第二十二話 おっさん、ふたりの女を天秤に掛ける
「ハンゾー……あなたという人は……ほんっとに、あなたという人は……」
シェルーブルの都。
海沿いの屋台街。
もう何杯目になるかわからないエールのジョッキを片手に、フリージアはくだを巻いている。
「あれほど自重してと言ったのに……わたしにも立場があるのに……精霊教会の大聖堂で、大勢の人たちの目の前で……ああ……」
頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
俺は鎧エビのぶどう酒焼きをかじりながら、そんなフリージアを呆れた目で見ている。
「過ぎたことをいつまでうじうじしてるんだ? もっと酒を飲んで気を取り直して、さっさと前向きな話をしよう」
「言われずとも飲みます! エールのおかわりください! ついでに火竜苺の火酒も!」
大聖堂でオマール海老卿(だっけ?)から決闘を挑まれ、あっさり退けたのが先ほどのこと。
俺はさっさとその場を立ち去り、フリージアも後から追いかけてきたのだが。
「ハンゾー。あなた自分が何をしたかわかってます?」
「わかってるよ――大陸中に影響力を持つ精霊教会の、その大本山たる大聖堂で、序列九位の精霊騎士を相手に楽勝した。ついでに教会のやつらに、フリージアが誰のものかを教えてやった。……という認識で合ってるか?」
「合ってます。ええ合ってますとも、合ってしまってるのがつらい……この現実から逃れたい……」
「何か問題があったか?」
「大ありです! というか問題しかないでしょ普通に考えて! わたし個人のことは別にしても、神聖な大聖堂であれだけのことをやらかしたんですよ!? 誅戮部隊が編成されて、今すぐこの場に差し向けられてもおかしくないんですよ!?」
「来そうにないけどな、誅戮部隊とやらは」
「わたしが急いで裏から手を回したからです!」
「へえ。そうなのか」
「大司教様に話を通して、どうにか穏便に事が運ぶようにお願いしました」
「だったら話が早いじゃないか。大司教とやらを抑えておけば何とでもなるんだろう?」
「そう簡単にいくわけないでしょう! そもそも大司教様は、精霊教会の面子を守る立場にあります。いくらわたしの口利きがあっても、ハンゾーに肩入れできるお立場ではないんです!」
「そうか。面倒なことだな」
「そもそも精霊騎士は、それぞれが独立した権限を持っています。大司教様のご威光がいかに強大でも、精霊騎士の行動を法で縛ることはできません」
「つまりオマール海老が、自分の権限で俺にもういちど決闘を申し込むこともできる、ってことか」
「実際、そういう動きがすでにあるようです」
鎧エビのハサミを弄りながら、フリージアはため息をつく。
「オルマール卿は激怒しています。命を賭して雪辱を果たすと息巻いているとか……どうにかして止めたいのですけど、大司教様にこれ以上のご迷惑は掛けられませんし……頼りになる他の精霊騎士は都を離れていますし……」
「いいじゃないか別に。好きにやらせておけば」
「ハンゾーは何も知らないから、そんなのんきなことを言ってられるのです! オルマール卿は、ワイバーン騎乗による一騎打ちを画策しているのですよ!?」
はて?
ワイバーン騎乗による一騎打ち?
ワイバーンの知識はある。幻想亜種に分類される、小型の翼竜。本家本元の竜ほどではないが、極めて希少な種で、ヒトが飼い慣らしている個体ともなればさらに数は少ない。
うーむ。
こういう時こそグー○ル先生だ。
さっそく大図書館の主、リースを念話で呼び出してみる。
『はーい。ハンゾーの頼れる百科事典、リースだよー』
『ワイバーン騎乗による一騎打ちについて教えてほしい』
『お安いご用さ』
すぐにリースは必要な情報を教えてくれる。
いわく、ことワイバーンの調教と飼育に関しては、精霊教会は大陸ナンバーワンであるらしい。
精霊魔法と調教の技術の相性がいいことと、精霊教会が古くから竜種を神聖視していること、野生のワイバーンを捕獲する独自のノウハウを蓄えていること――などの要素が、精霊教会をその分野のトップランナーたらしめているのだとか。
ちなみにワイバーンを大量に飼育して、竜騎士部隊を編成し、戦争に投入したら便利なのでは――などと考えがちだが、これはあらゆる国が試みては失敗してきた。
まず、ワイバーンの生息数が圧倒的に少ない。
おまけにワイバーンは繁殖力が低く、人工繁殖もまだ成功していない。
さらには、ワイバーンの乗り手はなり手が少ない――なぜなら事故で死ぬ可能性がとても高いから。誤って空から落ちたり、気性が荒く気まぐれなワイバーンが乗り手を襲うケースが後を絶たないらしい。
『――そんな危険なワイバーンに乗りこなせる数少ない騎士が、序列九位の精霊騎士、オルマール卿というわけさ』
リースが捕捉の説明をしてくれる。
『竜種に騎乗できることは、精霊教会においてとても名誉あることなんだ。オルマール卿はその技術の高さを買われて出世した、と言っていい』
『へえ。中々やるじゃないかオマール海老くん』
『そりゃそうさ。ハンゾーが考えてるより何倍も、精霊騎士ってのは優秀な人材なんだからね』
『しかしどういうつもりかなあいつは? それほど危険なワイバーンに乗っての一騎打ちを素人に挑むなんてのは、大人げなさすぎて周囲の支持を得られないと思うんだが』
『乗るだけなら簡単なんだよワイバーンは。ほとんどの人間が、地上に降りてくる前に食い殺される、ってだけの話で』
なるほど話が見えてきた。
つまり体よく恥を掻かせたいのだろう。ワイバーンに乗らなければ臆病者、万一乗ったとしてもワイバーンの餌になるだけ――ってことか。
「――ハンゾー? どうしたんですハンゾー?」
念話に集中していた俺に、フリージアが声をかけてくる。
「急に黙りこくってしまって……何か考え事でも?」
「ああすまん。そんなところだ」
「……ごめんなさいハンゾー。あなたを脅すようなことを言って」
しゅん、としおれるフリージア。
「いくらあなたでも、ワイバーンに乗る恐ろしさは想像できますよね……でも安心してください。わたしの命に替えても一騎打ちはとりやめにしてみせます」
「いや、別にいいんじゃないか? ワイバーン騎乗の一騎打ち。面白そうだし。オマール海老の思惑に乗ってやろうじゃないか」
「ちょっ、本気で言ってるのですか!? いくらあなたでも、今回の件はこれまでと訳が違う――」
「ちょうどいい機会だ。お前が誰のモノなのか、あらためて他の連中に知らしめておく必要がある。甲殻類もどきの三流騎士に、俺の女を取られたくない」
「……えっ? そ、それってつまり……」
フリージアが頬を染める。
俺は言ってやる。
「いい機会だ。フリージア、今夜お前をいただくとしよう」
「えっ、本当に!? ……じゃなくて! 今はそういう話をしてる場合では――」
「ぐだぐだ言うなら今すぐここで、だ」
「そ、そんな、こんな人前じゃ……でも宿に戻ってからであれば決して嫌では……むしろようやくという感じで……」
もじもじしているフリージア。
『おーい。ハンゾー? 聞こえてるかーい?』
念話でリースが声を掛けてくる。
『ああすまん。聞こえてるよ』
『情報はもういいかな? であればお願いがあるんだけど』
『ん? 例のアレか?』
『そう、例のアレ。念話での言葉責め。あれさえしてもらえれば、遠く離れていてもキミを感じることができる……今夜もまた、いいかい?』
『いいとも』
俺は請け負った。
「フリージア」
「は、はいっ! 今すぐ宿に戻るのですか!? 今夜であればわたしも心の準備が――」
「悪いが先約ができた。お前をいただくのはまた今度だな」
「……は? 先約? って誰の?」
「じゃあな。俺は先に行く。メシ代は置いておくから、好きなだけ飲み食いしてくれ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
俺は店を出た。
背中からフリージアの叫び声が追いかけてくる。
「はーーーーーーんーーーーーーぞおおおおおおーーーー!? またなの!? また今回もこういうことになるの!? 恨むわよほんとに! こんなことばかり続くと! わたし泣きますからね!? 本当に泣きますからね!?」
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世の中は弱肉強食。
予約はいつだって先着順。
チャンスはすぐに掴まないと、一秒先には消えてしまう。恨むなら自分の決断力のなさを恨め。
フリージアに人生の厳しさを教えつつ、俺はリースとの遠隔プレイに思いをはせるのだった……。




