第二十一話 おっさん、自重する(大嘘)
大聖堂に到着した。
「どうですハンゾー? すごいでしょう?」
「確かにすごいな」
大理石の大伽藍を俺は見上げる。
正確な測量で切り出した石材を、丁寧な設計で積み上げた、精巧きわまる建築物だ。あちこちに飾られているレリーフも、一流の職人が削り出したものにちがいない。
元いた世界にあったら世界遺産だろうな。
この世界の文明レベルを考えれば、間違いなく最高傑作の部類に入るだろう。
「見事だ。素晴らしいとしか言いようがない。心の底から感服する」
「…………」
「どうしたフリージア? 意外そうな顔をして」
「あ、いえその。そんなに真っ直ぐ褒められるとは思ってなかったから」
「いいものは褒める。悪いものはけなす。何も意外なことはない」
「まあそうなんですが。ハンゾーはときどき常識人っぽく振る舞うので、ちょっと戸惑います」
「わかってないな。常識に基本を置いてるからこそ、忍者という仕事は成立するんだ」
「ハンゾーが言うと、説得力のなさが半端ありませんね……」
ともあれ、精霊教会のご威光はよく伝わった。
果たして俺は、ここで何を得ることになるのだろうか?
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門をくぐり、大聖堂に一歩入ると、フリージアの表情が引き締まった。
評判の町娘から、誇り高き精霊騎士様へ。
オンからオフへの切り替えが素早い。意外な特技を見た気分だ。序列三位にまで登り詰めた実力は伊達じゃない、ってことか。
「フリージア様!」
「フリージア様だ!」
教会に所属する司祭や、修道士たち。
さらには巡礼に来たとおぼしき信者たちまで。
誰もが序列三位の精霊騎士の姿を見ると、顔をぱあっと輝かせる。
フリージアもそつのない笑顔で、彼ら彼女らに手を振っている。
「たいしたもんだ。大人気じゃないか」
「……ハンゾーにお願いがあります」
フリージアがこっそりささやいてくる。
「大聖堂での言動はには気をつけてください。くれぐれも目立たず、大人しくしていてほしいのです」
「理由を聞こう」
「わたしとハンゾーの本当の関係が知られると、いろいろ問題があります」
「ほう」
「見てのとおり、わたしは精霊協会でそれなりの立場がある身です」
「らしいな」
「あなたはわたしの特別な客人ということで、大聖堂の奥の間まで案内するのですが。異世界から召喚された救世主だということを、今は広めたくありません」
「いいとも。忍者は目立たないように振る舞うことにかけては、専門家だからな。ここは自重しよう」
「ありがとうございます。助かります」
「いずれ俺に身体を捧げる予定だ、なんて知られたら暴動が起てしまうので気をつけてくれ、ってことか」
「ですから! そういうことを口にしない!」
そうこうしてるうちに、俺たちは大聖堂の奥に進む。
そこでひとりの人物が待ち構えていた。
「フリージア卿! ようやく戻ったか貴様!」
二十代の後半とおぼしき男だ。
姿格好からして、おそらくこいつも精霊騎士だろう。
「オルマール卿です」
フリージアが耳打ちする。
「厄介な人に目を付けられました。気をつけてくださいハンゾー」
「どんなヤツなんだ?」
「わたしの先輩にあたる、序列九位の精霊騎士です」
「へえ。強いのか?」
「あの若さで序列九位というのは、めったにいない逸材ですよ。将来を期待されていますが、わたしに序列を抜かれてしまったのを根に持っています」
「理解した。つまり雑魚だな」
「おい! 聞こえているぞ貴様!」
オルマールとやらが近づいてきて、俺に指を突きつける。
「そもそも貴様、部外者の分際で態度が不遜である! 精霊のしもべたる精霊騎士に対する敬意が足りぬ!」
「そうか。そりゃ悪かった」
「フリージア卿もフリージア卿だ! 精霊教会はいつだって人手が足りんというのに、どこをほっつき歩いていたのか!」
「長らくの不在については謹んでお詫びを。とはいえわたしも私事で教会を離れていたわけではありません」
「ふん、どうだか! その証拠に、どこの誰とも知れぬ男をくわえ込んで来ているではないか!」
「無礼ですよオルマール卿。こちらの彼はわたしの賓客。言葉には気をつけてください」
「ならば正式な場で弁明するがいい! 貴様が戻ってきた時のために、査問会を開く手はずはすでに整っている!」
「査問会? そのようなものを受けるいわれはありません。先を急ぎます、そこを通してください」
「いいや通すわけにはいかぬな! ……もっともフリージア、貴様が頼むのであれば、査問会を中止してやってもよいぞ? ただし、その場合は俺と貴様がふたりきりで話し合いをする必要があるがな」
「そんな必要は――」
「ある! ふたりきりで! 話し合い! さもなくば査問会だ!」
……何なんだこの茶番は。
ある意味、パリーズのシシャモ枢機卿よりひどいな。
そろそろあくびをかみ殺すのにも飽きてきたし、適当にケリをつけるとするか。
「おいフリージア」
「なんですハンゾー? いま取り込み中で――」
「そこの序列九位のやつ。そいつお前に惚れてるんだから、さっさと振ってやれ」
「……は?」
「な、なにを言うか貴様!」
きょとん顔のフリージアと、急にあわて出すオルマール。
「それとフリージア。ひとつ言っておくことがある」
「な、なんです?」
「さっきは自重すると言ったが、あれは嘘だ」
おもむろに俺はフリージアを抱き寄せる。
そしてくちびるを奪った。
「――――っ!?」
声にならない声をあげてもがこうとするフリージアだが、合気と柔術の要領で俺はそれを許さない。
「な、な、な、な」
オマール海老卿(だっけ?)とやらは、口をぱくぱく開け閉めして、唖然としている。
周囲にいる司祭や修道士たちも同様だ。
「ふう。こんなもんか」
たっぷり味わってフリージアを解放する。
フリージアは放心状態で、その場にへたり込んだ。
「悪いな、オマール海老とやら」
俺は言い放つ。
「見ての通り、こいつはとっくに俺の女だ。文句があるなら力ずくで奪え」
「――し」
タコみたいに顔を真っ赤にして、オマール海老がわめく。
「神聖なる精霊教会の大聖堂で! なんたる不埒な!」
「ぎゃんぎゃんわめくな。文句があるなら力ずくで、と言っただろう」
「――決闘だ!」
オマール海老が手袋を投げつけてきた。
へえ。こっちの世界にもあるんだな、この風習。
「貴様に決闘を申し込む! これだけ俺を、精霊教会を侮辱しておいて、まさか受けないとは言うまいな!?」
ざわり。
周囲がとたんに騒然となる。
『決闘? オルマール卿とあの異国人が?』
『かわいそうに……ただでは済まないぞあの男』
『序列九位の精霊騎士と一般人じゃ、戦いにならない。大人と赤子が争うようなものだ』
『しかしオルマール卿は執念深いからな。ここで決闘を断ったところで、地の果てまで追いかけて復讐を果たすだろうさ。くわばらくわばら……』
……ふうん。
なるほどねえ。
少し興が乗った。試してやろうじゃないか。
「いいぞ決闘。受けてやる。さあ今すぐこの場で勝負だ」
「言ったな!? 受けると言ったな!? その度胸だけは認めてやろう! だが生きて帰れると思うなよ、精霊教会に長年伝わる決闘方法で、貴様を徹底的に――」
「もう始まってるぞ?」
「な」
ずどん!
一気に間合いを詰めた俺の前蹴りが、オマール海老のみぞおちに入る。
忍者に決闘を申し込んだんだ。常在戦場などという言葉を引き合いに出すまでもなく、備えはしておくべきだし、まさかこの一発で終わるなんてことは、
「ん? あれ?」
「…………」
どさり。
前のめりにオマール海老がぶっ倒れる。
ありゃま。一撃でKOしちまったか。
序列九位らしいし、大口叩いてるし、もしかするとフリージアより強いヤツなのかと思ったが……もっと手加減するべきだったか? でもこっちとしては、あいさつ代わりのジャブぐらいのつもりだったのに。
「うーん……」
俺は頭をかく。
成り行きを見守っていた野次馬たちは、あっけに取られたままぴくりとも動かない。
フリージアは放心したまま「終わった……わたしの立場……」とか呟いてるし。
オマール海老は気絶して這いつくばっているし。
参ったな。
どうするんだこれ?
「……よし」
ぽん、と手を叩いて。
「飲みに行くか」
誰にともなく俺は言い、さっさとその場を立ち去ったのだった。
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……とまあ、そんなこんなでその日は済んだのだが。
もちろんそのままで終わるわけがなく、後日もっと本格的な決闘が催されることになるのだが――それはまた別の話、ということで。




