかしくないわけです。
状況は最悪です。
世界の危機を察し、禁呪を用いて異世界よりハンゾーを呼び出したまでは良かったのですが……いえ、ハンゾーとの付き合いには大変な苦労もありますが、それはともかくとして――
どうやら先を急がねばならないようです。
世界の危機は、まさに目の前まで迫っています。一日でも早く何とかしなければ。
でも――どうやって?
大司教猊下ですら、その知恵は持ち合わせておられません。そもそも猊下は多忙すぎて、シェルーブルの都を離れることができません。それゆえ、比較的自由に動けるわたしがあれこれ対処に当たっているのですが――
正直、まったくわかりません。
この難局を、どうやって乗り切っていけばいいのか、将来を見通すことができないのです。
ああ――こういう時、ハンゾーであればどうするのでしょう?
どんな時も平然とした態度を崩さず、想像もできないことを平然とやってのけるあの男であれば。一体どんな方針を採るのでしょうか……?
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『人だ』
シェルーブルの都、海沿いの屋台街。
すっかりお馴染みになった店で、俺はひとり酒を飲んでいる。
『何はなくともまずは人。人がいなくちゃ何も始まらん』
『……いやー。キミだったら一人でなんとかしそうだけどね』
念話を通して苦笑するのは、リース・カレルノ・ストラルブーン――大図書館の主、俺の忠実な女であるところの大魔術師だ。
『ハンゾー。キミの実力があれば、正直なところほとんどあらゆることができるはずだ。遠回りな手段を採らず、もっと直接的なやり方で世界を救ってみてはどうだい?』
『そいつは違うぞリース』
火竜苺の火酒で一杯やりながら、俺は否定する。
『人は城、人は石垣、人は堀――俺が暮らしていた世界の偉大な武将が好んで使った言葉だ。ひとりで何でもやれる、なんてのは驕りでしかない』
『そうかなぁ? ボクはキミの力を控えめに評価した上で言ってるつもりだけどね』
『そもそも救世主なんてのは毒なんだよ。仮に俺がひとりで世界を救ったとして、俺がいなくなった後はどうなる? ひとりの英雄に寄って立つ世界は、遠からず崩壊するもんだ。そうならないためにも、俺はいろいろ考えて骨折りしているつもりだぞ』
『……キミの配慮には恐れ入るよ。いやはや、まったくもって仰るとおりだ。キミは英雄としてだけでなく、賢者としての器も持ち合わせているらしい』
『俺はただの忍者だよ。それ以上でもそれ以下でもない』
マミール貝のぶどう酒蒸しにむしゃぶりつきながら、俺は言う。
スパイスを強めに利かせ、火はレアめに通してある。店の親父は俺の好みをよくわかっている――それと同時に、余計な会話を俺が好まないことも親父は知っている。
常連になるべきはこういう店だ。
場末の安酒場だが、次にこの都を訪れる時はまた訪れたい。
『いずれにせよ人だ。有能な人材の登用と、その運用。世界を救いたいならそれに限る。安易な近道はけっきょく遠回りになるのがオチだからな』
『……キミは本当に合理的だよハンゾー。恐ろしいほどに、そして清々しいほどにね。見事としか言いようがない』
『リース、もちろんお前も俺が言う”人”のうちに入っているぞ。それもとびきり頼りになる部類のな』
『光栄だね。ボクがキミの女であることも忘れてもらっちゃ困るけど』
『もちろんだ。お前が望むなら、今夜もきっちり可愛がってやるつもりだが』
『ありがたい。ボクはもうキミなしではいられない身体だからね』
『代わりといっちゃなんだが、誰か心当たりはあるか?』
『というと?』
『俺が次に会うべき人材。地下深くの大図書館にいながら、世界を見通しているお前なら、誰かしら候補を選び出せるだろう。俺はお前を頼りにしてるんだ』
『そう言われるとボクも張り切ってしまうね。もちろん心当たりはあるとも――ハンゾーは以前、モウリンズの街で傭兵の知己を得た、と言っていたね』
『ああ。”鯨飲みのザークゼン”だな』
『彼の所属する傭兵ギルドの主。傭兵王ウルノーブルを訪ねてみてはどうだろう』
『優秀なのかそいつは?』
『とびきり優秀だとも。大陸のあちこちに散って勢力争いをしていた傭兵たちをまとめ、ひとつの組織に作り替えたのは、間違いなく傭兵王の功績さ』
『ほほう』
『そして何より傭兵王は、伝説の七英雄のひとりに数えられている。近ごろは裏方に引っ込んで、あまり表には出てこないようだが――傭兵という職業柄、ハンゾーとはウマが合う相手なんじゃないかな』
なるほど。
いいことを聞いた。
傭兵王ウルノーブル――会ってみる価値はありそうだ。久しぶりに鯨飲みのザークゼンと飲み比べでもしつつ、あいつの親玉と接触してみるか。
『ところでハンゾー』
『ん? どうしたリース。夜のお相手はもう少し先だぞ』
『それも楽しみなんだけど、実はキミに紹介したい人がいる』
『お前の両親か? 悪いが結婚には興味がないぞ』
『――そのような無粋な話題は持ち出しませんわ、ハンゾー様』
……ん?
おや? 念話に割り込んできた、この聞き覚えのある声は。
『……オルレアナか?』
『はいハンゾー様。あなたの女、オルレアナ・マーセイユ・ド・リューセックです』
こいつは驚いた。
念話は確か、リースしか使えないユニークスキルじゃなかったか?
『愛の力ですハンゾー様』
誇らしげな声でオルレアナが言う。
『わたくしあなた様とお会いしたい一心で、念話を体得いたしました。これで身体は遠く離れていても、心はずっとお側にいられます』
『泣きつかれてしまってね』
呆れた様子のリースの声。
『ハンゾー様に今すぐ会いたい、せめて話をしたい、できないなら宰相をやめて出奔する――とかなんとか。彼女が宰相をやめたら国が立ちゆかないからね、渋々ながら教えたら本当に念話を使えるようになってしまった。どうせ挫折すると高をくくってたんだけど』
『愛の力ですよ、バーゼイルの凶獣ことリース・カレルノ・ストラルブーン。大賢者たるあなたの教え方が良かったおかげで、わたくし念話を覚えることができました』
『教えたからって使えるものじゃないんだけどね……まあフリージアを見てもわかるとおり、リューセック王家の人間に才能があるのは確かなんだけど』
いいじゃないか。
俺はほくそ笑む。
歩く大図書館たるリースだけでなく、バーゼイル王国の宰相たるオルレアナとまでホットラインが繋がったことになる。
必要な物資の要請、軍事や政治の指揮、各種報告の効率化。メリットは計り知れない。
いやはや。
俺の女たちはそろいもそろって優秀で、なおかつ忠実。いろいろ捗ってしまうな、この先は。
『話はわかった。この状況を俺は歓迎する。オルレアナにリース、お前たちの努力と結果に免じて、今夜は徹底的に楽しませてやろう。ふたりまとめてな』
『えっ。それはつまり、ボクとハンゾーと宰相の三人で……ってことかい?』
『それはそれで刺激的……ですわね』
『話が早い女は好きだ。さっそく始めるぞ』
『やんっ、そんな強引な……でもそんなところも好きだよハンゾー……』
『ハンゾー様、わたくしご無沙汰ですから昂ぶっております。今夜は寝かせませんよ?』
†
……やれやれ。
ふたり同時にたっぷりと楽しませるとなれば、今夜は宿に戻れそうもないな。
まあ今夜はシェルーブルの都での最後の夜になる。一風変わった一夜を楽しむということで、よしとしようか。




