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第三十話 おっさん、ワイバーンに勝利する


 シェルーブルの都でやるべきことはやった。


 今日、俺は新たな旅に立つ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日、早朝。


「ハンゾーさん……自分、さみしいっす」


 俺を見送りに来たオルマールは涙ぐんでいる。


「シェルーブルの都は、いつでもあなたを歓迎するっす。好きな時にいつでも戻ってきてくださいっす。本当なら自分もハンゾーさんについていきたいっすけど……」


「お前には色々やってもらいたいことがあるからな」


 オルマールの肩を叩いて俺は言う。


「優秀なワイバーンの乗り手たるお前には、大陸中を駆け回ってもらう必要がある――俺の手足として様々な情報を集めてくるんだ。期待してるぞ?」


「もちろん、その点は任せてくださいっす。ハンゾーさんのために自分、全力を尽くすっす」


「困ったものだな、オルマール卿よ」


 口を挟んだのはドゥーロン大司教だ。


「無論、ハンゾーが貴公に依頼した件は、精霊教会が認めるれっきとした公務ではあるが。忠誠の対象をはき違えてもらっては困るぞ? 貴公は何よりもまず、精霊騎士なのだから」


「も、もちろんです大司教猊下! ただ――」


「いや、わかっておる。儂の言い方が意地悪であった。ハンゾーの力になることは精霊教会を、ひいては大陸全土を利することでもある。存分に働くがよい。ところで――」


 大司教が俺を見る。


「ハンゾーよ。傭兵王ウルノーブルと会うに際して、本当に紹介状は要らぬのか?」


「要らない」


 俺は首を横に振る。


「相手側に余計な先入観を持たれたくないからな。小細工なしで会ってみるさ。それでお互いを気に入るかどうかは出たとこ勝負だ」


「ふむ。その胆力は見事である」


 大きくうなずいてから、大司教は俺に耳打ち。


「本当の本当によいのかハンゾー? こっそり裏から手を回しておいた方がよいのではないかの? ワシ、そういうの得意なんじゃが」


「要らんよ。人間の関係ってやつは、何もないところから始めてこそ最も深い関係になるもんだ。根回しをしておけば確かに話は早いが、けっきょく遠回りにもなりかねない。急がば回れ、ってな」


「ふうむ……確かにそれもまた真なり、か」


「あんたの心遣いには感謝する。いずれ頼ることもあるだろう。その時はよろしくな、ドゥーロン大司教」


「お主、根っからの英雄気質じゃのう……まったくもって行く末が楽しみな男じゃわい。期待しておるぞ?」


「まあ俺の気が向いてるうちは、せいぜい働くとするさ。仕事あっての忍者だからな」


「お主は本当に奥ゆかしいのう……精霊教会をあげて送別の式典を執り行うと申し出たのに、あっさり断りおるし。この大陸に生きる者にとっては大変な名誉だというのに」


「忍者がそんなに目立ってどうする。ただでさえ俺は目立ちすぎてるからな、オルマールとあんたに見送られればそれで十分だ」


「重ねて奥ゆかしい男よ。ワシ、お主のことが好きになってきたわい」


「すまんな大司教。俺は女にしか興味がないから、あんたを抱いてやれない」


「――うわっはっは! 受け答えがいちいち痛快じゃのうお主は!」


 気持ちよさそうに大笑する大司教だった。


 さて。


 あいさつはこんなところでいいか。


「そろそろ出発するか。いくぞフリージア」


「…………」


「ん? どうしたフリージア?」


 銀髪紫瞳のエルフは、うつむいたまま動こうとしない。


 ……ま、さっきからしょぼくれた顔をしてるのは分かっていたが。


「あの、ハンゾー」


 暗い声でフリージアは言う。


「わたし、あなたについていって良いのでしょうか」


「なぜそう思う?」


「だってわたし、あなたの役に立ててる気がしない……あなたは何でもひとりでやれてしまうし、わたしがそばにいる意味がないんじゃないかと……」


 ふむ。


 まあわからんでもない。


 シェルーブルの都では、俺もそこそこやりたい放題だったからな。


 反面、ここへ来る前のフリージアは浮き浮きした様子だった。察するに、ホームグラウンドのシェルーブルでは、自分のアドバンテージを発揮して、俺のマウントを取れると思っていたんだろう。


 浅はかではある。


 だが私心のない浅はかさは、いわば若気の至りの功名心だ。それを許せないほど俺は心の狭い男じゃない。


「フリージア」


 俺は言ってやる。


「俺の旅はお前から始まった。そいつは役に立つ、立たない以前の問題だ。わかるか?」


「それは……つまりどういう意味なのです?」


「お前がいなくちゃ意味がないんだよ。一緒に来い。俺を退屈させるな」


「い、いいのですか? こんなわたしでも……」


「問題ない。俺がいいと言ってるんだ、誰にも文句は言わせない。お前にも文句は言わせない。四の五の言わずについてこい」


「……っ」


 俺の言葉にフリージアは感動したらしい。


 涙ぐんで俺を見つめつつ「ハンゾー……」とか呟いている。


 俺からすればちゃんちゃらおかしいんだけどな?


 なぜならフリージアは、きっちり旅支度した上でこの場にいるんだから。俺を見送って居残るつもりなんてさらさらないのだ――空気を読める俺はいちいち指摘しないが。


「ハンゾーさん……かっこよすぎっす……」


「ハンゾーよ……なんという男らしき男であることか……」


 オルマールとドゥーロン大司教まで感動している。


 ひょっとして、精霊教会のやつらは感動屋ばかりそろってるのか?


 この程度で感動してたら身が持たないぞ? 俺がこれまで成してきたことは、伝説のまだほんの序章に過ぎないんだから。


「さて。それじゃ今度こそ行くぞフリージア」


「あの、ちょっと待ってくださいハンゾー」


「なんだ。まだ何かあるのか」


「本当にワイバーンは使わないのですか? 大司教猊下も是非に、と仰ってくれています。あなたほどの腕があれば、ワイバーンに乗ればどこへでもひとっ飛びですし、その方が旅の助けになると思うのですが……」


「使わない」


 俺は首を横に振る。


「第一に目立ちすぎる。第二に自分の脚を動かしてないと身体がなまる。ただでさえここしばらくは真面目に動いてなかったからな。いい機会だから、身体に活を入れておきたい」


「動いてないって……十分に動かしていたのでは? オルマール卿と大司教猊下との連戦がありましたし、ワーテンロー卿に化けていた『やつら』も見事に成敗していますし」


「それではぜんぜん足りないよ……そうだ、いいことを思いついた」


「いいこと?」


「次の目的地はモウリンズの街だ。立ち寄ったことのある街だから土地勘はある。『一角獣の蹄亭』で待ち合わせよう。フリージア、お前はワイバーンに乗っていけ」


「わたしがワイバーンで? ええ、それは構いませんが……モウリンズの街にはワイバーンの厩舎もありますし。でもハンゾー、あなたはどうするのです?」


「俺は空からじゃなく、陸路で向かう」


「では馬を使うのですか?」


「いいや。自分の脚を使う」


「自分の脚でって……いったい何日かかると思ってるんです? 早くても十日、場合によってはその倍は掛かることもあります。ワイバーンなら一日の距離ですが……」


「ほどよい距離だな。フリージア、今から競争するぞ。お前は空から、俺は陸から。俺より先にモウリンズの街にたどり着いたら、お前を抱いてやってもいい」


「えっ、本当に!? ――じゃなくて! それはいくらなんでも競争にならないでしょう。ワイバーンの航続距離は決して長くはありませんが、それでも人や馬の脚とは比べものにならない――」


「今、この瞬間から競争を始める。じゃあな、オルマールにドゥーロン大司教。生きてたらまた会おう。フリージア、俺に後れを取るなよ?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ……そう言うなり、ハンゾーは目にもとまらぬ速さで駆け去っていきました。


「行ってしまいおったのう」


「つむじ風みたいに走り去って行きましたね……さすがハンゾーさん、あの調子だと本当にワイバーンより早いのかも?」


 大司教猊下とオルマール卿は、そんなことを言い合いながらハンゾーを見送っています。


 わたしこと、フリージア・アルベルデ・ド・リューセックはそれどころじゃありません。


 ハンゾーが駆け出すのと同時に、大聖堂内のワイバーン厩舎に向かって駆け出していました。


 これは……またとない好機です!


 いくらなんでも甘く見過ぎです。なぜならハンゾーの知るワイバーンは、必ずしも脚の早い方ではないのです。


 その一方で、わたしに与えられているワイバーンは、快速に関しては随一の個体。


 ハンゾーが、自分の知っている範囲のワイバーンで距離と時間の見積もりを立てているのであれば、十分すぎるほど勝ち目があります。


 どんな英雄もいつかは油断するもの。


 まるで隙のなかったハンゾーの油断は、まさしく今。


 もちろん精霊騎士の端くれであるわたしは、ワイバーンを十分に乗りこなせます。人の脚とワイバーンの脚――負ける要素はまったく見当たりません。


 さあハンゾー。


 あなたにもついに後悔する時がきましたよ?


 言葉どおりわたしを抱いてもらいます――もとい、その件はどうでもよくて! こんな機会でもなければあの男に一生勝てませんからね! 勝てる時にはきっちり勝つ、それがニンジャの教えってものでしょうし! 


 一度でも勝っておけば、ハンゾーの態度も少しは変わるかもしれませんし!


 よーしがんばりますよ!


 千載一遇のこの機会、逃してなるものですか!


 うなる翼! 


 頬を切る朝の空気!


 空は晴天、風も追い風、ワイバーンの機嫌も絶好調!


 勝てる! これなら間違いなくハンゾーに勝てる――! 



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「よう。遅かったな」


 その日の夕刻、モウリンズの街。


 一角獣の蹄亭で、ハンゾーはエールのジョッキを片手にわたしを迎えました。

 

「ええまあ……そんな気はしていましたよ……」


「どうしたフリージア。がっくり膝をついて」


「いいえ別に。あなたに隙なんてないんだ、ってことを思い知らされてるだけですよ、ハンゾー」


「そうか。まあ冷えたエールでも飲め。今日は俺のおごりだ。いい汗をかいたから気分がいいんでな」


「シェルーブルからモウリンズまでの距離を、朝から夕方にまたがって駆け抜けて、ワイバーンより早くたどり着いておきながら、汗をかくだけですか……人間離れしてると呆れるべきか、少しは人間らしいところもあると安心すべきか……」


「何をぶつぶつ言っている。飲むのか? 飲まないのか?」


「飲みますよもちろん。せめて飲むぐらいしないと、あなたを退屈させますからね」


「それでこそ俺の女だ――乾杯」


「乾杯――ワイバーンを凌駕する、あなたの神速に」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 こうして、ハンゾーとわたしの新たな旅が始まりました。


 相変わらずハンゾーに振り回されてばかりのわたしですけど――世界を救うべく、一歩一歩、確実に進んで行きたいと思います。


 今日みたいに空をひとっ飛び、というわけにはいかないでしょうけど――たとえ遠い道のりであっても、ハンゾーと一緒なら、望みが叶うと思いますから。


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