第二十三話 おっさん、ワイバーンに乗る
そんなこんなで三日後のこと。
ハンゾー対オルマール卿の、ワイバーン騎乗による一騎打ち、その当日がやってきました。
……申し訳ありません。
わたし、フリージア・アルベルデ・ド・リューセックが、心よりお詫び申し上げます。
なぜならわたしは結局、この一騎打ちを止めることができなかったからです。
すいません、口だけ女とののしってくれて結構です。『命に替えても一騎打ちはとりやめにしてみせます』と言っておきながらこの体たらくです。
でも仕方ないと思います。
なぜなら精霊教会全体が、『反・ハンゾー』で一致団結してしまったからです。
それはそうですよね。
神聖なる大聖堂で、あれだけの狼藉を働いたんですもの。その場で神罰が下らなかっただけマシというものです。
ちなみにわたしの立場は、『どこの馬の骨とも知れない男に弱みを握られ、性奴隷にされた女』ということになってるらしいです。
……ひどくないですか?
わたし、こう見えても誇りある精霊騎士のひとりで、しかも序列三位なんですよ? 甚だしい勘違いです、ほとんど誹謗中傷です。風評被害です。
そもそもですね、精霊教会のみなさんはハンゾーのことを誤解しています。
確かに彼は、上から目線のところがありますし、わたしをいいように手玉にとっていますが……でも何だかんだでやさしいところがありますし……かっこいい働きもけっこうしてくれますし……
コホン。
と、とにかく。
こうなったからには仕方ありません。
ワイバーン戦そのものは避けられない流れだとしても、被害を少なくすることはできるはず。
たとえばワイバーンから落ちないように気をつけるとか。ワイバーンに食べられないように気をつけるとか。
何ならいっそ、始まった直後に降参するとか。
いいですかハンゾー? 逃げることは決して恥ではありませんよ? あなたにはこれから先、もっと働いてもらう必要があるんですからね? 身体も命も大事にしないといけませんよ?
……ちょっとハンゾー。あなた本当に自分の立場をわかってますか?
ちょっとハンゾー! 聞いているのですかハンゾー!?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
聞いちゃいなかった。
ワイバーン戦の心得やら何やらを聞かせてくるフリージアの話を、俺は九割がた聞き流している。
決闘の場所は、大聖堂の敷地内にある広場。
すでに大勢のギャラリーが集まり、決闘の始まりを今か今かと待ちかねている。
「しかし暇人が多いんだな、こっちの世界の連中は」
ギャラリーを見渡して俺は呆れる。
「そろいもそろって雁首ならべて、俺がぶざまに負けるのを楽しみにしてる、ってわけか」
「これでも人数の制限はかけているのですよ」
不機嫌そうな顔でフリージアが言う。
「教会の業務に支障が出ますし、ワイバーン戦は何かと危険も伴いますから」
「命は惜しいが好奇心も満たしたい、ってところか。見ろよ、弁当売りまで出てるぞ。飴売りの行商人もいる」
「まったく、神聖なワイバーン戦を何だと思ってるんでしょう」
「こっそり賭けをやってる連中もいるようだ」
「あとで取り締まります」
憤慨するフリージア。
ためしに俺は集まったギャラリーの会話を、遠耳の術でいくつか拾ってみる――
『……いやはや、とんだ命知らずもいたもんだぜ』
『まったくだ。序列九位の精霊騎士、オルマール卿を相手に一騎打ちを挑むなんて、無謀にもほどがある』
『しかもあのハンゾーとかいう男、ワイバーンに乗ったことさえないんだろ? いくらなんでも舐めすぎってもんだ』
『お前、どっちに賭けた?』
『オルマール卿が瞬き五回するうちに勝利する方に、銀貨五枚』
『俺は瞬き二十回に銀貨十枚』
『あはは、とんだ大穴ねらいだな。ハンゾーが瞬き二十回する間も保つわけないだろ。もしそんなことになったら、裸で逆立ちして都を一周してやるぜ』
……とまあ、そんな感じである。
何にせよ、じたばたしても始まらない。
忍者は隠密をもって尊ぶべし――ではあるが。先々のことを考えれば、今回の決闘はいいデモンストレーションになるだろう。
「わあっはっはっは! 逃げずにちゃんと現れたか、モチヅキ・ハンゾー!」
耳障りな高笑いが聞こえた。
振り向くと、鎧兜で武装したオマール海老がこちらに近づいてくる。
「その度胸だけは褒めてやろう。もっともすぐに後悔することになるだろうがな!」
「そうか。そうなるといいな」
「観客たちもお待ちかねだ、さっそく勝負を始める! まさかルールも知らないとは言わさんぞ!?」
ルールなどあってないようなものだ。
・ワイバーンに騎乗すること
・武器の使用、魔法の使用に制限はない
・どちらかが戦闘不能になるか、ギブアップするまで戦う
――たったこれだけ。
ルールはシンプルなほどよい。そういう意味で、俺はこの決闘とやらを気に入っている。
「ハンゾーにもワイバーンを用意してやった。ありがたく騎乗するがよい!」
「ほうほう」
飼育係がワイバーンを引き連れてきた。
なるほど、これが俺の相棒ね。
大きさは象の子供ほどだろうか。
軍馬のように鞍とあぶみと手綱をつけられて、窮屈そうにしているが……その爬虫類っぽい目はまったく死んでいない。
隙あらばいつだって人間どもを食い殺そうとしている、野生そのものの目だ。
「くっ、卑怯な……!」
俺の隣でフリージアが歯噛みする。
いったい何が卑怯なんだ?
「あのワイバーンは、精霊教会が保有しているワイバーンの中でも、とびぬけて気性が荒い個体なんです」
「へーえ。そうなのか。大人しくしてるように見えるが」
「それがあの個体の狡猾なところなんです。そうやって油断させて、いざ乗ってみると手が付けられない暴れっぷりをみせる――実際、何人もの騎士が再起不能になっています」
「なるほど。見た目はどうあれ、野生の本能そのまま、ってわけか」
「その通り!」
えらそうにふんぞり返って、オマール海老が言う。
「そのワイバーンは、どれだけ調教しても野生を失わぬ、いわばまつろわぬ竜よ! だがハンゾー、よもや文句などは言うまいな!?」
ニヤニヤといやらしく笑うオマール海老。
「本来であればしかるべき資格がないと乗れないワイバーンに、今回は特例として乗せてやるのだ。むしろ感謝するがいい!」
「へーえそうなのか。そいつはありがたいことで」
「まあもっとも!? 貴様にワイバーンに乗るだけの勇気があればの話だがな! 素人がそいつに乗ったが最後、運が良くても手足の一本や二本はもがれ、運が悪ければ頭から丸かじりにされるのがオチ――」
「よいしょっと」
俺はワイバーンに飛び乗った。
「「「……は?」」」
オマール海老、フリージア、そして数百人はいそうなギャラリーが、そろって間の抜けた声をあげる。
「よしよしいい子だ」
「Grrrrrrr……」
硬いうろこで覆われた首を撫でると、ワイバーンはのどを鳴らして応えてくれた。
「――馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! いったい何故!? どうやって!?」
「野生を失ってない、と言ったのはお前だろう?」
うろたえるオマール海老に、俺は指摘してやる。
「その方がよっぽど扱いやすいさ。要するに強いか強くないかだけが、コイツの価値を決めてるってことだからな」
「なっ――どういう意味だそれは!?」
「そのままの意味だ。ワイバーンより俺の方がはるかに強い。だから俺に従う。……まったく、楽でいいよな野生ってやつは。強さ弱さが本能でわかるぶんだけ、人間よりよっぽど賢い」
にやりと笑って、俺は促す。
「それじゃあ決闘とやらを始めようか、序列九位の精霊騎士様? 逃げずにちゃんと俺に立ち向かってきたご褒美に、完膚無きまでの敗北を味わわせてやるぞ?」




