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第六話

 この状況をどうやって収めるか。イリスの状況を把握し、解決するためにも近くにいてもらったほうがいい。そうでなければどうしようもない。ならば父に家庭教師として採用して頂くべきだろう。だがこの状況でかわし続ければ家庭教師など必要ないと受け取られかねない。イリスの剣をわざと受けるべきか。しかしイリスの剣は重く、下手に受けては怪我をする。


 そんなことを考えていると、イリスの剣の振りが鈍くなってきた。長時間剣筋を鈍らせずに振ることはできなかったか。左斜め下から切り上げてくる。イリスがもっとも得意とする切り上げだ。イリスにも自身の剣筋が鈍ってきたのがわかったのだろう。これで決めるつもりだ。だが剣筋が鈍ってからでは遅い。見極めが甘すぎる。


 これならばいける。死角からの突然表れた剣をかわし損ねたように見せながら剣で受ける。重い。体が浮き上がりそうになり、握りから力を抜く。それにしても六歳に対して振るう剣ではないだろう。それほどまでに感情が昂ぶっているということか。


 やはり私には弟子を育てる才能はなかったということだろう。今世では弟子はとらないようにするべきだな。私の手から離れた木剣は高く飛び、壁に飾ってあった儀礼用の剣にぶつかり、大きく派手な音を立て転がった。その音に驚いたイリスは自分が何をしたのか気がついたようだった。


「すいません。ウォルター君の動きがすばらしかったので、少々本気を出してしまいました。申し訳ありません」


 私に、そして父とドリースに頭を下げた。


「いや、よいよい。これほどの試合はなかなか見られるものではない。いいものを見せてもらったと感謝しておる」


 ドリースがイリスの頭を上げさせた。


「いや、ラグスの直弟子にしては若すぎるので騙りではないかと疑っておったが、そなたの剣捌きはそれを証明するに足るすばらしいものであった。疑ってすまぬかったな」


 今度はドリースが少し頭を下げた。


「いえ。ドリース様にお褒めいただき身に余る光栄に存じます。わたしが若すぎるとおっしゃられましたが、弟子にとっていただいたときわたしが幼かったのです。ラグス様に剣を学んだのも十年ほどですし」


「十年で、ラグス流一級剣士とは才に溢れておるのですな」


 ドリースの血を引きながら、剣の才に恵まれぬ父が羨ましそうにしていた。それ以外の部分、領内の統治や兵の指揮に関してはドリースの血を濃く受け継ぎ手腕を発揮していたが、才のない剣というものに対して憧れが強いのであろう。そのどちらにも才の無いものなど沢山いる。どちらも超一流といっていいドリースがおかしいのだ。ひとつでも才能があれば十分であろうに、父をしてもそう簡単に割り切れるものではないようだ。


「これほどの腕前の方を家庭教師に迎えることができるとは、やはりウォルは運がいいな」


 ドリースが意味ありげな視線を送りながらこちらに話しかけた。父は気がつかなかったようだが、剣をわざと受けたことにドリースは気がついたようだ。


「はい。私もそう思います」


 気づかないふりをして受け流す。


「そういえば、イリス殿は今日これから何か予定がありますかな」


「いえ、とくにはなにもありませんが」


 何かあるのかとイリスは怪訝そうな顔だ。


「おお、それならば我が家の夕食にお招きしたい。家庭教師についていただくのですし歓迎いたします」


 イリスは少し迷ったようであったが、父に肯定の意思を表した。


「有難いことです。わかりました。では一度宿に戻り準備させていただきます」


 そう後イリスは私に目線をやった。


「その前に申し訳ありませんが、少々ウォルター君と二人で話をしたいのですが」


 最後わざと剣を受けたことであろうか。


「そうですな。これからのこともありますし、じっくりと話をされればよろしいでしょう」


 ドリースと父が出て行く。



「単刀直入に聞きます。ウォルター君はなぜ最後私の剣をわざと受けたのですか」


 やはりイリスは気がついていたようだ。あれに気がつかぬほど鈍っているわけではないらしい。


「なんのことでしょうか。避けれなかったのは先生の剣が思わぬところから出てきたからです」


 そ知らぬふりをきめこむ。


「話すつもりはないということですか。ではそういうことにしておきましょうか。今は」


 納得はしていないのであろうが、追求は免れたようだ。


「ウォルター君は誰にラグス流を教わったのですか。あなたの父君からは独学だとお聞きしていました。ですがあなたの剣捌きはラグス様の、わたしの師匠の剣にとてもよく似ていました。独学であれほどの剣技を身に付けられるとは到底思えない」


 イリスが疑うのももっともだろう。


「ラグス様の剣に似ているとはとても光栄です」


 まさか自分に様をつけるとは思わなかったな。


「ですが、私は誰かに教わったということはありません。家にあったラグス流にかかれた本を読んだだけです」


 これについては説明のしようがない。


「ではそれもそういうことにしておきましょう。ですが、もしそれが本当ならあなたはラグス様の生まれ変わりかもしれませんね」


 そういうと昔の私を懐かしむかのようにイリスが微笑んだ。


「例えそうであったとしても、前世のことを覚えているわけではないでしょう」


 普通ならば。


 このあたりで終わらせよう。何を聞かれても素直に話すことは出来ない。


「いろいろと準備もおありでしょうし、この辺にしておきましょうか。家庭教師についていただくわけですしこれからいくらでも機会はありますよ」


 イリスは素直に従った。


「わかりました。では一度宿に戻ります」


 宿に止まっていたのだったな。イリスの問題を解決するためにも、できるだけ共に時間をすごしたほうがいいだろう。ここは住み込みで家庭教師をやってもらったほうがいい。


「宿代も少なくないことでしょう。どうでしょうここに住むというのは」


 イリスはすぐに首を横に振った。


「いえ、さすがにそこまでしていただくのは悪いです。あなたの父君もさすがに許可されないでしょう」


 きっぱりと断られたがここは粘る。


「一緒に住んでいただいたほうが、訓練に時間を沢山取れます。私にとってそのほうが都合がいい。父には私から話しておきますので、荷物などまとめておいてください。人をやります」


 強引すぎるがこれくらい言わないと無理だろう。


「わかりました。そこまで仰って頂けるのであれば」


 イリスは折れてくれた。


「では、夕食でお会いしましょう。これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。ではまた」


 イリスが出て行くのを見送り一人になった部屋を見渡す。床には儀礼用の剣や木剣などが散乱している。これは。また私一人で片付けるのか。

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