第二十四話 おっさん、ワイバーンを駆る
「ぐぬぬぬ! おのれおのれおのれおのれ!」
顔を真っ赤にして、オマール海老卿は激怒している。
そんな顔をすると、本当に茹でたエビみたいだな。
「お前も早くワイバーンに乗れよ、エビ男。見物客たちが待ちかねてるぞ? 俺がはいつくばって許しを請う姿を、お前も早く見たいだろう?」
「言われずとも!」
オマール海老はきびすを返して、自分のワイバーンにひらりとまたがった。
……へえ。なるほどな。
「やるじゃないかエビ男」
「なにがだ!? というか俺の名はオルマールだ、断じてエビ男ではない!」
「お前は口だけの男じゃない。ワイバーンの騎乗に関しては、どうやら実力は本物のようだ。ひとめ見ればわかる」
「……ふ、ふん! 今さらおべんちゃらを使っても無駄だぞ、モチヅキ・ハンゾー!」
居丈高に言い放ちつつも、まんざらでもなさそうな様子。
こいつ……さては根が単純だな?
扱いさえ間違わなければ、いい働きをするタイプと見た。
「おべんちゃらを言ってるわけじゃないぞ」
俺は重ねて言う。
「忍者ってやつはな、大抵のものには乗れるもんだ。でっかい凧に乗って空を飛ぶとか、基本中の基本だからな……故に、忍者の俺がワイバーンに乗れるのは当然のことだ。言ってみりゃ専門家なんだから」
「むう……貴様、何が言いたい!?」
「お前の力を認めてる、ってことだよオルマール卿。確かにお前には才能がある。事前に聞いていた通り、ワイバーンを扱う技術に関しては精霊教会でも随一なんだろう。おそらく天性の才能だろうな。そういうヤツは時々いる」
「ふん、言われるまでもない! 不詳このオルマール、ワイバーンの乗り手としては天下随一と自負しておる! 貴様ごときに遅れは取らぬ!」
ま、単純バカほど野生に近い分野で活躍するもんだ。
そこはそれ、言わぬが華ということで黙っておくとして。
「さて。それじゃ勝負を始めようか」
「むうっ!? 貴様は馬鹿なのかハンゾー! 俺の実力をそこまで理解しておきながら、なおも俺に挑むとは!」
大げさに驚きながら、オマール海老が指摘する。
「ことワイバーンの騎乗に関しては、俺は大司教猊下さえもしのぐ! ひれ伏して許しを請えば、今ならまだ無様な敗北をさらさずとも済むであろうに!」
「わからないか?」
俺は逆に指摘し返してやる。
「そんなお前に、俺は楽勝すると言ってるんだ。さっさと始めて終わらせて、名物のマミール貝と鎧エビを食いながら一杯やろうじゃないか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ワイバーンに騎乗した俺とオマール海老が、数十メートルの距離を隔てて対峙する。
立会人は、精霊教会に所属するワイバーン頭がつとめる。
当然ながら、立会人には海老の息が掛かっているだろう。
サッカーとかボクシングではよくあるよな。圧倒的にアウェー側が不利なこういう試合。
ま、俺には関係のないことだが。
「両者、準備はよろしいか!?」
立会人が声を張り上げる。
ざわついていた会場が、しんと静まり返る。
「神と精霊の御名の下、これより名誉あるワイバーン戦を執り行う! 正々堂々、雌雄を決するべし!」
誰もが固唾を呑んで見守っている。
信頼と不安の間で揺れ動いている、フリージアの姿が見える。
オマール海老は、この瞬間ばかりは威風堂々たる騎士のたたずまいで、粛然とワイバーンにまたがっている。
「それではいざ――始めぃ!!」
号令一下。
オマール海老のワイバーンが空に飛び立つ。
その姿を確認してから、俺も悠々とあとに続く。
「――ふん! 離陸に関しては、まずは褒めてやろう!」
戦闘機の空戦よろしく飛び回りながら、オマール海老がさけぶ。
「ずぶの素人にしては、小器用にワイバーンを扱う! しかしここから先はどうだ!?」
早くも勝ち誇るオマール海老の獲物は、槍だ。
身の丈の倍はある大槍。
そのうえ精霊騎士というからには、精霊魔法とやらも使えるのだろう。
槍と魔法を駆使した空中戦術――オマール海老の得意戦法は、すぐに想像がつく。
「飛び回ってるだけでは勝んぞ!? 俺に挑んだことをたっぷり後悔させながら、ゆっくりじっくりいたぶってやる!」
こちらに突っ込んできた。
見事な軌道と機動だ。
普通の相手であれば、これだけで勝負はついてるだろう。
残念ながら俺は普通じゃないんだが。
「わーははははは! 愚かなりハンゾー、あっさりきっぱり死ぬがいい――」
「止まれ」
俺は命じた。
何に?
もちろんオマール海老が乗っているワイバーンに。
「……ぬおっ!?」
急ブレーキ。
オマール海老のワイバーンが空中で止まる。
その横を、俺は悠々と通り過ぎる。
「どうした? 俺がその気だったら、今の交錯で勝負はついてるぞ?」
「……馬鹿な! 何故だ!」
騎乗するワイバーンを叱咤して再び動き出しながらも、戸惑いを隠せないオマール海老。
「ハンゾー貴様、いったい何をした!? どんな魔法を使って俺の魔法を止めた!?」
「魔法なんざ使っちゃいない。もう一度自分の目で確かめてみたらどうだ?」
「――言われずとも!」
ワイバーンを旋回させ、再び襲いかかってくる。
「二度目の奇跡はないぞハンゾー! さあ我が槍に貫かれて死ねい――」
「止まれ」
さっきとまったく同じ流れだ。
俺はオマール海老のワイバーンに命じ、その動きを止める。
「――馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
うろたえるオマール海老。
「いったい何がどうなっている!? 答えよハンゾー!」
「答えるも何も、二度も目の前で見せただろうが」
俺は指摘する。
「お前のワイバーンに命じたんだよ。『止まれ』ってな」
「――いやいやいやいや!」
オマール海老は激しく首を振って、
「あり得んだろそれ!? 俺が乗っているワイバーンは、長年にわたって調教してきた相棒だぞ!? そもそもワイバーンに言葉は通じぬ! 止まれと命じたところで通じるわけが――」
「お前はアホか? 言葉は関係ない。さっき丁寧に教えてやったばかりじゃないか。ワイバーンより俺の方がはるかに強い。だから俺に従うと」
「むぬうっ!?」
「お前の乗ってるワイバーンだけ例外だとなぜ思う? 最初に言っただろう、戦う前から勝負は決まっていると。俺の言葉の意味、理解してもらえたか?」
「ぐ……ぐぬぬ……」
「俺がその気になれば、今この瞬間でもお前のワイバーンの首を刈れる。それがわかってるから、お前のワイバーンは大人しくしている。いい相棒を持ったことに感謝するんだな――さてと」
そろそろ軽く本気を出すか。
「俺はワイバーンに乗るのが始めてなんでな。なかなか悪くないオモチャだし、ちょっと遊んでみるとしよう」
「お、オモチャだと!? 命がけでないと乗りこなせない、亜種とはいえ竜の眷属が、貴様にとってはその程度でしかないというのか……っ!?」
「少しばかり空の舞踏を楽しませてもらう。お前も付き合え」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして決闘は事実上、終わった。
あとは単なるデモンストレーションである。
果たして俺がどの程度ワイバーンを乗りこなせるのか、という試技でしかない。
結論。
日常使いの足として、ワイバーンは悪くないものだった。一匹飼い慣らして、俺の乗騎にするのもいいかもしれない。
気分が良かったので、空軍のアクロバット飛行よろしく曲芸も披露してみたら、観客たちから拍手喝采を受けた。
ついさっきまで俺の敗北を楽しみにしてた連中なのに、まったく現金なものだ。
……ん?
勝ち負けはどうなったかって?
そんなものハッキリさせる必要があるか?
まあひとつだけ――俺の曲芸飛行を目の当たりにしたオマール海老は、口をあんぐり開けて放心していた、とだけ言っておこう。




