第三十話 おっさん、ワイバーンに勝利する
シェルーブルの都でやるべきことはやった。
今日、俺は新たな旅に立つ。
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その日、早朝。
「ハンゾーさん……自分、さみしいっす」
俺を見送りに来たオルマールは涙ぐんでいる。
「シェルーブルの都は、いつでもあなたを歓迎するっす。好きな時にいつでも戻ってきてくださいっす。本当なら自分もハンゾーさんについていきたいっすけど……」
「お前には色々やってもらいたいことがあるからな」
オルマールの肩を叩いて俺は言う。
「優秀なワイバーンの乗り手たるお前には、大陸中を駆け回ってもらう必要がある――俺の手足として様々な情報を集めてくるんだ。期待してるぞ?」
「もちろん、その点は任せてくださいっす。ハンゾーさんのために自分、全力を尽くすっす」
「困ったものだな、オルマール卿よ」
口を挟んだのはドゥーロン大司教だ。
「無論、ハンゾーが貴公に依頼した件は、精霊教会が認めるれっきとした公務ではあるが。忠誠の対象をはき違えてもらっては困るぞ? 貴公は何よりもまず、精霊騎士なのだから」
「も、もちろんです大司教猊下! ただ――」
「いや、わかっておる。儂の言い方が意地悪であった。ハンゾーの力になることは精霊教会を、ひいては大陸全土を利することでもある。存分に働くがよい。ところで――」
大司教が俺を見る。
「ハンゾーよ。傭兵王ウルノーブルと会うに際して、本当に紹介状は要らぬのか?」
「要らない」
俺は首を横に振る。
「相手側に余計な先入観を持たれたくないからな。小細工なしで会ってみるさ。それでお互いを気に入るかどうかは出たとこ勝負だ」
「ふむ。その胆力は見事である」
大きくうなずいてから、大司教は俺に耳打ち。
「本当の本当によいのかハンゾー? こっそり裏から手を回しておいた方がよいのではないかの? ワシ、そういうの得意なんじゃが」
「要らんよ。人間の関係ってやつは、何もないところから始めてこそ最も深い関係になるもんだ。根回しをしておけば確かに話は早いが、けっきょく遠回りにもなりかねない。急がば回れ、ってな」
「ふうむ……確かにそれもまた真なり、か」
「あんたの心遣いには感謝する。いずれ頼ることもあるだろう。その時はよろしくな、ドゥーロン大司教」
「お主、根っからの英雄気質じゃのう……まったくもって行く末が楽しみな男じゃわい。期待しておるぞ?」
「まあ俺の気が向いてるうちは、せいぜい働くとするさ。仕事あっての忍者だからな」
「お主は本当に奥ゆかしいのう……精霊教会をあげて送別の式典を執り行うと申し出たのに、あっさり断りおるし。この大陸に生きる者にとっては大変な名誉だというのに」
「忍者がそんなに目立ってどうする。ただでさえ俺は目立ちすぎてるからな、オルマールとあんたに見送られればそれで十分だ」
「重ねて奥ゆかしい男よ。ワシ、お主のことが好きになってきたわい」
「すまんな大司教。俺は女にしか興味がないから、あんたを抱いてやれない」
「――うわっはっは! 受け答えがいちいち痛快じゃのうお主は!」
気持ちよさそうに大笑する大司教だった。
さて。
あいさつはこんなところでいいか。
「そろそろ出発するか。いくぞフリージア」
「…………」
「ん? どうしたフリージア?」
銀髪紫瞳のエルフは、うつむいたまま動こうとしない。
……ま、さっきからしょぼくれた顔をしてるのは分かっていたが。
「あの、ハンゾー」
暗い声でフリージアは言う。
「わたし、あなたについていって良いのでしょうか」
「なぜそう思う?」
「だってわたし、あなたの役に立ててる気がしない……あなたは何でもひとりでやれてしまうし、わたしがそばにいる意味がないんじゃないかと……」
ふむ。
まあわからんでもない。
シェルーブルの都では、俺もそこそこやりたい放題だったからな。
反面、ここへ来る前のフリージアは浮き浮きした様子だった。察するに、ホームグラウンドのシェルーブルでは、自分のアドバンテージを発揮して、俺のマウントを取れると思っていたんだろう。
浅はかではある。
だが私心のない浅はかさは、いわば若気の至りの功名心だ。それを許せないほど俺は心の狭い男じゃない。
「フリージア」
俺は言ってやる。
「俺の旅はお前から始まった。そいつは役に立つ、立たない以前の問題だ。わかるか?」
「それは……つまりどういう意味なのです?」
「お前がいなくちゃ意味がないんだよ。一緒に来い。俺を退屈させるな」
「い、いいのですか? こんなわたしでも……」
「問題ない。俺がいいと言ってるんだ、誰にも文句は言わせない。お前にも文句は言わせない。四の五の言わずについてこい」
「……っ」
俺の言葉にフリージアは感動したらしい。
涙ぐんで俺を見つめつつ「ハンゾー……」とか呟いている。
俺からすればちゃんちゃらおかしいんだけどな?
なぜならフリージアは、きっちり旅支度した上でこの場にいるんだから。俺を見送って居残るつもりなんてさらさらないのだ――空気を読める俺はいちいち指摘しないが。
「ハンゾーさん……かっこよすぎっす……」
「ハンゾーよ……なんという男らしき男であることか……」
オルマールとドゥーロン大司教まで感動している。
ひょっとして、精霊教会のやつらは感動屋ばかりそろってるのか?
この程度で感動してたら身が持たないぞ? 俺がこれまで成してきたことは、伝説のまだほんの序章に過ぎないんだから。
「さて。それじゃ今度こそ行くぞフリージア」
「あの、ちょっと待ってくださいハンゾー」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「本当にワイバーンは使わないのですか? 大司教猊下も是非に、と仰ってくれています。あなたほどの腕があれば、ワイバーンに乗ればどこへでもひとっ飛びですし、その方が旅の助けになると思うのですが……」
「使わない」
俺は首を横に振る。
「第一に目立ちすぎる。第二に自分の脚を動かしてないと身体がなまる。ただでさえここしばらくは真面目に動いてなかったからな。いい機会だから、身体に活を入れておきたい」
「動いてないって……十分に動かしていたのでは? オルマール卿と大司教猊下との連戦がありましたし、ワーテンロー卿に化けていた『やつら』も見事に成敗していますし」
「それではぜんぜん足りないよ……そうだ、いいことを思いついた」
「いいこと?」
「次の目的地はモウリンズの街だ。立ち寄ったことのある街だから土地勘はある。『一角獣の蹄亭』で待ち合わせよう。フリージア、お前はワイバーンに乗っていけ」
「わたしがワイバーンで? ええ、それは構いませんが……モウリンズの街にはワイバーンの厩舎もありますし。でもハンゾー、あなたはどうするのです?」
「俺は空からじゃなく、陸路で向かう」
「では馬を使うのですか?」
「いいや。自分の脚を使う」
「自分の脚でって……いったい何日かかると思ってるんです? 早くても十日、場合によってはその倍は掛かることもあります。ワイバーンなら一日の距離ですが……」
「ほどよい距離だな。フリージア、今から競争するぞ。お前は空から、俺は陸から。俺より先にモウリンズの街にたどり着いたら、お前を抱いてやってもいい」
「えっ、本当に!? ――じゃなくて! それはいくらなんでも競争にならないでしょう。ワイバーンの航続距離は決して長くはありませんが、それでも人や馬の脚とは比べものにならない――」
「今、この瞬間から競争を始める。じゃあな、オルマールにドゥーロン大司教。生きてたらまた会おう。フリージア、俺に後れを取るなよ?」
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……そう言うなり、ハンゾーは目にもとまらぬ速さで駆け去っていきました。
「行ってしまいおったのう」
「つむじ風みたいに走り去って行きましたね……さすがハンゾーさん、あの調子だと本当にワイバーンより早いのかも?」
大司教猊下とオルマール卿は、そんなことを言い合いながらハンゾーを見送っています。
わたしこと、フリージア・アルベルデ・ド・リューセックはそれどころじゃありません。
ハンゾーが駆け出すのと同時に、大聖堂内のワイバーン厩舎に向かって駆け出していました。
これは……またとない好機です!
いくらなんでも甘く見過ぎです。なぜならハンゾーの知るワイバーンは、必ずしも脚の早い方ではないのです。
その一方で、わたしに与えられているワイバーンは、快速に関しては随一の個体。
ハンゾーが、自分の知っている範囲のワイバーンで距離と時間の見積もりを立てているのであれば、十分すぎるほど勝ち目があります。
どんな英雄もいつかは油断するもの。
まるで隙のなかったハンゾーの油断は、まさしく今。
もちろん精霊騎士の端くれであるわたしは、ワイバーンを十分に乗りこなせます。人の脚とワイバーンの脚――負ける要素はまったく見当たりません。
さあハンゾー。
あなたにもついに後悔する時がきましたよ?
言葉どおりわたしを抱いてもらいます――もとい、その件はどうでもよくて! こんな機会でもなければあの男に一生勝てませんからね! 勝てる時にはきっちり勝つ、それがニンジャの教えってものでしょうし!
一度でも勝っておけば、ハンゾーの態度も少しは変わるかもしれませんし!
よーしがんばりますよ!
千載一遇のこの機会、逃してなるものですか!
うなる翼!
頬を切る朝の空気!
空は晴天、風も追い風、ワイバーンの機嫌も絶好調!
勝てる! これなら間違いなくハンゾーに勝てる――!
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「よう。遅かったな」
その日の夕刻、モウリンズの街。
一角獣の蹄亭で、ハンゾーはエールのジョッキを片手にわたしを迎えました。
「ええまあ……そんな気はしていましたよ……」
「どうしたフリージア。がっくり膝をついて」
「いいえ別に。あなたに隙なんてないんだ、ってことを思い知らされてるだけですよ、ハンゾー」
「そうか。まあ冷えたエールでも飲め。今日は俺のおごりだ。いい汗をかいたから気分がいいんでな」
「シェルーブルからモウリンズまでの距離を、朝から夕方にまたがって駆け抜けて、ワイバーンより早くたどり着いておきながら、汗をかくだけですか……人間離れしてると呆れるべきか、少しは人間らしいところもあると安心すべきか……」
「何をぶつぶつ言っている。飲むのか? 飲まないのか?」
「飲みますよもちろん。せめて飲むぐらいしないと、あなたを退屈させますからね」
「それでこそ俺の女だ――乾杯」
「乾杯――ワイバーンを凌駕する、あなたの神速に」
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こうして、ハンゾーとわたしの新たな旅が始まりました。
相変わらずハンゾーに振り回されてばかりのわたしですけど――世界を救うべく、一歩一歩、確実に進んで行きたいと思います。
今日みたいに空をひとっ飛び、というわけにはいかないでしょうけど――たとえ遠い道のりであっても、ハンゾーと一緒なら、望みが叶うと思いますから。




