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(旧)闇夜に踊る  作者: 東雲飛鶴
四章 腭<アギト>に喰われる者
86/134

38

【38】


『翼』

 その言葉がトリガーだった。

 勝利は、霧に覆われていた頭の中身が、急に整理されていく気がした。そして、いまだ見えないが、これまで見えなかった何かがある。その確かな感触を得た。


 遙香はさらに話を続けていく。

「驚いた私はばたばた暴れて、結局その子は羽ばたくことも出来ず、そのまま背中から落ちた。男の子がクッションになって私はかすり傷だったけど、その子はまともに落っこちたせいで、片方の翼を骨折してしまった……」


 ――片方の翼を、骨折……だって? 骨折?

 また何かが、頭の中で姿をあらわにしていく。四散していた、とても小さくて細かいパズルのピースが、ひとつ、またひとつと、あちらこちらで島を作り、組み上がっていく。その度に、目の奥がチリチリとする感触に襲われる。

 ――これ、なのか。思い出さなければならないことって。


 彼女は勝利のことなどお構いなしに、話し続けた。まるで、話さなければならない、という使命感に突き動かされているようだった。

「彼は、自分の方が死ぬほど痛かったはずなのに私のことを心配をして、何度も大丈夫かって聞いてくれた。私は彼をその場に置いて、大人の人を呼びに行った。ケガをしたその子は担架で運ばれていって、お父さんは私をすぐ連れて帰ってしまった。お礼もお別れも出来なかったのに……」

 遙香はそこまで一気に話すと、手元の写真に視線を落とし、愛おしそうに子供の俺を指先で撫でていた。


『カチリ――』

 バラバラだった記憶のカケラが、ピタリとはまる。


 ――思い出した。そうだ。確かにあった。俺はこいつを――


 見えなかったモノの正体が、今わかった。

 粉々に砕かれ、霧散していたものはコレだったのか。

 今日の今日まですっかり忘れていたものは、『彼女の記憶』だったのだ。


 ――だからか……古傷が痛むのは。


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