第二十八話 おっさん、危機を未然に防ぐ(二度目)
「ハンゾー!」
「ハンゾーさん!」
『封印の間』を出ると、フリージアとオルマールが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!? どこかケガはしていませんか!?」
「一対一の決闘はどうなったんすか!?」
「気のせいか、なんとなくお酒くさい気がしなくもないのですが……一体どんな戦いを!?」
「きっと、自分たちなんかじゃ想像も付かないような戦いをしていたにちがいないっす……お願いします、話を聞かせてほしいっす!」
「あー。二人とも落ち着け」
俺はひらひら手を振って、
「どこもケガはしていない。酒くさいのは気のせいで、お前らじゃ想像もつかない戦いをしていたのは事実だ。勝負のゆくえは大司教に聞いてくれ」
「――大司教猊下!」
「猊下! どうなったのです!?」
「あー。コホンコホン」
せき払いをして態度を改め、厳かに口を開く大司教。
「勝負は引き分けであった。まったく見事な男よ。儂と戦って無事でいられるとは」
「引き分け……」
「すげえハンゾーさん……大司教猊下とまさか互角に戦うなんて……」
「聞けい皆の者!」
大司教が一喝する。
「儂はモチヅキ・ハンゾーを歓迎する! この男は真の勇者であり、精霊教会の守護者となりうる者! 今日この瞬間より、彼の者は我らの同盟者である!」
ざわり。
成り行きを見守っていた他の連中が、戸惑いを示す。
それを叱咤するように、さらなる一喝。
「序列一位の精霊騎士、大陸全土にあまねく精霊教会の長たる儂の決定である! 異論のある者は前に出よ!」
なかなかの威風堂々っぷりだ。
こりゃあ楽だ………俺はあくびをかみ殺しながら思う。やはりドゥーロン大司教を丸め込んだのは正解だった。雑魚のまとめ役は他人に任せるのがいい。
「異論がなければ宴の準備じゃ! まだまだ飲み足りぬ――もとい、モチヅキ・ハンゾーほどの勇者を歓待せぬは、精霊教会の名折れ! 質素を旨とする我らではあるが、今宵は蔵を開いて盛大にゆこうぞ!」
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というわけで宴になった。
飲んでばかりだって? もちろんその通り。
忍者といえば情報収集、情報といえばコネ、コネといえば飲み会なのだ。これも仕事のうち。仕事で飲まなきゃならないなんて、忍者はつらいね。
「ハンゾーさん……自分、本気で感動したっす」
俺を褒め称えているのは、涙ぐんでいるオルマールだ。
「伝説の英雄である大司教猊下と互角だなんて……自分もいちおう精霊騎士の端くれっすけど、まったく想像できない領域の世界っす。自分、一生ハンゾーさんについていくっす」
「そうか。まあ飲め。酌をしてやろう」
「いただきます……ううう、ハンゾーさんに酒を注いでもらえるなんて……自分、このことを末代まで語り継ぐっす……うう……」
「お前、泣き上戸だったのか? まあいいオルマール、お前にひとつ頼みがある」
「うっす、光栄っす! 何でも言ってくださいっす!」
宴の形式は立食パーティーである。
列席者が気兼ねなく交流できるように、と配慮された形式なんだろうが――
「実はな。俺は面倒ごとが嫌いなんだ」
「うっす、そりゃ誰でも面倒は嫌いだと思うっすけど……」
「俺を遠巻きにして様子を見てる、教会関係の連中。おおかた手のひらを返して俺に取り入ろうとしてるんだろうが、正直うざい」
「まあそうっすね。ようやくハンゾーさんの実力を理解した雑魚どもっすからね」
「お前に露払いを頼むから、適当に睨みを利かせといてくれ。俺にその手の連中を近づけないように」
「了解っす! 任せといてくださいっす!」
……というわけで、俺はひとりで酒と料理を楽しんでいる。
オルマールが番犬のように睨みを利かせているから、雑魚どもは俺に近づくこともできない。
『ぐぬぬ……どうにかしてハンゾー殿とお近づき願えぬものか……』
『だがオルマール卿が睨みを利かせている。序列九位の精霊騎士に睨まれては、我々は大人しくしておくしかない』
『それにしても、オルマール卿をすら小間使いのように従える、ハンゾー殿の器の大きさよ……』
『オルマール卿どころか、大司教猊下すらハンゾー殿を認めておいでだ。あの男、どこの何者か知らぬが、この先どれほどの大仕事を成し遂げることか……』
『彼の者こそまさに英雄。七英雄の時代がふたたび到来する前触れやもしれぬ……』
調子のいい連中だ。
ま、どこの世界もこの手の輩であふれている。気にしていても仕方ない。
ともあれメシと酒だ。
質素が旨だと言いつつ、これがけっこういけるんだ。マミール貝と鎧エビは、海辺の取れたてと比べて遜色ない。火竜苺の火酒も、二十年熟成のものがとびきり美味くて――
「モチヅキ・ハンゾーよ」
呼び止められた。
振り返ればドゥーロン大司教と、フリージアが並んで立っている。
「よう大司教。飲んでるかい?」
「飲んでいるとも。形式張った宴ゆえ、お主にとっては居心地が悪いやも知れぬが」
「気にしないさ。この程度で動じていては、忍者は務まらない」
「お主が時おり口にするニンジャとは、最高の勇者に与えられる称号か何かであるのか? 一度くわしく話を聞かせてもらいたい」
「まあそのうちな。……ところでフリージア」
大司教の後ろにひかえているフリージアに声を掛ける。
「お前、そっち側に立ってていいのか?」
「わ、わたしは精霊教会に身を捧げた者です。大司教猊下に付き従うのは当然のこと――」
「ふうん、なるほどね。契約そっちのけで他の男に尽くすわけか」
「そ、その話はここでは遠慮して! わたしにも立場というものが――」
「だったら仕方ない。オルレアナあたりがさぞかし寂しがってるだろうし、宴が終わったらパリーズの都にとんぼ返りするとしよう。俺の足なら、夜が更けてもひとっとびだからな」
「ハンゾーの意地悪! この宴は公務ですからやむを得なくて――これが終わったら今夜こそは約束どおり契約を果たそうと――」
フリージアがあたふたと言い訳を始めた、その時だった。
「――ワーテンロー卿だ!」
「序列二位の精霊騎士が帰還なされたぞ!」
「東の辺境国家への外遊から、たった今お戻りになられた!」
ざわつく列席者の間を割って、ひとりの美丈夫がこちらに近づいてくる。
「ワーテンロー卿……!」
フリージアが息を飲む。
「大司教猊下に次ぐ、序列二位の精霊騎士です。清廉潔白にして信仰厚く、歴代の精霊騎士の中でも模範的な存在として知れています」
「へえ。そうなのか」
「剣の腕だけなら大司教猊下をもしのぐかもしれません。精霊教会の次代を担う、若き英傑――これも精霊のお導きにちがいありませんよ、ハンゾー。あの御方もぜひ、あなたと引き合わせたいと思っていましたが、まさかこんなに早く機会が訪れるなんて」
「ふうん」
フリージアの説明を俺は聞き流す。
どうも気になることがあった。いや、気になるというよりこれは――
「大司教猊下。お久しゅうございます」
優雅に一礼する、ワーテンロー卿とやら。
「大聖堂に変ありと聞き、ワイバーンを駆って戻って参りました。ご壮健のようで何よりです」
「大義である。貴公に任せた東方諸国への布教活動はどうなっている?」
「すべてつつがなく。して、この男が……?」
「モチヅキ・ハンゾー。精霊教会とこの大陸の救世主となるやもしれぬ、器の大き男よ」
「なるほど。確かにただならぬ強者である様子」
白い歯を見せて、俺に笑いかけるワーテンロー卿。
ふむ。中々のイケメンじゃないか。
さぞかしご婦人方には評判も良かっただろう。貴公子然としていて、いかにも人の上に立ちそうな雰囲気がある。
順当にいけば大司教の後継者に収まっていただろうな。
――まあそれも過去の話、ってことになりそうだが。
「お初にお目に掛かる、ハンゾー殿」
握手をしようというのか、にこやかに手を差し伸べてくる。
「一目で相当な使い手であることがわかるよ。お互いに立場は違えども、世界のために微力を尽くしていければ幸いだ。よろしくお願いする」
「いや。ここでさようならだ」
言って、俺は腕を一閃させた。
その場にいる誰も、俺が何をしたのか理解できなかっただろう。
金剛の術を纏わせた手刀を振るったのだ。
目にもとまらぬ一撃。
結果、首が飛んだ。
ワーテンロー卿の首が物理的に。
「――きゃああああああああっ!?」
女の悲鳴。幸いにしてフリージアのものではない。
この程度で悲鳴をあげる女なら、雇い主をクビにしているところだ。
動脈から血を噴き出して、オルマールの身体がくずおれる。
「ハンゾー、あなた何を――!?」
「見ろ、フリージア」
血相を変えるフリージアに、俺はあごをしゃくる。
「見ろって――え? こ、これはどういう――」
まあ戸惑うだろうな。
なぜならワーテンローの死体が、見る間に黒い霧状のものになって、空気中に掻き消えていくのだから。
当然、場の空気が凍る。一瞬後には騒ぎになる。
機先を制して俺は一堂に告げる。
「聞け、お前ら」
大きい声ではない。
だが俺の声はマイクを通したように響き渡る。
鳴声の術――情報伝達のコントロールは、忍者にとって基本中の基本だ。
「見てのとおりだ。たった今までここに立っていた男は、ワーテンローであってワーテンローじゃない。ヒトならぬ『別の何か』だ」
しーん。
誰もが固唾を呑んで静まり返っている。
オルマールも、フリージアも、そしてドゥーロン大司教さえも冷や汗を流している。現状の重大さが身にしみ始めているのだろう。
俺が最終的に対峙すべき敵『やつら』の手が、こんなところまで迫っている、ってことだ。
もしかするとこの場でドゥーロン大司教を暗殺、なんてことも企んでいたのかもしれない。
将来有望な序列二位の精霊騎士、ワーテンロー……いつから『やつら』と入れ替わっていたのかわからないが。これから先も、似たような状況が起きてもおかしくないな。
「さて」
ま、これ以上は俺の口から言わなくてもいいだろう。
他に『やつら』と入れ替わってる教会関係者はいないようだし。
「それじゃ宴の続きだ。メシと酒、まだまだ足りないからじゃんじゃん持ってきてくれ」
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――そんなわけで。
今回は人知れず、ではなく、衆目の面前で、世界の片隅を救った俺なのだった。
どうやらヒトに化けてる『やつら』を見破れるのは俺だけらしい。それはこれから先、さらに俺の仕事が増えることを意味する。
やれやれ。フリージアひとりを契約で頂くだけじゃ、ぜんぜん割りに合わないな……異世界で忍者をやるのも楽じゃないぜ……。




