第五話
「それでは、まずウォルター君がどの程度できるのか見せていただきたい」
私の正面に立つイリスは試すような視線をこちらに向けている。
「わかりました」
なんとか立ち直った私は木剣を握りなおした。過去は過去だ、と割り切り頭から切り離す。剣を振るときには余計なことは考えず、ただ目の前にある物を切ることだけを思い描く。前世の私がここまで純粋に剣を振るえるようになったのは晩年になってからだった。私はいつの頃からか、余力を残しながら戦うようになっていた。最善の手だけを選び、無理はせずただ勝負に勝つ。もちろん無理をせずとも勝てる相手ばかりだったのもある。しかしそんなことで、剣を極めるなど到底不可能であろう。前世では気がつくのが遅すぎた。だが今は違う。
剣を構える。
「ふむ」
私の構えを見たイリスが小さく頷くのが見えた。
理想は当然のように集中などせず、そのとき最高の一撃を繰り出せることだ。あるがまま自然に。今はまだその域には達していない。イリスの姿を意識の中から追い出し、剣を振るということに集中する。
息を吸い込む。
「いきます」
呼吸を止め剣を振る。床についた足から腰へそして胸、肩から腕を伝わり剣へ。剣と体がひとつになったような感覚。振るった剣からは何の抵抗を感じない。空気と空気の間をも通したような振りだ。息を吐き出し剣を降ろす。
ただ剣を一振りしただけでとても疲れた。全盛期ほどではないが、ある程度近づけた気がする。この振りを自然のものとして常に出せるようになるまでには、まだ時間がかかりそうだ。そんなことを考えながらイリスを見ると絶句していた。目はこちらを見ているが体は硬直し一言も発しない。ドリースがそんなイリスを見てニヤニヤしている。
「いかがでしょう」
私の言葉の後、いくらかばかりかかったがイリスは正気に戻ったようだ。
「な、なるほど、わ、わ、わかりました。基本はなかなかできているようですね。そ、それではわたしと手合わせしてみましょう」
動揺がはっきりと見て取れた。未完成といえど、さすがに六歳児が振るう剣ではなかったな。
イリスが木剣を手にし、脇構えに構えた。
「よろしくお願いします」
私も脇構えに構えイリスの構えを眺める。なんだこれは。そこにはまるで成長が見えなかった。私が死ぬ前最後に見た時とかわらない。いや、劣化すらしているように見える。構えにまったく心が入っていない。
一日でも休めばそれは剣に如実に表れる。それを取り返すには時間がかかるものだ。鍛錬を怠っていたのか。それとも先ほどの剣を見てもなお、六歳という私に対して気が乗らないからだろうか。そうであるならば、剣を構えるときはどんなときも真剣に全身全霊を尽くせという私の教えは守られていないということになる。どちらにしろ剣を交わらせればわかることか。
張り詰めた空気の中、先に動いたのはイリスだ。手加減しているのだろうが、その振りはとてもわかりやすい。腕を狙って放たれた剣をほんの少しだけ体をずらし弾く。弾いた剣は間をおかずすぐさま返ってきた。二連撃。だがそれも先ほどと同じようにあっさりと防ぐ。これでは年老いたドリースのほうがよっぽど強い。
「もう少し真剣にやってください」
イリスの連撃の合間を縫って声をかける。その言葉にイリスは気を悪くしたようだった。剣の速度と威力が増した。しかしそれはただ速いだけだった。確かに剣に速度は必要だ。それを否定するつもりはまったくない。速度も威力もあがり、体のまだできていない私では先ほどのように剣で防ぐのは難しい。防げばあっさりと木剣ごと体を持っていかれ、叩きふせられるだろう。胸を狙って放たれた剣を、半歩だけ体を引き避ける。
避けられたことに自尊心を傷つけられたのか、さらに速度があがる。だがその剣は先ほどよりも、さらにわかりやすいものとなっていた。剣に心を乗せるとはそういうことではない。怒りに任せ振るったイリスの剣は速かった。速度も威力もイリスの剣は確かに一流と言っていい。私の剣の技術は確かにイリスに伝えられたようだった。だがそれだけなのだ。この程度の剣であればまだ持久力に難があるとはいえ、これから日が落ちるまでずっと避け続けられるだろう。
どうやら私の死の間際の言葉はイリスに届かなかったようだ。過去は過去と切り捨てるつもりだった。私は私の剣を極めるだけのつもりであったが、そうもいっていられない。なんとかしてやりたい。イリスが幼い頃から面倒を見てきたのだ。かわいくないわけがない。他の弟子がかわいくないというわけではないが、やはり幼い頃から面倒をみてきた弟子というものは特別だ。ドリースが私を特別かわいがってくれているのと同じようなものだろうか。
私がラグスであったということを明かすことは出来ない。明かさずにどうにかできないものだろうか。いや、たとえ明かすことになったとしても、何とかしなければならない。それが弟子を持った私の責任だ。




