第七話
家族五人で使うには大きすぎるテーブルの上には、いつも以上に豪華な料理が並んでいる。奥の上座にドリースが座り、その隣に両親。次にイリス。
私と弟が末席に。各自の後ろに給仕をするものたちが並んでいる。これには未だに恐縮してしまい、なかなか慣れることができない。
父からはもっと人を使うことを覚えろと言われた。父に言わせれば多くの人を雇い、贅沢をし金を回すということも貴族には必要らしい。しかし私はいずれこの家をでるのだし、そういったことは弟が覚えればいいだろう。
「この度はお雇い頂きありがとうございます。その上住まいまでお世話になってしまいまして」
しきりに恐縮するイリスを父が止めた。
「ウォルが望んだことです。それに確かにそのほうが利点も多いですしな。それでウォルの剣の腕前はイリス殿から見てどうでしたか」
「そうですね。ダーク様から話を聞いたときは、失礼ながら親の贔屓目だと感じていましたが、決してそんなことはありませんでした。まさに非凡といっていいかと。まさかこんな小さなお子様に私の剣をよけられるなどとは思いもしませんでした」
全盛期のイリスの剣ならば今の私ではよけられなかったであろうがな。
「そうですかそうですか」
それを聞いて父と母は嬉しそうだった。
「本当に誰にも指導を受けていられないのですか。彼の剣を見た今、さらに信じられなくなりました」
私の言葉だけでは信じられなかったのだろうが、本当のことだ。
「私と大祖父様がウォルと剣を合わせることはしましたが、ラグス流に関してはウォルが一人で学んだことです。ほんのこの前始めたばかりだというのに、もう私がウォルから一本取れることはないでしょうね」
そう言う父は少し寂しそうだった。
「わしはまだまだ負けるつもりはないがな」
ドリースが口を挟む。
「ドリース様はまだ剣をお握りになられるのですか」
イリスは驚いたようだった。
「もちろんだとも。わしは死ぬまで剣を振り続けるぞ」
「そうですか。まるで師匠のようですね」
イリスは心から微笑んでいるように見えた。
「ラグス様はどういった方でしたの」
そんなイリスに母が話しかけた。
「そうですね。とてもお強い方でした。最後に師匠と手合わせした時、わたしはもうその頃すでに師匠から一級剣士の席を授かっていましたが、それでも師匠に勝てなかった。わたしだけでなく弟子の誰一人として最後まで勝つことはできませんでした」
弟子を取り始めたのが遅かったのもあり、弟子はみな若かった。あの調子で後十年も鍛錬に励めば私といい勝負をするくらいにはなっただろう。
「それほどまでに」
父も母も驚いたようだった。
「そのとき師匠はおっしゃってました。肉体は衰えたが私の全盛期は今だと」
肉体に衰えを感じ始めたころに、やっと本当の剣というものがわかり始めたのであったな。
「羨ましいのう。わしはそこまでの域に達することはできなかったからな。三十代の頃と比べ弱くなった」
ドリースの剛剣は肉体に対する依存が大きい。あのままの剣筋を年老いてからも維持するのは不可能であろう。
「それでもまだお強いのでしょう」
「世辞などいらんぞ。おおそうだ、イリス殿。今度お手合わせ願いたい。ラグス流の一級剣士と戦える機会なんぞもうなさそうだからな」
「はい是非とも。ドリース様とお手合わせできるなどとは思いもしませんでした」
ドリースの剣はイリスと相性が悪い。力が未発達の私だからドリースは勝てているのだ。今の冴えないイリスの剣であっても勝つことは難しいだろう。
「イリス殿は幼い頃よりラグス様に師事されていたようですが、どのようにお知り合いになられたのですか」
「わたしは孤児でした。孤児院の経営は厳しくそれは幼いわたしでもわかりました。それで、自分にできることをしようと冒険者になりました。十歳にもなっていなかった頃でしょうか」
冒険者と言えば聞こえはいいが、要は何でも屋である。街中のゴミ拾いから戦時における臨時雇いまでその仕事は多岐にわたる。街にひとつはそういった仕事を斡旋するところがある。犯罪者以外は登録すれば誰でもなれ、その日から仕事ができることから手に職のないものや傭兵くずれなどに多かった。もちろん孤児にも。
「その仕事中、街の外にでることがあったのです。簡単な仕事で街から出るといってもそんな遠くではありませんでした。ですがそのとき魔物に襲われてしまったのです」
人を襲う得体の知れない物が時々現れる。街の周辺は領主が管轄する兵が見回っているので、街の近くでは出合う事はまずない。イリスは運が悪かった。
「剣で応戦しましたが、あの頃のわたしはとても弱かった」
冒険者になると街中での帯剣はできないが武器を持つことが許される。街から街に移動する商人の護衛や、領主の目が届かぬ所での被害をもたらす獣や魔物の処理なども仕事に含まれているからである。
街中で帯剣できるのは貴族とその護衛、そして四級以上の剣士くらいで、それ以外のものは街に入る際に預けることになる。
「そこをたまたま通りかかったのがラグス様でした。わたしはただのお爺さんだと思ったので、必死に逃げて門兵に知らせて、とお願いしました。今思えばただのお爺さんが剣を持ちひとりで街の外にでているわけがないのですが、そのときはそんなことも気がつかず必死でした」
息子の剣を見てやって欲しいと領主に呼び出され、嫌々ながら街に向かう途中だった。そういったしがらみから逃れるのは、なかなかに難しい。
「ですがラグス様は私と魔物の間に立ちはだかりました。感情などないはずの魔物が怯えたような気がしました。そうしてラグス様はゆっくりと剣を抜かれ、次の瞬間には魔物が斬られていました。私には何が起こったのかまったくわかりませんでした。その後ラグス様は剣を鞘に仕舞い振り向かれました。そうしてわたしに、お前には才能があるから私のもとで学べと仰られたのです。雇われたと思え、金なら出すと」
魔物と戦うイリスの剣はただ必死でそこに技術の欠片も見えなかったが、光る物を感じとれた。だからこそ弟子に取ることを決めたのだった。
「これがわたしとラグス様の出会いです」
イリスは話疲れたのかグラスを手に取り、葡萄酒で口を濡らした。
「なるほど。ラグス様はイリス殿にとって命の恩人だったのですな」
「はい。あの方のおかげで今があります。弟子に取っていただいた事も含め感謝してもしきれないくらい」
イリスの目には涙が浮かんでいるようだ。
「人とは死ぬものだ。例外はなくそれはラグスにも、そしてわしにも訪れる。速いか遅いかだ。ラグスは八十を越えていたのだ。大往生だろうさ」
多くの死を見てきたであろうドリースが、実感のこもった言葉を述べる。
「はい。それでも、それでもわたしはもっと師匠に生きていてほしかった」
全て話してしまいたかった。残していってすまなかったと。お前が何か問題を抱え悩んでいたことはわかっていた。だからこそ金に執着するようになったのだろうと。そう言ってイリスを抱きしめたかった。
だがそれはできない。こみ上げてくるものがあり、それを押し込むように料理を口に運ぶ。その料理は塩辛かった。なんとか飲み干し何事もなかったかのようにふるまった。
その後、前世の私の話やドリースの過去の話題などで夕食は和やかに進んだ。




