38
【38】
『翼』
その言葉がトリガーだった。
勝利は、霧に覆われていた頭の中身が、急に整理されていく気がした。そして、いまだ見えないが、これまで見えなかった何かがある。その確かな感触を得た。
遙香はさらに話を続けていく。
「驚いた私はばたばた暴れて、結局その子は羽ばたくことも出来ず、そのまま背中から落ちた。男の子がクッションになって私はかすり傷だったけど、その子はまともに落っこちたせいで、片方の翼を骨折してしまった……」
――片方の翼を、骨折……だって? 骨折?
また何かが、頭の中で姿をあらわにしていく。四散していた、とても小さくて細かいパズルのピースが、ひとつ、またひとつと、あちらこちらで島を作り、組み上がっていく。その度に、目の奥がチリチリとする感触に襲われる。
――これ、なのか。思い出さなければならないことって。
彼女は勝利のことなどお構いなしに、話し続けた。まるで、話さなければならない、という使命感に突き動かされているようだった。
「彼は、自分の方が死ぬほど痛かったはずなのに私のことを心配をして、何度も大丈夫かって聞いてくれた。私は彼をその場に置いて、大人の人を呼びに行った。ケガをしたその子は担架で運ばれていって、お父さんは私をすぐ連れて帰ってしまった。お礼もお別れも出来なかったのに……」
遙香はそこまで一気に話すと、手元の写真に視線を落とし、愛おしそうに子供の俺を指先で撫でていた。
『カチリ――』
バラバラだった記憶のカケラが、ピタリとはまる。
――思い出した。そうだ。確かにあった。俺はこいつを――
見えなかったモノの正体が、今わかった。
粉々に砕かれ、霧散していたものはコレだったのか。
今日の今日まですっかり忘れていたものは、『彼女の記憶』だったのだ。
――だからか……古傷が痛むのは。




